好き好き好き好きぃっっ!!

渡貫とゐち

好き好き好き好きぃっっ!!


 お姉ちゃんと出会ったのは、俺が小学一年生の時だった……、らしい。


 らしい、というのは正直、俺自身がまったく覚えていないのだ。

 その当時、とある出来事が、俺を精神的に追い詰めていた……。

 今はもう納得しているし、寂しさも感じていない。整理はついている。

 だが当時は、子供にとっては、受け入れたくない現実だったのだろう。

 自分のことだが、他人事のようにそう思ってしまう。


 そんな小さな俺が、潰れずにすぐ立ち直れたのは、お姉ちゃんのおかげだ。

 気がつけば、お姉ちゃんは俺の傍にいたし、お世話をしてくれていた。

 遊び相手にもなってくれていた。

 最初から家にいたのだと思っていたが、もちろん違う――。


 アルバムを見れば、古い家族写真に、お姉ちゃんの姿はない。

 ページをめくることで、次第に人物が入れ替わり、お姉ちゃんと写っている写真が増えている……出来事の虫食いがなければ、小学校の入学式、直後あたりだろうか。

 そこで俺とお姉ちゃんは、出会った……。


 今と変わらない姿をした、お姉ちゃん。


「……で、実年齢はいくつなんだ?」

「女の子に年齢を聞くのは失礼だよ?」


 俺の背後から、アルバムを見ようと覗き込む少女が一人。

 見た目、一四歳にしか見えない、まだ発展途上のぺったんこな胸……、

 今とアルバムの中の姿を見ても、まったく変わっていない。


 これ、ほぼ一〇年前の写真だぞ?


