最終話② そして未来へ
夕方の陽光が少しずつ傾き、庭園の花々が最後のきらめきを見せる。コーデリアは目を細めて、かつて経験した苦い思いをそっと胸の奥へ仕舞い込んだ。王太子に振り回されていたあの頃には戻らない。これからは、自分を踏みにじる者がいれば、「妹を全力で擁護する」兄や王子、さらにはグランデュール家を取り巻く多くの同盟者が立ち上がってくれるだろう。もう隠れる必要も、
「わたしはわたしらしく生きるわ。どこかで悪女と呼ばれようが、関係ないわよね。兄さまと王子が作ってくれたこの環境を使いこなしながら、わたしの未来を築く。それがわたしにできる最大の恩返しかもしれないわ」
心のなかでそう誓う。あの婚約破棄の晩から始まった激動の日々は長かったが、結果として多くのものを得られた。兄や王子の行き過ぎた行動に振り回されても、最後には国まで巻き込む勝利を得て、自分の尊厳と未来を守る道を切り開いたのだ。
どんな誹謗中傷も、いまの彼女には通じないだろう。貴族たちはこぞって彼女に下手な口出しをすることを避け、むしろその力を取り込みたいというかたちで近づいてくる。王太子に味方していた者たちは姿を消し、城内の勢力図は大きく塗り替えられた。いつしか、誰もがコーデリアを「新しい社交界の立役者」と呼ぶに至っている。
「すごい話よね……婚約破棄されたときは、これほど順風満帆になるなんて思わなかった。だけど、もう大きな波は来ないといいわ。戦いはたくさんしたし、次は自分の幸せをゆっくり考えても許されるでしょう?」
柔らかな風が、コーデリアの長い髪をそっと揺らす。遠くからはルシアン王子の声が聞こえてくる。「妹が快適に過ごせる場を増やそう!」と熱弁しているのは相変わらずだが、今となってはそれすら微笑ましい。周囲が翻弄されようとも、争いではなく平和に向かうなら、これもまた悪くないと感じるのだ。
いま、コーデリアの瞳には確かな輝きが宿っている。たった一夜の婚約破棄から始まった数々の波乱を乗り越え、自分の力と仲間の助力で困難をはねのけてきた。その旅路はけっして楽ではなかったが、結果的に得たものは大きい。王太子の支配が終わり、国同士の絆が深まり、妹を中心に据えた新しい秩序が形成されつつある。こうした形を大団円と呼んでいいのかはわからないが、少なくともコーデリアにとっては、これほど心が軽くなる結末もあるまい。
そろそろ日が暮れはじめ、庭の花がオレンジ色に染まっていく。コーデリアはゆっくりと立ち上がり、屋敷へ戻る足を進めた。これから夕食の席でアシュレイとルシアン王子が合流し、再度妹をめぐる話題で盛り上がるに違いない。自分を見失いそうになるほど過剰な愛情表現に、また
そうして、コーデリアの今後には果てしない可能性が開けている。将来的にどんな縁談を選ぼうが、あるいは独身で社交界を動かす女傑として生きようが、もう王太子という存在に縛られることはない。むしろ、多くの者が彼女の力を求めて近づく時代だ。婚約破棄から一夜明けたあの朝に、こんな未来が待っているとは夢にも思わなかったが、今はそれを自信を持って受け止められる。
最後に、コーデリアは心の中で改めて王太子の名を呼ぶ。かつての自分を
「さようなら、昔のわたし。もう一人の王太子の婚約者に従うだけだった弱い娘は消え去ったわ。これからは胸を張って、自分が思うように生きていく。誰かに押しつけられるのではなく、わたし自身が選ぶ道を」
ドアを開けた先には、アシュレイが待ち構えていた。ルシアン王子はその隣で「夕餉の席を設けさせてほしい」と笑顔を浮かべている。まるで新しい冒険が始まるような期待感に満ちた表情だ。コーデリアはしばし口元を緩め、やれやれと言わんばかりにうなずく。
この先も、兄たちの「妹優先」による突飛な行動に振り回されるだろう。それに苦笑しながらも、コーデリアは決して不幸だとは感じていない。むしろ、こんなにも自分を大切に思ってくれる二人を得たのだから、それを財産と呼ぶべきかもしれない。王太子の支配から解き放たれ、あらゆる可能性を手にした自分を誰が阻めるだろう。
「良いわ。今宵は三人で祝杯を上げましょうか。王太子がいない世界は、とても美しいと思わない?」
笑みを湛えてそう告げると、アシュレイもルシアン王子も「それこそが妹の求める未来だ」と胸を張った。彼女は彼らのやや暴走気味の「妹愛」を適度にコントロールしながら、これからの人生を歩んでいく。婚約破棄を超え、王太子の呪縛を打ち破った先にあったのは、大いなる自由と少々騒がしい日々だが、それが彼女にとっての新たな幸せの形だった。
