第5話 リアルからアンリアルまで




 ゲーム内監禁ってどんな感じなの? って聞かれたら、「ゲーム内……監禁ですかね……」としか答えようがない。

 こっちの生活がリアルになるとかそういうことは特にない。

 だって味覚ないし。寝る時盲目だし。街にいる人ほとんどNPCだし。「北の方から嫌な風が吹いて来たな……」とかもう50回くらい聞いた。

 というわけで、ゲームはゲーム! リアルはリアル!

 時々色々恋しくなるけど! じゅわっと肉汁溢れる唐揚げの香ばしさとかな! 味のないネギまはスライム噛んでるのと変わらない!

 ―― けどまあ、そんな日々を送っている私です。今日もいい天気だ。レベリングが捗る。

「エナ、今だ!」

「はーい!」

 フリドさんが止めたヌルっとゴーレムにむかって、私は木の杖を振る。

 たちまち炎の渦が巻き起こり、ゴーレムの表面のぬるっと感は蒸発した。すかさずフリドさんが剣を振るう。

 巧みにゴーレムの継ぎ目を狙った一振りが、見事に石の腕を肩から切断した!

「すごい! フリドさん!」

「ふ……俺にはこれしかないからな……!」

「あ、はい」

 なんか「これ」が違う意味に聞こえるな……。でもゲーム内でのフリドさんすごい! ちゃんとすごい!

 そんなわけで平日の朝10時、他にプレイヤーもいない岩場で私たちはレベリングに励んでいた。

 142体目のゴーレムを倒したところで、フリドさんは爽やかに言う。

「そろそろ休憩にしようか。何事も根を詰めすぎはよくないし」

「そうですね。こんなにぶっつづけでゴーレム倒してる人間、他にいないと思いますけどそうですね」

 私たちは並んで大きな岩に腰かける。



 私がパーティを組んで動くようになってから、悪いGMの出現頻度は減っていった。

 ふっとやってきて『このダンジョンで動きにくいところある?』とか『体調や精神に影響は?』とか『好きな鶏料理は?』とか聞いていくくらい。本当に人をテストプレイヤーにしてるな……あの鬼畜め。

 けど、今はなんとなーく大人しく答えてあげることにしてる。

 ダンジョンで動きにくいところはお前というGMが存在していることだし、精神はお前のせいで最悪だし、好きな鶏料理は唐揚げだとちゃんと答えておいた。『エナちゃん、ほんとひどい……』とか泣いてたけど知らない。悪いGMなんか、上司に泣かされテストプレイヤーに泣かされしてればいんだ。



 隣に座るフリドさんが、腰の小袋から小さな飴玉を取り出す。

「ほらほら、これ舐めてみて」

「飴ですか」

 味のない飴玉とか、ビー玉と変わらないのですが。

 言われて口の中に金色の粒を放りこんだ私は―― 目をまたたかせた。

「甘い! なにこれ甘い! すごい!」

「レアアイテムっぽいからエナにって思ってさ。気に入ってくれた?」

「久しぶりの糖分おいしー!」

 なんだこれ。ゲームの中がどんどん快適になってくぞ。

 どっちかというと快適の期待値が下がってるだけって気もするけど。

 でも嬉しい。

 私はひとしきり飴玉を堪能すると、フリドさんに聞いた。

「フリドさんは何が楽しくてこのゲームやってるんですか?」

 純粋な世間話のようにも、喧嘩を売ってるようにも、或いは人生について問うているようにも捉えられる質問に、フリドさんは「うーん」と首を捻るモーションになった。

「なんだろう。生きていかなきゃならないからかな」

「……ほう」

 それ、他の人が聞いたらめっちゃつっこみたくなるよ。

 いや、他の人はフリドさんの正体を知らないか。仕方ない。私も突っこまない。

 1日21時間くらいフィドエリアにいるフリドさんは、けれど顔を上げると照れくさそうに笑った。

「うーんでもやっぱり俺、ゲームが好きなんだ。人が集まってわちゃわちゃしてるやつ。楽しいじゃん!」

「わちゃわちゃ」

「いいも悪いもいっぱいあるっしょ。人、っていうものがこの世界に凝集されてる。見てて楽しいし、自分がその中にいると生きてるって思う。だから、もっと凝縮させたいって思う」

「……なるほど」

 そうかー。そうなのかー。そうなのかー?

