形骸

うに豆腐

終幕

「それは愛では無く、性欲でも無く、貴方自身が成りたかった物に、触れようとしているだけ」


「成れる筈も無いのに」


 感情の圏外、完全無欠の、雪の様に白く、丸みを帯、細まった身体の首の上、死とは、こんなにも美しく、生を冒涜する物であったのか。


 死への羽ばたき、之を以て終幕。


 良い子でいる事が正解、中身の無い人間にはなるな、人と協調しろ、それが全てでありこの世界なのだ。

 昔、小学校の校庭の裏の花壇で、僕が誰かの育てていた花をうっかり転んで踏み潰してしまった時、酷い罪悪感と自罰意識が芽生えてしまったのを思い出す、今正にそれだ、ああ、何処から間違ってしまったのだろう。

 違う、そうじゃない、いや間違えてなんかいない、最初から始まってすらいないし、終わってもいない。

 何もしてこなかったのに、最初なんてある物か。伸びた髪と充血した眼に生を、時間を実感させられながら渇きの正体を知らぬまま、死んだ暮らしをしている。

 拷問の様だ、死ぬ事すら生温く、世を諦観し、眠れば半分以上もの自惚れを夢として再起させ、僕の首を締めながら嘲笑うかの様だ。逃げ道は無いと言われている様で、苛立ちを抑えきれない、たった一人だけの部屋で、思考と本能が自分を作動させ続ける。


 宙ぶらりんの脳、まともに栄養を摂れていないのだろう。起きれば足はふらつき、死体の様に転がり落ちるのが目に見えているからこそ僕は布団から起き上がらない、若しくは起き上がれないのが正解だ。

 このまま餓死して次に引っ越してくる住人に迷惑をかけたって別に良い、寧ろそうしようとすら思っている。何故なら、僕は困らないからだ、死んだ後に憂う必要が一体何処にあるというのか? 死体は謝罪なんてしないし、怒られたって僕は聞こえやしない、だからこそ、少しでも楽になりたくてわざと食事を摂っていないのだ。


 自己中心的だって罵られても文句は言えないのはわかっているつもりだ、でも、生きる権利とやらがあるのなら、死ぬ権利だってあって良いじゃないか、そうとも思ってしまうのは自分だけなのだろうか? 

 近年、若者の自死が多いと記事になってはいるが、例え僕一人が死んだって単に数字になるだけで他者にとって見れば実にどうでも良い事なのだ、そうだろう? ある人の言葉を用いるなら、一人の死は悲劇だが、統計学上での死は数字にしか過ぎない、その通りだと思う。逆に、この若者が死んだ! この人はどうのこうので、こういう人でした! とか世間一般的に知られている人物ならまだしも、全くの人、一人一人やっていたらきりがない、それに興味も無いし、記事にする努力の方向性を大幅にずれまくっているとすら感じてしまう。

 後は、別に何処で死んだって良いではないか、と、言う事、確かに迷惑をかけてしまうのは故人としても心地良いとは言えないだろうし、僕としても死後、憎まれてしまったら天国へは行けないとそう思っている。それに、出来るなら楽に死にたい、苦しみを味わいながら死ぬなんて、僕は何も悪い事等してはいないのに、あんまりじゃないか。

 この世の大半の死は、痛みと苦しみを伴った地獄だと言うのなら、唯一無二の解放の術を作った神様はなんて残酷な事をするのだろう。


 前述した通り、迷惑をかけても僕は困らない、そして大勢に迷惑をかけたら困ると言った事については矛盾しているのはそうだろうな、だが、一人や二人ぐらいなら別に見逃してくれたって良いじゃないか、そうとも思う。


 話が逸れてしまった、僕の悪い所だ、大事なのは渇きが僕を可笑しくさせる事、この渇きにも似た込み上げてくる物、言葉に出来ない、これさえ解決すれば僕は胸を張って死ぬ事が出来る筈、勿論の事、水を飲めなくて渇いているとかじゃない、唯、渇いている。でもわからないのだ、もしかしたら自分の脳が生み出した妄想で、狂ってしまった脳が生み出した物なのかもしれないが、そうして存在しない物を求めては部屋の隅で天井を見上げ、自分を罰するのが日常になっている。


 少し関係無い話になるが、生物は皆、自分の役割を理解している。蜘蛛なら糸を張り、巣を作り、糸に張り付いた食料で生活し、蟻なら巣の為に働く行動を取る。ならば人間は何をするのかという事だが、これに関して僕は全く不明瞭で、無知なのだ。多くの哲学者や偉人が、多分答えを出してくれているのだろうが、それも僕に合った答えでは無いのだろう、決め付けは良く無いが、それでも。


