第2話 またね、大好き

 私は、武器を持って戦うことも、素手での格闘技もできない。

 魔法も、初歩の治癒効果があまり大きくないヒールしかできない……たから、一緒にいったとしてもブリュンの足手まといになるだけだと思う。


 でも、ブリュンを、ブリュンたちを笑顔で送り出してあげないと……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


“エイル”

「んん……誰?」

“呼びかけるのは2度目ですよ。今回は姿も見せましょうか”


 え、この姿は女神ヴァナディース ??


「え、これ夢??」

“夢ではありませんよ。私の声に聞き覚えはありませんか?”


 聞き覚え……

 そうだ、修了式の日に聞こえた声!


“よかった、思い出してくれましたね。ん、目も完全に覚めたようですね”


「女神ヴァナディース」


”ストップ。私の意識はエイルの大脳言語野と直接つながっていますから、声を出すには及びませんよ”

“はい”


“そう、その調子です。ブリュンの旅立ちの準備、お疲れさまでした”

“私は、訓練センター長に武器屋を紹介してもらっただけで、そんなに実働してないです“

“いえいえ、そういう情報が大事なのです。事実ブリュンが手にしている剣や鎧はなかなかの逸品です”

“神のお眼鏡にかなう武具をブリュンに持たせることができてとても良かったです”


 ……良質な武具を紹介してあげることはできる。

 でも、それは……人間世界の、人間基準に照らして強力だということ。

 そこらの、ちょっとだけ魔に染まった野生動物はともかく、根っからの魔物は強大だ。


 私が紹介した武具はそういう根っからのの魔物に対して十分なのかな……

 ブリュンは無事に旅を続けられるのかな……

 でも、私には良質な武具を紹介してあげることしか……できない。


”エイルはブリュンの旅立ちについて思い悩んでますね”

“恐れ入ります。私はブリュンのことをとても心配しています。パーティーメンバーが力ある者たちであること、私にブリュンを護れるほどの力がないこともわかってます”

“だから、私はとにかく笑顔でブリュンを送り出すことしかできない……です”


”エイルが心配する気持ちはわかります。でもあなたは一つだけ認識間違いをしています。あなたには力があります”

“エイルの力は剣技のような物理的な力や、魔法次元での力ではありません。好きな人を護るための、そうですね愛護あいごとでも言いましょうか”


“でも、物理的な力や、魔法次元での力がないとブリュンに同行できないですから、女神ヴァナディースが言われるように力があったとしてもそれを役立てられないです”


“愛護の力を持った者は物質に憑依することができます。例えば短剣に憑依した場合、その短剣の切れ味は伝説のグングニルの槍、投げればミョルニルハンマーに勝るとも劣らないものとなります”

“グングニルの槍、ミョルニルハンマー……”

“また、いかなる邪悪なエネルギーもしゃ断できる神気オーラを発することができます”

“私も魔のもの達の跳梁は苦々しく思っています。あいつを倒すためその力をブリュンのために役立ててみませんか?”


”私は、ブリュンを護りたい。ブリュンを護って、ブリュンの目的のために役立ちたいです……はい、女神ヴァナディースの仰せに従います”


”おお、決断してくれましたか。では、ここに短剣があります。これに憑依してください”


 粒のような光? が集まって短剣の形になった。


“あの、今思い至ったんですが、私はブリュンの帰りを待つと約束しました。憑依してしまったら私がいなくなってしまうんじゃ……それに私は王立訓練センターで働くことが決まっています”


“ブリュンたちが使命を終えたら、また、エイル自身の意志で憑依は解けて、瞬時にここに戻ります”

“また、王立訓練センターでの仕事は……そうですね、私がエイルの体に入って務めることにしますよ”


“え!! そんな女神に労働なんてさせられないです”


“私も神ですから、未熟な若者をいっぱしの冒険者に成長することを見守るのは喜びがあると思います”

“そうですか……では私はこの短剣に憑依しますが、どうすればいいのでしょう”


“ブリュンのことが好きであると強く念じてください。念の強さが臨界に達したら私が次元を操作して念を転移させるチャンネルを開きます”


“はい、分かりました……一つお願いがあるのですが、いいですか?”

“何でしょう?”

“明朝ブリュンたちが出発するとき短剣をブリュンに渡して、『またね、大好き』と告げてください”


“愛情を司る神ですら顔が赤くなりそうなセリフですね”

”ダメでしょうか?”

“いえいえ、私も夫のオーズルにそのようなことを言ったことがありますし、神の名にかけて実行しますよ”

”はい、お願いします”


“ひとつ尋ねますが、ブリュンってひょっとしてニブチン?”

“困ったことにそうなんです”

”そうですか。であればブリュンにくさびを打ち込むという目的もありますね”

”はい”


”フフ、じゃあ王立訓練センターでのお仕事について教えてちょうだい”


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 ヴァナディースは北欧神話の女神フレイヤの別名です。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅立ち 獅子2の16乗 @leo65536

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画