エピローグ
ビリアスとミラーナの結婚式の準備や家門の雑務に追われる多忙な日々を送っていたある日、トーイ宛に何故だかは知らないが王城から書状が届いた。
自分が殺人未遂された事件以来、初めての登城に心臓は早鐘を打っているようだった。
以前に来た際と同じく兵士に案内されて、前と同じ豪華絢爛といったドアを開けて中に入る。
少し先にある玉座に今回は皇帝陛下の姿はなく、王太子であるコルディニアだけが座っていた。
トーイが入室した事に気が付くと、コルディニアは七色の瞳を細めて微笑む。
「やぁ、トーイ君。久しぶりだね、元気にしてたかな?」
「は、はい。ご配慮痛み入ります。その、先日は誠にありがとうございました」
「いえいえ。もう書類は届いたようで良かったよ」
書類というのはあの時の言葉通り、ラビルが自宅に帰った翌日に王家から速達で届けられた婚約破棄の書状の事だ。彼はちゃんと約束を守ってくれたのである。
「はい、ありがたく頂戴いたしました。……ところで、その、本日のご用件はなんでしょうか?」
一礼をした後に、恐る恐る本題を尋ねてみる。正直、手紙が届いたかどうかの確認など王太子がわざわざ行う必要が無いのだ。
その質問に対して、待っていましたとばかりにコルディニアの瞳は明るくなる。その姿に嫌な予感がした。
「良い質問だね。まぁ、正直に言うとするなら……」
言葉を区切ってコルディニアは玉座を降りて歩き出し、やがてトーイの目の前に立った。対面すると頭一つ分はコルディニアの方が背が高く、また王家の特徴である七色の瞳に見つめられると萎縮してしまいそうになる自分を内心で叱咤する。
ふと気が付いたらコルディニアの手にはいつの間にか二本の木刀が握られており、そのうちの片方がトーイに差し出される。
「なんか、このままラビルちゃんをただ渡すのは悔しいからさ。ちょっと勝負しない? 君が勝ったら、すっぱりと諦めるよ」
「……承知いたしました。それが王太子殿下の望みでしたら」
渡された木刀を受け取ってすぐに構えると、コルディニアも同じようにする。
「それじゃあ……行くよ!」
「はい!」
その掛け声を合図に木刀は激しくぶつかり合う。
その結果ーー
「あはは! やっぱり、全然敵わなかったね! 僕は護身術とかなら習得してたけど、剣はさっぱりなんだよね~!」
「は、はぁ……」
緊張で一杯だった勝負はあっという間に決着がついた。
トーイの一撃を受け止めきれず、すぐにコルディニアが木刀を落とした事で試合終了。
時間にすれば多く見積もっても数分だったかもしれない。
「あの、どうして剣が得意ではないのに、この方法で勝負しようと思われたんですか?」
トーイがするべきか否か悩み、結局する方を選んだ心の底からの疑問でもあった質問にあっさりと答える。
「あぁ、いいのいいの。最初から僕が勝つつもりはなかったから」
「え……?」
予想していなかった回答に困惑しているトーイに、コルディニアは続ける。
「だって、僕が勝ってもラビルちゃんの心は君の物でしょ。さっきのは前に見た本にあった青春? というのを再現しただけだからさ」
「王太子殿下……ありがとうございます」
礼を言って頭を下げるトーイに苦い笑みを向ける。
「君、ちょっと堅すぎるって。僕達はさっき、青春をした仲なんだし、気軽にコルディでいいよ」
「で、ですが」
「コルディね」
「…………コルディ」
根負けして名を呼ぶ声にコルディニアは笑い声を上げる。それから、スッと片手を伸ばしてきた。
「トーイ君、これで僕は君の友達になれるかな?」
「……あぁ、もちろん。これからよろしくな、コルディ」
伸ばされた手をグッと強く握ってやれば、驚いてすぐ嬉しそうに破顔した。
「ありがとう、トーイ君。あとラビルちゃんにいつでも僕に乗り換えていいよって伝えておいてね」
「それは却下」
顔を見合わせてから、そして二人で声を出して笑うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ミラーナに続いて、無事にラビルも婚約破棄が出来た今日。久々に全員が揃ったので皆でお祝いを兼ねた食事会をした。
その時に気付いた。
ラビルとトーイ、二人の間に流れる空気感が甘くなっている事に。
口にしてしまえば、ラビルを困らせてしまうと思い、彼女の秘めた想いは誰にも言わないでいたがどうやら、無事に解決したようだ。
いつも二人には助けられてばかりで、たまには私が助けたいと気合いを入れていたのでその点だけは少しショックではあったが。
もし、今後、自分がラビルの為に出来る事といえば、過保護気味な兄からフォローしてあげる事かもしれない。
