桜散り、百合開く

まさつき

過ちにもほどがあるけど

 三矢朱音みつやあかねは、ちょいと身体が疼いたからって、簡単に体を開くような女じゃない。


 お互い告白から始めて、デートを重ねて、お互い気持ちを確かめて、腕を組んで、指を絡めて、体を寄せて、やっとキスして、それからそれから……。


 とにかく、私は、きちんと、手順を踏みたいひとなのに。

 なぁーんで、生まれたまんまの姿で、ベッドにいるのかな?

 まさか、ここは噂の――ラブホテル?


 友達と二人きりで、ホルモン焼き食べてたことは覚えてる。

 明日行われる憂鬱な行事のせいで、暗い顔してたのを察したのか。

「美味しいものでも食べに行こうよ」って誘ってくれた友達は。

 バスローブの上からでもよく分かる、ふっくりとした魅惑の曲線を持った

 真由まゆは嫣然として、私の胸元を見つめていた。


 明日の日曜に、私はお見合いをする。

 名前は――なんだっけ?

 釣書や写真を見た限り、悪い話じゃないとは思った……でも。


 私にはまだ、男性との恋愛経験がなかった。

 中高一貫の女子校から女子大に進学し、家の眼も厳しいから出会いの機会も無く。

 恋愛は憧れだけ。大学も3年目を過ごして就活も控え、社会人になったら出会いも広がるしきっと……て、思ってたのに。

 年明け早々父から「お前に縁談があるんだよ」なんて言われて。


 よっぽど暗い顔をしていたんだと思う。

 1コ下の後輩、真由と「お肉食べて元気になろうっ!」「おーっ!」とか意気合わせちゃって、炭火でモクモクしながら、テッチャンにレバーにコブクロに――ホーデンを飲み込んだあたりで、体がポカポカしだして、頭はお酒でグルグルするし。


「朱音、ちょっと休んでこ?」なんて真由に誘われるまま、雰囲気のあるお部屋に入ってしまい。

「楽な恰好しようね」と言いながら、真由の手が伸びてきて。

 私もなぜだか、真由の胸元のボタンに指をかけていて――。


 気がつけば、何も身につけないまま、二人でベッドの上にいた。

 真由の柔肌に抱きしめられ、目の前にはふっくりした唇が迫り。

「ダメだよ」って抵抗してみたけど、耳元で「女同士だから、朱音の貞操もセーフだよ」て言われたら、力がフッと抜けちゃって――。


 男の人とのキスはおろか、手も握ったことないのに。

 まさか〝初めて〟の相手が、女の子になるなんて。

 戸惑いと共に目覚めた頭にあったのは、後悔ではなく。

 甘やかで痺れるような刺激に満ちた身体の記憶、だけだった。


 隣に腰かけた真由の唇が、すーっと大きくなる。

 炭の香りを孕んだ甘い唇の味に、眠気は熱く溶けていた。


「お酒抜けても、イヤじゃないんだ」と、くすっと笑って真由は告白する。

「初めて会ったときからずっと、朱音とこうなりたかった……」

「そっか……少し視線が熱いなとは、思ってた」

 正直な私の印象に、真由はうれしそうにしていた。

「お見合いの話をね……ひとに取られちゃう前に、食べたくなったの。強引なことして、ごめんね」

 私は首を横に振る――体の奥底に、女の子も愛せる自分を見つけてしまったから。


「でもさ……お見合いはしないといけないんだ。家のことも、あるし」

 だから――今日のことは忘れて欲しいと、私は真由に告げていた。

「できるわけないけど……分かった、しまっておく」

 寂し気に長い睫の瞳を伏せて、真由は聞き分けてくれた。


 真由とはそのまま、出口でお別れした。

 彼女の背中が消えてから、スマホを取り出し車を呼んだ。

 数分で黒いセダンが目の前に止まる。

 黒服にサングラスの寡黙な運転手が、私を家まで運び去った。


    §


 密事を胸に抱えたまま、私は両親と一緒に見合いの席についていた。

 清潔なスーツに身を包んだ見合いの相手は、私より5つ年上の浜野亮介はまのりょうすけという精悍な男性。彼の両親も同席している。


 そして――真由も。

 はぁ?


「ごめんなさいね、どうしても娘がお見合い相手を見たいと聞き分けなくて――」

 と、亮介さんのご両親は平謝りしていた。

 真由は、浜野真由はまのまゆは、見合い相手の、妹だった。


 そんな偶然、ある?

「あとは当人だけで」と、決まり文句を残して、両家の親族は退席した。

 ホテルの庭園を歩きながら、亮介さんが私に笑んだ。

「妹と同じ大学のお友達なんですね」

 雰囲気づくりの上手い、気さくな人。

 浜野製薬の御曹司というけど、嫌味なところがひとつもない。

 もっと早く、出会えていたら――でも。

「気難しい妹ですが、仲の良い姉ができれば喜ぶと思います」

「そう、ですね」

 微笑み返す私の視線は亮介さんの向こうを、見ていたと思う。


    §


 家に帰ると、私は明るい声で亮介さんとのお付き合いに前向きな返事を、両親に伝えた。二人の喜ぶ姿を見るのは、少し気まずい。

「さすがに今日は疲れたよ」と告げて、自室に引きこもった。

 一人分のベッドに身を投げ出すと、図ったように真由からメッセージが届いた。


[――ずっと一緒にいられるね。お姉ちゃん♡]

 熱くなる顔を、枕にうずめていた。

 真由との夜を思い出し、枕を抱きしめる私の身体がくすぶりだす。


 また、いっしょにホルモン、食べたいな――。

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