第3話 無駄な時間
部屋の中央のろうそくがゆらゆらと燃えている。ΑΙΔΗΣか、本の内容も実に奇怪だ。日本語が一切使われていない。ローマ字に近いような文字だが読めそうで読めない。いつだったか前も同じような字を調べたことがある、なんだったか。「あなた民俗学専攻してたじゃない、こういう言語わからないの?」向かい側から眠たそうな声でカワカミが話してきた。日が沈みかけ部屋の中はどんどん暗くなっている空は橙色に満ちていた。先程まで綺麗な藍色であったのに、「専攻してたのは何年も前のことだ、今ごろ身につけた知識は深い井戸の底にあるだろうな。それに民俗学はこういう奇妙な文字だらけのもの以外の資料を扱う、どちらかというとこれは歴史学の領域だな。カワカミのほうがわかるんじゃないのか?」大学を中退し、父と同じしがない探偵業をしている自分がカワカミの瞳に映っている、瞳の自分が僕を睨んでいる。まるでいまの生活が間違っているとでも言いたそうだ。大丈夫だ、「なによ、怖い顔しちゃって疲れてるのは私もよ。私も最初は自信あったけどこういうのは昔からめっきりダメダメなの、最も父は気づかず私にこれを託したんだけどね、私の勉強を見ないで同じ高校に入った結果だけで決めていたのだから無理もないんだけどね。」しょぼくれた顔したカワカミにそっと饅頭を渡し、熱々のコーヒーを少しずつ口に入れながら方法を模索する。こういうとき、身近なものがヒントになったりするんだよな、いやいやドラマじゃあるまいしそれに棚ぐらいしかないしなこの部屋。棚の隅にある色褪せた聖書を目にする、あの聖書、たしか旅行でイェルサレムに行ったとき入手したものだ。思い出した、本の表紙これは古代ギリシア語か?聖書にも使われていた文字だ。間違いない、こんなこともあるんだな。体は鳥肌で喜びの叫びをしている、まったくなんて癖の強い文字を使うんだもしかしたらこれにもなにか意味があるのか?そう思いながら僕は表紙の文字を解く、そうして書いた文字をカワカミに見せる。「アイデス?慰めなくて大丈夫よ。父が私に託したのは私の能力でじゃなく、娘に対して愛があるからとか、だったらこんなものじゃなく家族との時間のほうが長くなっているわよ。」カワカミは笑いながら話した。「慰めているんじゃない、分かったんだよ表紙の文字がなんと書かれているのか。というか僕らはなんでこのスマホという便利アイテムがあるのに気づかず無駄な労力を使っていたんだ。」スマホの検索結果をカワカミの目の前に出す"ハデス"それは皆無意識に記憶している名前、ギリシア神話の補佐官であり冥府の神の名前であった。部屋の中央にあったろうそくは気づけば消えていた。
イミガアル 那叵碧 @nahaheki
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