 分かるような分からないような……でも、何も生きてる実感をここに求めなくても、ってのはあるんですよ。

 いえ、いいんですけど。いやよくないよ全然!

「やっぱよくない!」

「うわっ、どうしたの急に」

 突然立ち上がった私に、フリドさんは腰を浮かしかける。

 そんな驚いた顔で見なくても。でも、もういいです。


 私は黙ってフリドさんの前に立った。

 きょとんとした彼の顔を―― 思いきり右手を振りかぶって殴る。


「うぐふぉぁ!!」


 そんな悲鳴を上げてのけぞった彼が、頬を押さえて私を見た。

 理由を聞かれるより先に言う。


「間違ってた?」


 間違ってたならごめんなさい。

 フリドさんは目を見開いて――

 そして、笑った。


「正解」


 オーケー。ならばここからは総力戦だ。

 そう思った直後、けど私の視界は暗転した。

 あ、くそ、そうくるの!? そうくるのかばかー! こらー! もっと殴らせろー!

 叫ぼうとしても声が出ない。意識が強制的に落ちていく。

 最後に、頭の中でやつの声が笑った。


『ありがと、エナちゃん。バイバイ』


 くそう。

 絶対、許さないからな!



 けど、私はどうしようもない眠りの中に落ちていって―― 次に目が覚めた時、既に自分の部屋にいた。



               ※



 人生において、病気でもないのに導尿される経験はないに越した方がいいと思う。

 私はその点、記憶がないから無罪だ。そんなことはなかった! 覚えてないから存在しない!

「もし覚えてるやつがいたらぶん殴ってやるんだけど」

 夏休みの初めの数日に起きた監禁事件。

 夢じゃないのはカレンダーを見ればわかる。あと若干痩せてたし、体がずっと動いてなかったみたいにぷるぷるした。

 寝てるのはちゃんとベッドに寝てたんだけど。実際リアルでは何が起きてたのか、よくわからない。

 知りたかったら知ってる人間に聞くくらいしかないしね……。

「でもなー。今更聞くのもなー」

 木の杖を振り回しながら、私はぼやく。

 このモーション面白いな。フルダイブしてた時は結構杖の扱い方わからなかったんだけど、はたからみると面白い。

 そうやって色んなモーションを試しながら歩いてきた私に、サチコさんが気付いて手を振る。

「エナさん、久しぶりじゃないですかー!」

「ひさしぶりー」

 二週間ぶり? くらいかな?

 正確なところは不明。前にログアウトした時はGMからの強制ログアウトだったし。

 すっかりレベル置いてかれぎみの私を見て、他のパーティメンバーは驚きつつも笑顔で迎えてくれた。―― ただ一人を除いては。

「エナちゃん……」

「ちゃんづけで呼ぶな」

 そっちが地なの。しまらないな。

 私は「べー」と舌を出す。

 それを見たエビGMことフリドさんは、軽く両手を上げて「ごめんなさい」と言った。



                ※



「ニートとか嘘じゃん。めちゃくちゃ嘘じゃん、社畜じゃん!」

「いやだって、ユーザー情報漏洩とかさすがに不味いでしょ……」

「ユーザーを拉致監禁した人間が何を言う」

 明らかにこっちのが不味いでしょ! 何言っちゃってんだ、お前は!