 自分の役割さえ生まれた瞬間から理解していたなら、こんな惨めな自分を認識していないし、今頃誰もが羨む様なそんな会社に就職して、幸せな人生を暮らしていたと思う。人間程、不完全で故障のし易い生物は存在しない。自ら死ぬぐらいなのだから、不完全所では無いし、生物として、失格とさえ思ってしまう。生きる以前に僕にも何か欠けてしまった物があるのだろう、それとも何処かに置いてきてしまったのだろうか? 置いていく程持っていない自分がか? ははっ、冗談だろう。

 数える程しか、自分という物を持ってはいない、僕を覚えていてくれる誰かなんて存在も何も、居た記憶すら無い。親や兄弟、親戚は? と、言われると対して特に興味も持たずに育てられてきたからこそ、僕が何処で野垂れ死んだってああ、そうなんだ程度にしか思わないし、涙一つも無いと、そう思ってしまう。それを踏まえてだ、例えば僕自身が俗に言う顔が良い部類、天才と言われる様な部類の人間であったなら、どんな対応をされたのだろうか? うん、まぁ、そんな事を考えている時点で何も無い人間だというのはわかっている。生まれながらにして、実に尊大で、寂しいんだな僕という生き物は、考えたくも無かった、優秀で無ければ相手にされないし興味も持たれない、良くも悪くもルッキズム、外見も能力も、それが人生だ。


「ねぇ、走馬灯でも見ているの?」


 甘く、艶やかで、やんわりとしたその声、たった一言、夢から覚めた気分だった、朧げとなる意識と、腹の中腹の辺りの生温かさが徐々にじんわりとした痛みとなって広がる中で、かつての自分が道となって今に至る。歪む視界、白く、白く、白い? そうか、もうか。まるで、睡眠薬でオーバードーズした時の様だ、解熱剤じゃこうはならない、もはや、目の前で馬乗りになる彼女の原形と像を捉えていない。さっきまで痛みだのどうのこうの言っていたが、案外、してしまえばこっちの物だったな。


 何故だか、彼女と初めて出会ったのがついさっきの様に感じる。出会いのきっかけは仕事だった、最初の印象は、本当に生きているのか? と、もっと詳しく言うのであれば、本当に彼女は生物なのか? という素朴な疑問だ。それくらい、彼女は外見だけでも無機質に感じたのだ。

 理由は物凄く単純だ、まず、表情、口調、声色、仕草、そのどれもが変化という変化、つまりは全くの兆候を示さなかったという事にあって、話せども彼女は僕を見てはいるが、見てはいない様であった。認識という次元では無い、最早、存在ごと無かったかの様にされているみたいに、僕は無視されていたのだ。しかし、実際に話せば滑稽で、何処か同情してしまった、僕と同じく、好きな物が無いという事に。

 そうして、偶然にも気の合う僕達が何をするのかと言われると、言わなくてもわかるだろう? それに、愛とか、恋とか、煩わしいだけだし僕にとっては幻想である。身体を重ね合う内に、彼女と段々と繋がっていく感覚を覚えていった。

 空虚な偽物でも、自然と、僕の渇きも満たされていく様な、そんな感情も内から込み上げてきたんだ。混ざり合って、境目がわからなくなって、肩と二の腕を噛み合ったんだ、強く、強く、痕が残るぐらいにとても強く、血は出たし、痛かった。でも一番、彼女を感じたし、生きているって感じがした。生物、生物、首輪のついた比翼の鳥、僕達は命のある生物、ああ、生きているなって、多分僕はロマンチストなのだろう。


 歪である時が、僕と、彼女だった。こんな幸せで許されても良いのか? って、どうやら、僕に惹かれたという彼女の言い分は間違いでは無かったみたいだ。


「中身は要らない、貴方が欲しいの、貴方の身体、貴方自身が大好きなの」


 何故、僕は要らない? 中身? 中身が僕だというのにか? 意味がわからない、そんな、そんな理由で僕は死ぬのか? 冗談じゃない、彼女は僕を愛していたんじゃ無くて僕の身体、しかも、血と僕を抜いた後の死体を愛したいと言うのか? とんだネクロフィリアで笑ってしまうな、まぁそれも良いか、少なくとも、幸せのまま死ねるのだから、薔薇では無く、棘に美しいと思ってしまった僕にも悪い所はあるからこそ、受け入れる。


「大事なのは、中身では無いのよ」


「言おうと思っていたけれど、まるで貴方って、青虫に翼を生やした歪な生き物みたいね、蛹にもなれない、蝶にも成れない」


「でも、愛おしいと感じてしまった。どうしようも無く」


「だから、好き、好きなの」

 

「ずっと、一緒に」






——それでは、次のニュースです。

 ◯◯県、◯◯市のとあるホテルにて、男女二人組の変死体が見つかったとされ、他殺及び事件性の疑い有りとの可能性を受け、警察の捜査が行われています。変死体について、〜では……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

形骸 うに豆腐 @unitofu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