またね、大好き

久遠 れんり

彼女は去って行った。笑顔を残して。

「また遊んでる」

 彼女は俺の部屋と勝手に入り込み、怒鳴り始める。


「ほっとけ」

「勉強をしないと、知らないよ」

 そう言って彼女は、背中側から抱きついてくる。


 彼女は心陽こはる。実家は中華料理屋。

 だが、うちも同じだが、物価高騰で収益が厳しいらしい。

 まあ、例の援助金、返済もあったしな。


 うちはそば屋で、元々国産蕎麦なのでまだまし、つなぎに使う小麦も国産。

 そのため常連さんは、少し高くなっても来てくれる。


 だが、心陽の家は値上げをすると、いきなり客足が減ってしまった。

 大盛りで安いのが売りだったので、もろに影響を受けてしまった様だ。

 たった百円、それがお客さんには重要だったようだ。


 鶏肉の輸入物も、今は国産と変わらない値段。



「何もかもが高い、どうすればいい……」

「もうやめても良いよ、その位の蓄えはあるし」

 おじさんやおばさんは、そんな事を真面目に話しているようだ。


「高校卒業すれば、昼間もお店を手伝えると思っていたのに」

「大学へ行けって、言われてなかったか?」

「言われた。でもさ、勉強嫌いなんだよね。体を動かしている方が好きだし」

「確かに」

 彼女は、オレの上で動くのが好き。

 この関係になったのは。去年の夏前だろうか?




「信じられる? みんな、経験済みなんだって」

 皆って誰だよ。

 小学校のときから、こいつの言う皆は二人か三人だ。


「うそだろ。きっと見栄を張っているんだよ」

 心陽の周りに居る女の子達……

 悪いが、無いな。俺の独断と趣味だが。


「あの中では、お前が一番かわいいからな」

「えっ、何突然?」

 さらっとそう言ったが、見たことがないくらい驚き、彼女はあっという間に耳まで赤くなった。


「素直な気持ち」

「あうぅ。本当にそう思う?」

 なんで泣きそうになる?


「ああ。うん」

「ほんとにほんとうにほんとう?」

「うん。そう思うぞ」

 そう答えると、俯いてしまった……


「おい、心陽。大丈夫か?」

「大丈夫。うふっ、うふっ、うふ」

「おいどうした、さすがにそれは、気持ちが悪いぞ」

 彼女はこれ以上無いくらい真っ赤になって、目は涙ぐみ、口元は笑っていた。


「ゆーくん」

「何だよ」

 彼女は座卓の横、俺の隣に居たのだが、ザッと座卓をよせると、俺の太ももの上にまたがる。


 そして抱きつき、キスをしてくる。

 キスは初めてではない。

 だけど、大人の……


「えへっ。好き。大好き。だから良いよね」

 そんな訳の分からない事を言って、俺は襲われた。

 いや、抵抗もしなかったけれど。


 それ以来、そういう関係だ。



 だけどまあ、こいつの雰囲気が変わったのは、高三の冬休み前。

 いよいよ店がやばいのは聞いていた。


 大好きだったエッチにも、気合いが入っていない。

「私のこと好き?」

「ああ、好きだよ」

「どのくらい?」

「何だそれ? どのくらいと言われてもなあ」

 そう言うと、むうとむくれる。


「たとえばさあ、駆け落ちしてくれるとか」

「おじさんもおばさんも、やるって言ってたぞ」

「えっいつの間にそんな話し」

「えっ行く度に。勝手に上がって連れて行けって」

 そう言うと、なんか嬉しそうな悲しそうな変な顔になる。


「うーん……」

「あのね、お店が辛くてさ、お金を借りにいったけれど、工面できなかったらしいのさ。そうかと言って、高金利だとどうしたって払えないから、どうしようかって言っていたんだけどさ。この前の食中毒事件あったじゃない」

 言われると少し前にあった。

 保健所が入って、数日店が開けられなかった。


「あれって、別に店のせいじゃないって言う話しだっただろ」

「そうなんだけど、最初に来たときに払うって言ったから、慰謝料よこせって。約束も守れない店だって、言いふらすって言われたらしいのさ」

「ひでえ奴だな、警察は?」

 そう言うと首を振る。


「当事者でとか言われたんだって。それでまあ裁判をしたって、ああいう人は従わないから何ちゃらかんちゃらって払ったみたいなのよ」

 そう言って彼女は、ため息を付く。


「でも終わらなくってさ、裁判をしようって言ったら、書き込みよ。ひどいの」

 それでまあ常連さんは来てくれるんだけど、家って薄利多売なのよ。

 仕入れの払いが、来てくれる常連さんだけじゃ足りなくってさ。


 心陽の話は、うだうだ続いたが、結局は優しいお金持ちの常連さんが金利無しでお金も貸してくれる。でも、心陽を嫁に欲しいんだがって言われて、おじさんもおばさんも困って本人に決断させると来らしい。


「あの二人め、何を」

「仕方ないじゃない。相手の息子さんも、悪くない人だし……」

「受けるのか?」

「うん…… 考えたけど。それで全部上手く行くの…… だから、もう会えない」

 そう言ってボロボロ泣き始める、どのくらいだろう泣き続ける心陽をハグするしか出来ない自分。

 俺は自分が悔しかった。


「ごめん、またね、大好き」

 そう言って、彼女は部屋を出ていった。

「またねって…… どんな顔をして、会えって言うんだよぉ……」

 俺はその晩、泣き続けることになってしまった。

 彼女との記憶と共に……

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またね、大好き 久遠 れんり @recmiya

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