踏み絵2250

romandamour

踏み絵2250

東京第三区、強制収容所。

 広場に囚人たちが整列させられた。監視ドローンが上空を旋回し、AI兵士が無機質な声で命じる。

「順番ニ踏メ。拒否ハ違反トナリ、即時処分対象トナル」

 地面には金属製のプレート。そこには、かつての英雄の顔が刻まれていた。政府にとって不都合な思想を持った者たちの象徴──。

 一人、また一人と囚人が無表情に踏んでいく。踏まれるたび、プレートの表面がかすかに光を帯び、データが記録されていく。

 次は老いた技師の番だった。彼は足を止め、じっとプレートを見つめる。

「早クシロ」

 AI兵士が警告を発する。

 その瞬間、技師はふいに微笑んだ。そして、ゆっくりと膝をつくと、プレートを両手で持ち上げた。

「何ヲ──」

 彼は袖口の布を取り出し、丁寧にプレートを拭い始めた。

 囚人たちが息をのむ。AI兵士が武器を構え、ドローンが警告音を発する。

 だが、技師は静かだった。血まみれの顔で、なおも微笑んでいた。

「おまえたちも、よく見ろ」

 プレートには、長年の踏みつけで摩耗した表面に、彼が拭き取った英雄の顔が、確かに浮かび上がっていた。

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