 私が木の杖でぽこんと頭を殴ると、フリドさんなGMはますます小さくなった。

 いつかと同じ大きな岩の上で体育座りをする。

「なんかさーむしゃくしゃしてたんだよーごめんよう」

「ごめんどころじゃない。証拠があったら訴えてる」

「証拠は残してないんだよー。かなり気を付けてた」

「ほんとむかつくやつだな、お前は!」

 警察に行くことも考えたけど、まったく! 何にも! 部屋に侵入された証拠がなかった。勿論私が移動してた証拠も。

 おのれこの変態GMめ、と思ったが、証拠がなければ手がかりもない。こうしてゲーム内で殴りかかるのが関の山です。


 GMは何回目か分からない溜息をつくと、杖を振りかざす私を見上げた。

「なんで気づいたの?」

「あたりやウサギ、って言ったから」

「あああー」

 しまった、というようにGMは頭を抱える。今更気づくなんて遅いぞ。

 このフィドエリアでは、モンスターに名前の表示はないんだ。なのに、GMが使う開発名と同じ名前を呼ぶ人間がいるとしたら、そいつも開発側ってことだろう。他の人間はあのうさぎのこと、ただのウサギか「リンクウサギ」って呼んでたし。

 そう気づいちゃうと、フリドさんが私を色々助けてくれた理由もわかる。

 一人じゃ一向に前進しない私を進行させるって意味合いもあったんだろうけど、単に――

「良心でも咎めたの?」

「うん……まあ」

 フルダイブでの死亡はかなり精神を削るものだった。

 立て続けにそれでぼろぼろになった私を見て、どうやらエビGMびびったらしい。自分のキャラを動かしてきて、その日から私は死ななくなった。

 そんなことするなら、最初からもうちょっとフルダイブの危険性について考えといて欲しかったんですけどね!


「自分でダイブした時は平気だったんだよー」

「廃人プレイヤーとライトプレイヤーを一緒にすんな!」


 明らかに反射神経からして違うから! 全部の攻撃当たるから!

 まったく……これあれだよね。開発側は何度もプレイしているうちに腕が上がっちゃって、ゲーム難易度を上げちゃうって現象。

 たまには初心に戻れ。人に導尿する前に。



 淡々と苦情を言う私と、悶絶しながら謝り続けるGM。

 なんの生産性もないやりとりは、エビGMの深い溜息でしめられた。

「ほんとはもっと早く帰そうと思ったんだけど……ごめんなさい」

「リアルでもう一度私の前に現れたらぶんなぐるからな」

「はい」

 嘘だと思ってるならほんとだぞ。殴る。絶対殴る。口の中にエビフライ捻じ込む。

 でも多分、そんな日は一生来ない。

 だから私たちが会うのは、この世界の中でだけだ。

 私はもう一度、ぽこん、と杖でGMを殴ると、空の左手を差し出した。


「飴」

「え」

「飴ちょうだい」


 そう言うと、GMはあわてた顔でインベントリを探した。なかったのか、しばらくフリーズした後―― ぽん、とやつの膝の上に小さな袋が現れる。


「ど、どぞ……」

「ありがと」


 もらった飴を食べてみるが、やっぱり味はしない。

 今の私には無用の長物だ。

 あの時は、奇跡みたいに美味しかったんだけどな。きっと作ってくるの大変だったんだろう。

 だから私は木の杖を振って、言った。



「んじゃ行くよ」

「ってどこに……」

「わちゃわちゃ楽しいとこ」


 私は、ライトプレイヤーでソロプレイヤーだ。

 ゲームは好きだけど、知らないことは多い。出来ないことも多い。

 だからここで生きたほんの数日が、割と楽しかった。

 ただそれだけです。



 ずんずんと歩き出す私の後を、GMがあわててついてくる。


「エナちゃーん。エナちゃん、ねー」

「ちゃんづけやめろ」

「エナ様」

「それで」


 やがて私たちは並んで歩き出す。

 私のGMは悪いGM。

 でも友達としては―― そう悪くはない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私のGMは悪いGMです 古宮九時 @nsfyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る