蛇の足より人の足見よ

@yamabukikiiro3

第1話

 案内を頼りにしてると悟られないように、頭を動かさずに地下鉄の三番出口を探す。案内板をいくつ見つけたら地上へ出られるのか分からない。進む方向がわからないまま目的地へ向かうその間は息ができていない気がする。早く息継ぎがしたくて忙しなく眼球を転がす。地下特有の密度が濃い空間で他人の吐いた二酸化炭素を避けていくと、植物が生成した透明な酸素の道が現れるので安心して深く息を吸う。気持ちが良くて思わず、頭の中で流れている自分専用のBGMを口ずさみながら上を見上げて階段を登っていく。美術の課題である「動物の絵」を描くために動物園まで行くのは私くらいだろう。美術部のプライドが私をそうさせるのだ。入場券を買うためにヘルプマークをリュックサックにつけた老人の後ろに並ぶ。すると、また同じ赤のラバーキーホルダーをつけた別の老人が私の後ろに数人並んだ。動物に興味があるのかないのか分からない子供のために用意された悲しい娯楽施設という認識しかなかった私は少しだけ罪悪感を覚えた。チケットの半券を渡し、入り口に用意された子供用の大雑把な地図を取る。誰も選びそうにないモチーフがいい。うん、蛇にしよう。あらゆる爬虫類の絵が描いてある自然館までの大方の道順を決めて進む。

 白頭鷲の檻だ。木の枝を太い足で掴み人間を見下ろす姿があまりにも美しく眼が離せない。猛禽類特有のなんとも形容し難い優雅さはどんな高画素のカメラでも捉えられないだろう。高校の現国で習ったアウラという言葉が脳と身体を貫通した気がする。

 「なんかさぁ、ここって惨めじゃない?」

 咄嗟に私に対しての言葉だと錯覚し、高い声が聞こえた方へ振り向くと、制服を着た男女の二人組が歩いていた。動物園デートかよ。

 「あ、ワシだ。ハ? 何、惨めって」男が上の空で答える。

 「えー、分かんない? 動物園とかのこの感じ、なんか悲しくなる」

 男は腕を組んでしばらく唸った後「感受性が豊だって言いたいの?」と少し笑って返した。違う時間を生きる動物達が醸す独特な侘しさは確かに胸を締め付けるよね、とあの子に話しかける妄想をして、二人が進んだ方と反対側に見える自然動物館へ向かった。

 重い硝子の二重扉を引き開けて「川の汚染が生態系に与える影響について」というパフォーマンスポスターを横目に見て広場を通り抜けて階段を登ると、ニッチな作品のみを流す映画館の小さいスクリーン程の大きさの水槽が目に飛び込んできた。タイル張りの昭和レトロミニシアターみたい。小さな岩と大木の枝で作られた簡単なセット。人工的なかめ穴に打ち捨てられた大縄跳びの紐のように、だらりと半身浴をしている蛇がいた。ボアコンストリクターというらしい。模様のせいで眼がうっとりと半目になっていて案外可愛い。カバンの中からキャンバスとシャーペンを取り出す。

 カチカチカチ、……芯が入っていない。

 空っぽのシャーペンを握りしめ、動かない蛇を見つめる。惨めだ。

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