何事に対しても冷静沈着なビリアスだが、唯一無二とも言える妹のラビルに対してだけは違った。
ビリアス=シュデリウスと言えば、完璧超人として自国では知らない人は居ないのではないかという程には有名人物だ。
だから、同年代の令息、令嬢なら皆ビリアスに憧れや恋心を抱く者も多かった。ミラーナも例に漏れず、ビリアスに憧れを抱いていた。商才だけでなく、彼のどんな相手に対しても物怖じしない態度は憧れそのものであった。
たまに参加するパーティーで遠くからビリアスを見かけた事は片手で数えられるくらいの回数はあったが、当時は婚約破棄の為にトーイと協力して変人を装っていた時期だから話しかける事なんて絶対に出来なかった。例え、それがなくとも大勢に囲まれる人気者のビリアスに声を掛けるなんて嫉妬されるのが怖い小心者なミラーナには出来なかったが。
だから、突然なんの接点もないビリアスの妹であるラビルからお茶会への招待の手紙が届いたのは驚いた。それと同時に、もしかしたらビリアスと会えるかもしれないという考えが過ぎったのだ。
いつもなら必ず事前に弟のトーイに相談していたが、この招待だけはどうしても受けたくて無断で行ってしまった。
少しばかりの下心があって参加したお茶会だったが、途中からビリアスの事を忘れて純粋にラビルとのお茶会を楽しむようになっていた。そして、今まで必死に仮面で隠していた素顔も彼女になら本心を伝えても大丈夫だろうと直感で感じて全て打ち明けた。最初から、不思議とラビルには気が許せたのだ。
またお茶会に参加したいなと浮き足立っていたところ、のちにトーイにはミラーナは警戒心が薄いだなんだと大目玉を喰らってしまったけど、結果的には行って良かった。だからこそ、こうしてビリアスと結ばれるきっかけも出来たのだから。
そうして目線を落とせば、婚約の証として互いの瞳の色の宝石を埋め込んだ指輪が右手の薬指できらりと輝く。
(……この指輪をもらった時、すごく嬉しかったなぁ)
その当時の記憶と、指輪を渡された日に起きた夜の出来事を回想してしまえば、きゃーと内心で黄色い悲鳴を上げながら、ミラーナはベッドへと倒れ込む。
そんな風に色々と思考に耽っていたらわすっかり夜は更けていた。
「さ、さすがにもう寝ないとダメだよね。あ、寝る前にお水だけ飲みに行こうかな」
時計を見遣れば、既に時刻は日付が変わっていた。明日もまた忙しくなるだろうから、水だけ飲みに厨房へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
ラビルとトーイを部屋に戻してから、執務室に戻ってきたビリアスはふぅと息を吐く。悲観的なものではなく、単純に疲労からくるものだ。
ラビル達が王城に出向いてからこちらはこちらでやる事が山積みだったのだ。
視線をゆっくりと動かすと飛び込んでくるのはまだ山積みの書類の束。
これも全て承知の上でビリアスはトーイに先日の夜、ラビルの護衛として同行して欲しいと伝えていたのでこれは想定の範囲内ではあった。
現在ミラーナはビリアスの屋敷に滞在しているので、シラセフ家の家門としての仕事は全てトーイが担っていた。一応、叔父も居るらしいが昔から書類仕事などを全てトーイに丸投げだったようでお飾り当主なようだった。しかし、トーイには妹の護衛として同行を頼んだので代わりに家門の仕事を内密で手伝うと言った結果がこれである。愚痴を零しはしないが、さすがのビリアスも人間なので疲労は感じる。
既に夜も遅く使用人達も寝静まったようで、静寂が耳に心地よい。
しかし、机の上にある存在がまた視界に入ればまたしても出そうになる息を今度は堪える。
だが、城に同行出来ない自分が出来るのはこうしたサポート程度だ。気を入れ直して、少しでも書類の束を減らすかと机と向き合うのだった。
書類を着実に片付けていながら、ビリアスは今までの出来事を反芻する。
今、思い返せば数ヶ月前に妹ーーラビルが頭を打って数日、目覚めなかった日から少しずつ何かが変わっていった気がする。それまであまり外に出たがらなかった妹が外に出たがったり、あろう事かお茶会に誘いたい女性が居ると言い出したのだ。
妹は明るい性格だったが、何故か外に出たり友達を作ったりするのはあまり得意ではないようで、家の中で遊ぶのが多く、ビリアスは口には出さなくともそれを密かに心配していた。
しかし、頭を打ってから妹はまるで本当の自分を取り戻したのかのように生き生きとしだしたのである。