そして、夜の
「皆さま、それでは……今後もわたしなりの道を進んでいきますわ。兄さまとルシアン殿下が助けてくださるなら、なおさら心強いわね」
「当たり前だ、コーデリアよ。いつでも呼んでくれ。俺はおまえの笑顔を守るためなら、何だってする」
「わたしも、妹たちが平和に生きられる世界を目指していきたい。そのために何かできるなら、喜んで行動しますとも」
談笑する三人の姿を、使用人や家臣たちが微笑ましく見守っていた。かつてのグランデュール家にはこうした打ち解けた空気は少なかったが、いまは王太子の名を口にする者などいない。過去の傷から解放されたコーデリアが、自分の意思で前を向いているからこそ、邸内は温かな雰囲気に包まれている。
やがて、美しい調度品に彩られたテーブルで乾杯の合図が響いた。グラスとグラスが触れ合い、軽やかな音を立てる。コーデリアはそれを一口含み、ほどよい甘みのある飲み物が喉を
「王太子との因縁はもう思い返す必要もない。わたしはこれから、わたし自身の道を堂々と歩んでいくわ。アシュレイ兄さま、ルシアン殿下、わたしをここまで導いてくれてありがとう」
言葉にはしなくても、コーデリアの微笑がそう伝えているのを二人とも感じ取ったらしい。アシュレイは満足げに背筋を伸ばし、ルシアン王子も雅やかに頭を下げて答える。それは、妹を守るという気持ちがなければ決して生まれなかった絆だ。王太子が存在していたころにはあり得なかった未来かもしれないが、彼が没落した今こそ大きな可能性へと広がっている。
こうして、コーデリアがかつて望みえなかった自由と未来を手に入れ、新たな人生を踏み出そうとしている。婚約破棄の晩に感じた絶望と屈辱はもう過去のもの。いまはただ、自分を信じ、兄や隣国王子とともに平穏を築き上げることに専念したい。国を巻き込む大騒動を起こしながらも、結果は多くの笑顔を生み出す方向へ動き出したのだ。
誰に何を言われても、コーデリアの意思は変わらない。王太子のような傲慢な相手が現れようとも、もう負ける気はしない。それを支える人々がいて、何よりも彼女自身が誇りを取り戻したのだから。ドレスの裾を揺らしながら、彼女は小さく微笑む。その先に見えるのは、騒々しくも愛にあふれた暮らし――大切な人々が待つ日常だった。
馬鹿げたほどに「妹」を大事にする二人の男とともに、コーデリアは歩み出す。あの日、婚約破棄を言い渡された夜には想像もできなかった新しい世界で、彼女はもう二度と屈することはないだろう。華やかな食卓に彩られた晩餐の席に、柔らかな笑い声が満ちる。大きな騒動のあとの穏やかな余韻――それこそが、コーデリアの選んだ幸せだ。
きっとこれから先、兄はやりすぎなほど妹を案じるだろうし、隣国王子も国を巻き込むほどの行動力を示すかもしれない。それでも、コーデリアはそれを時に制し、時に活かしながら、堂々と未来を紡いでいく。その道に、もう婚約破棄の苦悩や王太子の影など存在しない。あるのは大切な自分の尊厳と、かけがえのない周囲の愛だけ――そう胸を張って生きるのが、彼女の新たな幕開けなのだ。
夜が深まるなか、グランデュール家の窓には灯りがこぼれる。コーデリアはグラスを片手に、最後に一度だけ王太子の顔を思い出していたが、そのまま風のように消し去った。あの頃の自分がどうであれ、今はしっかり地に足をつけて立っている。いくつもの挫折を乗り越え、最後には大きな勝利を手に入れたのだから、もう
「わたしはわたし。何を言われても、自分を信じて前へ進むだけ――世界がいくら騒ごうと、わたしが折れることはないわ」
いつか自分が全力で守りたいものができたとき、アシュレイやルシアン王子を参考にすればいい。人を想う強さは、周囲からは過激に映っても、結局は周囲を変えるほどの力を秘めていると学んだから。今はまだ焦らず、手に入れた自由と豊かな未来を楽しめばいい。その思いを噛みしめながら、コーデリアは深く満足そうに息をつくのだった。これこそ、失意の婚約破棄から始まり、波乱の末にたどり着いた彼女の本当の幸せの姿に他ならない――
(完)
婚約破棄から一夜明けたら、ブチ切れシスコン兄さまが敵国と同盟結んでました!? ぱる子 @palmeria
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