荒鷲の復讐—滅びゆく世界の傭兵記—

sholorm

プロローグ

世暦2000年。


それは、人類が未曾有の危機に直面した時代だった。


30年前、突如として発生した「大災害」により、惑星アルンの海面は20メートル上昇。


かつての都市は水没し、陸地は消え去り、世界人口の半数――50億もの命が一夜にして奪われた。


生き残った者たちは、内陸の都市か、水没した都市の上に築かれた水上都市で、かろうじて生活を続けた。 ———だが、それは新たな絶望の幕開けに過ぎなかった。


大災害の混乱の中、世界各地に突如として現れた謎の生命体『ビースト』。


度重なる災害によって疲弊した人類はなおも団結して武器を手に反撃を試みたが、現代の火器や兵器はビーストにはほとんど通じなかった。


そして、わずか5年で世界人口100億人中30億人が、その圧倒的な力によって奪われることとなる。


だが、滅亡の危機に瀕した人類は絶望の中で奇跡を目撃した。


地殻変動で生まれた大地のヒビの奥深くから突如として露出した謎の鉱石『魔石』。


かつて失われた魔法の力を彷彿とさせるその特性は、従来の燃料や動力源をはるかに凌駕していた。


そして当然の摂理か、人類は魔石を軍事利用して希望を取り戻そうと動き出す。


2008年。そうして人類によって生み出されたのが『対魔獣高機動駆逐機』。またの名を、ウォーカーである。










 2018年、中央大陸

中部ステップ地帯。



「まさかワンダラーが護衛を引き受けてくれるとはな!これでビーストなんざ怖くねぇぜ!」


「買い被りすぎないでくれ。俺はそこまで大した乗り手じゃない」


 縦に並び走る3両の装甲車を守るように、紫の光を放ちながら前方でホバー移動する一機のウォーカー。


 そのコックピットには、一人の煤けた男が座っていた。モニターにはだだっ広い草原が広がっており、遮蔽物は一つもなく。レーダーには何の反応も表示されていない。


 否。

表示されていないはずだった。


「ッ!!」

 男は瞬時に操縦桿をひねり上げ、装甲車の横面に滑り込む!!


『おいおい!そこで気づくかよ!!』

『もー、お兄ちゃん!ちゃんとしてよね!』


「う、ウォーカー!?なんでここに!?」

 混乱する依頼主の声が響く。

そして男が乗った護衛機は腕部ブレードを構えており、サイケデリックな色に塗られた機体が持つ大鉈と火花を散らしていた。



「公開無線とは随分悠長な連中だ。噴煙を隠すつもりもないとはな」


『おいおい、低適正のクセにビースト百匹殺したってのはマジそーだな!』


 鍔迫り合いの中、ギリギリと押される護衛機。

明らかに出力が違う。男は長年の勘でそう気づいていたのだ。


「人類がビーストを狩れるようになって10年経つが、お前らみたいなウォーカー殺しは初めてだ!」


『どっちも仕事っしょ!!』


 パイロットなのであろう少年の声が響いた刹那、護衛機が激しい衝撃で海老反りになりながら大きく吹き飛ぶ!!



「キックだと!?」


『お兄ちゃん、やっちゃいなよ!』


『殺るなら派手にやりてーよなぁ!』


 ブゥゥゥゥゥゥンッ!

機械が油と共に唸る音が響き、敵機腕部からチェーンソーが展開される。



「舐めるなよ!!」

 だが、男は諦めていなかった。

素早く肩部から40mmハーフマシンガンを抜き放ち、前方にばら撒く。



『おせぇおせぇおせぇ!そんなロートルじゃなァ!!』


 ギャリギャリギャリ!!

まるでダンスを踊るように近づいてきた敵機に頭部を激しく斬りつけられる!



「ぐぁッ!!」



『死んじまえよ!』


 オイルを撒き散らしながら飛んでいく頭部を横目に、脚部が切り飛ばされる。


 そこから切り返すように、膝を崩した護衛機の腕部を切り落とす敵機。


「グゥッ!!」

 男はなんとかサブカメラを起動させるが、そこには敵機の顔が大きく映し出される。


『お兄ちゃん、やっちゃえ!!』


『死になァァァァァ゙!!!』


 鮮血のように吹き出る紫の液体。

それは高濃度の液状化魔石燃料(ハイパーエーテル)であり、ウォーカーの核。


 ウォーカー乗りにとってそれが噴き出ることは敗北を意味する。



「がッ……はァ゙……ッ゙」

 吐血する男。

揺らぐ視界の中、男は胸に突き刺さった鉄材を見た。モニターは激しく割れ、コックピットがひしゃげていることがわかる。



 だが、かすかなヒビがあった。

わずかな風景が見える。そこには、装甲車へと近づいていく敵機の姿。


「やめ……ろ……」

 破壊されたせいか、無線は届かない。

敵機はチェーンソーを振り上げる。



「やめろぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」


 声は届かない。

刹那、男の意識は途切れた。























「……ひどい有様ね」

 一人の女が、激しく荒らされた草原を見回していた。


 装甲車たちはまるで幼い子供が遊んだ粘土細工のように、ひどく切り飛ばされ、ちぎられ、辺り一面にばらまかれている。その惨状は、言葉も出せないほどに悲惨だ。



「あの護衛機……」

 そして女は一つのウォーカーに目をつける。

頭は切り飛ばされ、右腕部は破損。更に左脚部は膝から下がない、文字通り酷い風景。


 地面に広がったハイパーエーテルは、歩くごとにいたるところに飛び散っていく。


 パイロットは死んでいるはずだ。

だが、女は何か誘われるようなものを感じたのか。


 コックピットへと近づき、ひび割れた装甲の隙間から中をのぞく。


 マジックミラーのように内側は見えないバイザー。


 胸に突き刺さる、ひしゃげたコックピットパーツ。


 生きている可能性はない。

だが、女は声をかけた。


「——生きているの?」


 返ってくるはずはない。

しかし、男の指が微かに動く。


 それを見て、女は微笑んだ。

そして、言葉を紡ぐ。


「ようやく会えた」

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