我々は毎年、葉が色を変え始めると、小川に沿って山を上りながら食糧を蓄える。


 その道中には、とある湖に立ち寄って、逃げ遅れた鴨の群れや親とはぐれた幼い鳥を襲うこともある。


 吾もそうしていた。生きるためには蓄えが必要で、鴨類は特に貴重なタンパク源となるからだ。


 ある日、一匹のアヒルの子を見つけた。恐らくはぐれてしまったのだろう。吾は仕留めようとタイミングを見計らって、いつものようにアヒルの子に向かって急降下をした。


 しかし吾は、突然の羽根の痛みと大きな爆発音とともに、小川へ落下した。傍にいたアヒルの子は、逃げようとせずにこちらへ寄ってきた。


「助けてください」


 吾は何も答えなかった。心身ともに何もできる状態ではなかった。


 やがて人間が筒状の鈍器を持って、この場にやってきた。そこで吾はついの道を悟った。アヒルの子は鳴き続けた。


 人間はこちらの状況を確認すると、吾ではなく、アヒルの子を掴んで持ち上げた。それから何かを呟いたあとで、少し微笑んでその場を立ち去った。


 どうやら、小さな存在に命を助けられたらしい。世を知らないからこそ為された純粋が、吾を不純に陥れた。


 羽根の怪我というものは鳥にとって致命的で、吾は空を飛ぶことができなくなった。仕方なく地上を這いずり回っていると、茂みに隠れた小さな湖にたどり着いた。その場所に生物はおらず、とても富んでいた。自然というものは非常に残酷で、とても恵まれていたらしい。


 吾は葉がすべて落ちる前に、蓄えを終えることができた。もちろん、小動物には手を出せなかった。


 葉が赤く染った頃に、満月の夜がやってきた。湖は星々に照らされて、薄汚れた身体を隠した。そして周囲には静寂があり、とても心細く感じた。大きな月は、ひび割れたようにボコボコとしていて、自身の心を映し出すようだった。それは、次々と吾が持っていた常識を覆して、ひとりぼっちになった動物たちの心中が、少しだけ分かった気がした。


***


 翌年から、小動物を餌にすることがなくなった。それどころか、はぐれた者を見かけては、例の湖へと導いた。


 吾は分かっていた。こんなことをしても、なんの善意にもならない。そして、なんの償いにもならないことを。ただ一人でいるのが寂しかっただけだ。


 助けた者たちは、皆ここで生きていくことを腹に決めて、それぞれ協力し合って、生存していった。しかしそのほとんどが、空を飛ぶことができずにいた。


***


 何年か経て、吾は空から蓄えを探しながらも、気づけば、はぐれた者を捜索していた。そして夕焼けが沈む頃に一匹のあひるの子を見かけた。


 彼は今まで出会った中でも、特に賢かった。吾が降下した途端に、食べられることを理解したように虚ろな目をした。その目はまるで、吾の過去と変わらないように感じた。


 彼は湖に着いてもなお、周囲だけではなく空を見上げた。きっと彼は空を飛ぶのだろう。吾のように、目の前の崩れた月に心打ち砕かれるのではなく、もっと遠くの何かに惹かれているようだった。


 この瞬間を害してはならないと思い、彼に少しだけ目線を飛ばしてから、空に向かって羽ばたいた。そして、少し散歩をしたところで、別の湖でカラスが集まっているのを見つけた。


 吾はカラスではない。きっと何かに取り憑かれた亡霊だ。これからもこの残酷な連鎖を死んだように生きていく。そして、少しばかりの望みが奇跡を起こす日はくるのだろうか。


 吾には何も分からない。


 森は川風に晒されて、どこか不気味に踊っている。あのカラスたちも、そのリズムに合わせて踊っている。望む権利とは何か、叶える権利とは何か、希望とは何か、努力とは何か、それらは全て人間だけが知っている。自然に踊らされることのない、自然の天敵だけが、運命をねじ曲げることを許される。もしかしたら吾は、その行為に取り憑かれてしまったのかもしれない。

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とべないあひるの子 飴。 @Candy_3

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