Snow fairy――惑乱の人③-2――

せとかぜ染鞠

Snow fairy

 終日吹雪峠ひねもすふぶきとうげで僕は見たのだ。スノーマンは存在する。

 それを確信したフリーライターの加護かご誠皇晋せいのうしんは危機を回避するため既に承諾していたスノーマンの調査依頼をキャンセルし,四輪駆動に飛びのり帰路についた。

 誠皇晋の隣に同乗する僕は満足し安穏な気持ちでいた。また以前と同じように誠皇晋の居候に戻れるからだ。反社会的集団のボス曼珠沙華まんじゅしゃげれいの存在が2人の心を一時だけ遠ざけていたが,幼馴染みでもある僕たちの絆はそんなに容易く切れてしまう脆弱なものではない。

 ワイパーが固形のものを弾きとばし,けたたましく乱れた。雪に氷がまじりはじめた。吹雪が急速に勢力を増し道路も渋滞していたが,晴れやかでウキウキしていた。まるで遠足にでも出発する子供みたいに浮かれながら当然のように誰への断りもなくグローブボックスをあけた。なかにはいつもとかわらず多種多様な袋菓子や菓子パンがつまっている。それらは居候のため常備を欠かさぬ誠皇晋の配慮の形だ。

 僕はますます上機嫌になり,ひっぱりだしたポテトティップスの袋を派手な音をたてて破裂させると,ティップスの欠片が飛びちり座席を汚した。

 言葉では注意しつつも顔ではニヤつく誠皇晋がハンドルからはずした片手をのばし黄金色や茶色のパラパラの吸着する指腹をペロリとなめる。

 相手が未知瑠みちるであったらば,こうはいかない。菓子粒なんぞ落とそうものなら即座に往復びんたや回しげりを食らうのだから。

 意地をはって誠皇晋に頼らず未知瑠のもとへ身を寄せた。その間サンドバッグとして過ごした隷従の日々ときたら――ああ,もう最悪だった! ようやく解放される! 僕は自由だ,ありがとね!「セイノシンめ! ウリウリかわいそうにおなかが空いているのだね――」誠皇晋の口中にティップスを無理やり押しこめば女子みたいな声をあげる。「よしよし嬉しいのかな,マゾな子だ――」

 大音響につつまれた――クラクションだ。真後ろの車が鳴らしている――

 運転席と助手席との間に後部座席から身を乗りだす彼が僕を凝視している。曼珠沙華麗だった。

 一瞬にして視界の彼が消え,リアバンパーの雪壁を抉るありさまにきりかわる。大きな揺れに襲われドアで肩をうつと同時に菓子袋を手から落とす。

 誠皇晋がハンドルをきったせいで車線を逸れたことを知る。フロントガラスの端に連続的に衝突するものが真紅の飛沫を散らし目端を過って後方へ消える。ガラス一面に付着した飛沫は忽ち筋状に流れ,視界を真っ赤に駄目にした。

 四輪駆動が山道をスリップし氷雪の交錯する濃灰の夜に飛んだ――

 その刹那に見た。「 終日吹雪峠へようこそ 」と嘲笑う朽ちかけた道案内を。そして僕たち同様に,山道から次々と滑落する数多あまたの車の各ルーフに密集する短軀の生命体を。彼らは憤慨しつつもべそをかく人面以外は真っ赤な液滴の逬る巻き毛に全身をおおわれていた。

「ってことは俺らのうえにも――」誠皇晋が頭上に視線を走らせる。

 逆さまの赤ら顔が幾つもフロントガラスを覗きこむ。縒れた毛筋より垣間見える赤黒い肌に絶えず血液が滲出し体毛に吸収されず滴をボトリボトリ垂らしてはボンネットを粘りつたいカーボディーを汚していく。

 スノーマンだ。スノーマンはBSとSSの二つの種別にわかれる。彼らはSSだ。SSがドライバーのハンドルミスを誘い滑落事故を企てたのだ――人間を捕食する目的で。

Snow雪の fairyなのか……」誠皇晋が感嘆にも似た声を漏らす。

「違う,これが赤男さ。情報収集のとき地元のおじさんたちが言ってた――」そう答えて言葉をのんだ。

 赤ら顔の埋めつくすガラスの隙間に3歳ぐらいの子供の姿が認められたのだ。

 長くて白い直毛を透過する裸体に巻きつけボンネットに立つその子は重たげな睫毛まつげの奥の膜のかかったみたいな切れ長の瞳をうわむけて羞恥するようで愉悦するようでもある微笑を浮かべている。

「なんてかわいい……」誠皇晋がため息まじりに呟いた。

 その子に見とれる僕たちの時間は異界の抜け穴の狭間にひっかかってしまったぐらいに鈍調だったが,車外下方の八方では夥しい車が爆発を起こし濃厚な火炎と黒煙をふいていた。火だるまになるトラックや軽自動車は僕たちの乗る四輪駆動の後続を走行していたものばかりだ。そして僕たちより遅れて滑落したにもかかわらず先に氷雪に叩きつけられたのだ。

 一方僕たちの四輪駆動は山底に近づくにつれ穏やかに降る雪の一片ひとひらに化したように緩やかに浮遊する体感を齎しながら音もなく雪面に舞いおりたのだった。

「BSの子供がいる――かかわるな,全面戦争になるから――」

 いつの間にかフロントガラスを遮蔽していた赤ら顔は一掃されて,胸を反らせ伸びあがり二足だちで遠ざかるスノーマンSSの群れを助手席の窓外に認めた。

「ちょっと僕……」誠皇晋は車外へ出る。よちよち 去っていく Snowスノー fairyフェアリーを呼びとめたのだ。

 僕も急いで車をおりた。

 Snow fairyが振りかえり,喜びと気恥ずかしさに全身を弾かせた。「またね,大好き!――」

 胸をうちぬかれた。

 鞠の跳ねるみたいな四足跳躍できゃっきゃっとはしゃぎつつ Snow fairyは牡丹雪の幕のむこうにかすんでいくのだった……

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