姉と弟の贈り物(カタピエ公国メリーノ短編)
蜜柑桜
国の上に立つ者として。しかし一人の人として
冬の寒さと近づく春の足音が交互に現れる頃になれば、カタピエ広告宮廷庭園にも次第に花の蕾が木々に色をつけ始める。その様子を窓から見ては、かの娘が頭に浮かび思いを馳せるのが少し前からの公国領主メリーノの常であった。
誰も見ぬのをいいことに娘の姿を思い出しては頬を緩め、または悩み逡巡するのであるが、今日はどうも様子が異なる。
その原因らしきものは、メリーノの書見台の上にあった。
「……菓子?」
飴色の瞳が驚愕露わに凝視しているのは、化粧箱である。黒地に濃い紅の縁取りに金の飾り紐という上品かつ豪奢な装丁で、メリーノの両手に収まる大きさだ。
「これを……姉上が?」
「そうだけど?」
信じられない、と問いにもならなそうな問いかけに涼しい顔で答えたのは、それこそ小箱の装丁が似合う貴人である。小首を傾げると、緩く巻いた後れ毛が一つにまとめた髪からこぼれ、白い首筋に触れた。
「何か、今日、あっただろうか」
「どうやらあるようよ?」
いまだに小箱から目を離さない弟に流し目を送り、貴人は卓から色硝子の盃を取り上げひとくち、喉を潤す。
「他国の慣わしだと女性が親しき男性に菓子を贈るというのが今日とか。たまには他所様の真似事をしてみてもいいかと思って。まぁ、あたしがあんた以外に贈る相手もいないしね」
盃の淵を拭う紅く染めた爪先は艶めかしく、揺蕩う水面に映る相貌は、泣きぼくろのせいかえも言われぬ色香が漂う。そのような美女に流し目を寄越されたら、大抵の男性は勘違いするか怯むかしそうである。
ただし、いま流し目を送られているのは弟であり、そしてこの弟は贈られた品を見て固まっているのだが。
対する女性の方も悠然と弟を眺め、特に感情は分からない。
しばし沈黙が流れた。
すると、ふっ、と、メリーノの軽い吐息が漏れる。
「これは……難儀だな」
「何が」
「いや……」
言葉とは裏腹に、メリーノは目を細めた。
「返礼をどうしようかと」
そっと箱の蓋を開けて呟く声音には、喜色が滲み出ている。
「姉上に贈るとなると、随分と悩みそうだ」
箱に詰められた小さな菓子を一粒つまみ、そろそろと口に運ぶと、メリーノは微笑を浮かべて姉へ小箱を向ける。だが勧められた貴人は辞退を示し、一人で食べろと促すだけだった。
「美味だ。さすが姉上が選ぶだけある」
そして大事そうに再び蓋を被せると、丁寧に飾り紐を結び直す。
「これと同じくらい、姉上に喜んでもらえる品が選べるといいのだが」
「あたしはいいよ」
姉は庭へと目を逸らした。
続く言葉はない。しかし弟と同じ飴色の瞳は満足げな色を湛え、庭の花々へ向いた顔は穏やかな微笑を浮かべていた。
——十分なお礼をもう貰ったよ。我が弟。
姉たるもの、一国の領主たる弟の木を抜くような振る舞いをする気はないし、それが弟のためだろうと常々肝に据えている。
しかしこの素直さを見てしまうと喜ぶ顔が見たいと思ってしまうのは、やはり甘いのだろうか。
己も国を治める側の人間だ。それでも「親しき者」への贈り物くらい、一人の人間として許されても良いかと、そう思わせるのは、漂う菓子の甘さのせいかもしれない。
***
「月色の瞳の乙女」スピンオフです。
カタピエ公国、仲良し姉弟。
本編はこちら。
姉と弟の贈り物(カタピエ公国メリーノ短編) 蜜柑桜 @Mican-Sakura
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