「懐かしいなー。りょうちゃん、この時はわたしがどこに行っても着いてきてくれて、可愛かったなー」

「そうだっけ?」

「可愛かったもんっ! 今は可愛いよりも、格好良いよ!」


 今の『そうだっけ?』は、そういう意味じゃない……。

 この年頃の子は、大体が可愛いはずだよ。


 すると、

「好き好き好き好き好きぃっっ!」

 と、お姉ちゃんが連呼しながら、背中から抱きついてくる。

 ……鬱陶しい。暑い。ただでさえ、梅雨で蒸し暑いのに。


 六月の下旬。

 一週間以上も太陽が顔を出さない、暗雲一面の空。

 そして現在は、高校生活の二年目。

 一学期の中間テスト、前日だった。


 試験前で、生徒会活動もないため、今日はいつもよりも早く帰宅したのだ。

 家に帰れば、縁側で、ぐでーっと寝転んでいたお姉ちゃんがいて、その近くで俺は、アルバムを広げたのだ。——勉強? そんな面倒なことはしない。する必要がない。

 してもしなくても、結果は変わらないのだから、しない方を選ぶに決まっているだろう。


「……ニヨ、そろそろ離れろ」

「えー。良ちゃん成分の補給をじゅうぶんにしないと、お姉ちゃん死んじゃうよ」

「補給が長い。払い落とすぞ」


 制服のままだ、あまり強く抱き着かれると、しわになる。

 まあ、そのしわを取ってくれているのはお姉ちゃんなのだが……。


「むー。分かった、がまんする」


 やっと離れてくれたお姉ちゃんが、今度は前に回って、畳に置いたアルバムを見下ろす。

 少年かと思うような、短パンとタンクトップ。

 タンクトップの肩の部分が、かなりよれよれで、肩から落ちてしまっており……、肌色が多く見えている。

 そんな状態で体勢を前屈みにするものだから、ぺったんこでも『ある』胸が見えそうになる。

 かろうじて、藍色の髪が、胸元を隠していた。


「…………」

 ちっ。

 というかそのタンクトップ、俺のだろ。

 サイズがまったく合っていなかった。


「でも、どうして急にアルバムを出したの? 寂しくなった?」

「違うよ、それについてはもう心配はいらねえって」


 二ヶ月前に会ってきたばかりだ。

 それに、毎日、とはいかないけど、挨拶をしてるしな。


「じゃあなんで?」


 小動物のように小首を傾げるお姉ちゃん。

 すると、後ろで襖が開く音がした。

 入ってきたのはお祖父ちゃんだ。

 これで、我が家の全員が、顔を揃えたことになる。


「なんじゃ、ニヨまでいるのか?」

「呼んだわけじゃないよ、勝手にいたんだ」

「お前がいれば当然いるか。いや、硬くならんでいいぞ、単に雑談をしにきただけだ」

「……わたし、なにも聞いてないけど」

「毎日毎日、家でぐーたらしてるから、聞き逃したんじゃねえの?」


 えっ、と顔を蒼白にさせるが、言ってないからお姉ちゃんが知るはずもない。

 きっかけはただの世間話からだった――最近、曇空が続くため、晴れにさせる方法がないものかと、お祖父ちゃんに話を振ってみたのだ。

 真面目に聞いたわけじゃない。靴を脱ぐまでの、軽い話題のはずだったが……。


「ニヨが落ちてきたのも、こんな曇空じゃったなあ、確か」


 と言ったのだ。

 お姉ちゃんが空を突き破って、大地に落ちたため、空はカンカンと、晴れ出した。

 そんな前例があったらしい。


「誰かが落ちてくれば、この曇空も晴れるじゃろ」

「いや、もう晴れとか曇りとか、どうでも良くなった」


 お姉ちゃんが、落ちてきた? しかし今更、そんなことには驚かない。

 お姉ちゃんが『』だというのは、論より証拠で納得しているのだ。


 気になったのはそこではなく。

 最初はいくらお姉ちゃんでも、敵意を剥き出しにしていたのではないか、という点だ。


「じいちゃん、最初からニヨって、あんな感じだったのか?」

「働きもせずに三食をきちんと食っては寝てる、怠惰な生活のことか?」


 あらためて見ると、お姉ちゃん、なんにもしてねえな……。本来の目的さえ達成させる気がない。とは言え、侵略されては困るので、焚き付けるわけにもいかないが。


「あんな感じ、と言われたら、その通り、生活は変わりはせんな。ただ、儂と打ち解けるまでは、長い時間がかかった……。口調も今はだいぶ柔らかくなっているが、昔は人間味がなくて、まるで機械と喋っているみたいじゃったのう――」


「へえ、考えられないな」

「良には終始、あんな感じだぞ? 変化なんてないだろうさ」


 その時から好感度が高かったのか? 当時の俺、お姉ちゃんになにをしたんだよ……。

 初対面の年上のお姉ちゃんに気に入られるようなテクニックなんて持ってねえぞ。


「知りたいか?」

「え?」

「憶えていないだろうお前と、儂、二人きりだった家族に、ニヨが加わった時のことを」



「――それ、わたしが話す」



 ちゃぶ台を三人で囲み、それぞれの目の前に、お茶菓子が置かれた。

 最後にお祖父ちゃんが腰を下ろしたところで、まず口を出したのは、お姉ちゃんだった。


「おじいちゃんが話すと、変な風に良ちゃんに伝わりそうだし。それに、わたし側の事情だってあるんだから、わたしが話すべきだと思う」

「好きにせい」


 お祖父ちゃんが湯飲みを持った。そして菓子を片手で食べ始める。

 俺に聞かせるためなのだから、語らないのであれば、お祖父ちゃんは必要ない……が。


 お姉ちゃんが嘘を言う可能性もあるので、お祖父ちゃんにはいてもらった方がいい。

 お姉ちゃんは隙あらば、自分のことを良く見せたり、言ったりするからなあ……。


「おほん」

 と、握り拳を作って、一拍、咳払いをし、間を置いた。

「じゃ、始めよっか」



 さて。


 じゃあどこから話そうかな。わたしの母星ふるさとの話をしたって、ちんぷんかんぷんだろうし。あ、だけど意外と共通点はあったりするんだよね。成績を競い合っている、とか。

 良ちゃんが通う学園も、成績を重視しているし、順位付けもされてるしね。


 順位、か。頂点がいれば底辺がいるわけで、そのあたりのフォローも考えておくべきじゃないの? と、システムを組んだ張本人に言ってやりたいものだよ。

 最下位になりたくないから、上位を目指す、なんて動機にするにしても。


 成績下位者が苦しむのは、ほとんど上位者からの横暴な態度だからね。


 チームを組み、個人の成績や評価がチームの評価に関わるわけだから、下位者に非難が集まる。これと言った証拠がなくても、決めつけられて避雷針にされる。

 そういう苦い経験がわたしにもあったわけで、ちょうど成績を上げようと力を入れ込んでいる時期だったの――。


 わたしの次の侵略対象が、地球に決まったのは。

 だから普段よりぴりぴりしていた。絶対に失敗なんてできなかったから。



「……地球、暴力のない惑星……。なんだ、



 いま思えば、地球に向かう宇宙船の中で呟いたこの言葉は、まったくの見当違いだった。

 すぐ終わるわけがないし、暴力がないだけで、争いはあった。

 わたしはこの時、完全に地球をなめていた――――




 …おわり

 …?

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