人が変わったのかとも思ったが、そんな術など聞いた事がなかったし、何より自分をお兄ちゃんと呼んで笑う顔はそのままだったので、そこまで深く考えはしなかった。
使用人達の一部は不思議がっていたが、妹の好きなようにやらせてくれと命を下していた。
少しの違和感はあったものの、根は妹のままだと不思議な直感があったからだ。だから、妹の気が済むまで好きに行動させて、自分は見守る事に徹底していた。
と、そのつもりだったのだが今となって思えば、ミラーナと出会ったのも妹がきっかけで、こうして結ばれる事が出来たのも妹の協力があってこそだ。妹は自由奔放に好きなように動いているように見えて、兄であるビリアスの為に行動してきたのではないかとも思える時があった。
だがラビルは今でこそ、外に足を向けるようになったが長い間、家に引き篭もる生活でミラーナを知る機会はなかったはすなのだ。それなのに初めて開くお茶会の招待客をミラーナと決めたのは何故だったのか。
一度だけ、聞いた事があった。
『何故、彼女を茶会に誘ったんだ?』
質問に対して妹の態度はとても分かりやすく、明らかに動揺から目線がきょろきょろとして落ち着きがなくなる。出てくる言葉も、えーとうーんなど曖昧なものばかり。
別に妹を困らせたくて聞いたつもりじゃなかったので、困り果てた様子の妹に悪かったと謝罪してから問いを変更する事にした。
『質問を変えさせてくれ。ミラーナさんという女性は安心出来るのか?』
ビリアスのたった一人の肉親であり、大切な妹が巷で変な噂の立っている令嬢に傷つけられてしまわないか、当時はそんな心配があっての質問だった。
だが、先ほどとは違ってこの問い掛けに対しての妹の回答は早く、なんの迷いもなく、きっぱりと告げたのだ。
『それはもちろん!』
そうして断言した通り、妹は噂の令嬢ことミラーナとよく茶会を開いて、どんどん仲良くなっていった。
そして、気分転換で行っていた祭りでたまたま出会ったというミラーナの双子の弟だというトーイとも親しくなっていった。
しかし、彼に関してはミラーナとは違う意味でビリアスは注意を払っていた。
最初は四家門の後継者であるビリアスの妹なので、財産狙いの結婚を企むような不届き者かと警戒していたのだが、ミラーナと同じく澄んだ青の瞳はいつもまっすぐに妹を見つめていた。
だから、すぐに自分の取り越し苦労だったなと苦笑した日があったのもまた懐かしい。更に驚いたのは熱が出たビリアスの代わりに四家門の後継者達の集まりに参加すると発言した事だ。
きっと、あれも何か考えがあっての行動だったと思うが、王太子と出会い、更にミラーナの婚約破棄に加えてラビルの婚約までして帰宅するとは思いもしなかった。
我が妹ながらあまりに行動が豪快過ぎて、きっとトーイはそんな妹に振り回される日々になるだろうと僅かばかり同情も芽生えたりした。
そうして過去の出来事を回想していたら、いつの間にか書類の山が消えているのに気付く。
「……なんだ。もう終わりか」
始める前は憂鬱な気分だったが、終わったら清々しい気持ちで一杯だ。
それはまるで夏休みの宿題を全て終わらせた時のようでーー。
「……夏休みの宿題、ってなんだ……?」
一人内心でぼやいた内容だったが、無意識に口走ったその単語は知らないはずなのにどこか懐かしい響きを持っていた。頭の中にもやが掛かったような状態が不愉快で眉を寄せていたら、ドアが突如ノックされる。
「こんな時間に誰だ? ……入れ」
不機嫌そうな声に少し怯んだのか、控えめな声で失礼するねと言ってミラーナが入ってきた。
既にもう就寝していたと思っていた人物の登場にビリアスは目を丸くする。
「ミラーナ? まだ起きていたのか?」
姿を確認するなり、ビリアスは椅子から立ち上がって急ぎ足でミラーナの方へ向かう。
「うん……なんだか眠れなくて。少し散歩してたら、執務室にまだ明かりが見えたからビリアスはまだ起きてるのかなと思って、嬉しくて来ちゃった」
そう言って恥ずかしそうに笑うミラーナに愛しさが込み上げてくる。今まで様々な女性に声を掛けられた事があったが、ビリアスの心は一切動かなかった。でも、ミラーナだけは違った。
彼女と初めて出会った時、ビリアスの中には色々な感情が過ぎった。
初めて出会うはずなのに、懐かしく感じ、小さくて白い手を握りたいと思い、何よりも恋しさを感じたのだ。
しかし、それはのちにミラーナも同じだったと告白された。
妹が居なかったら何の縁も生まれず、彼女とは違う人と出会い、結婚してそれなりの人生を送っていたかもしれない。今はそんな人生だったら恐ろしいと考えたくもなかった。
「……ビリアス、大丈夫? 少し顔色が悪いわ、疲れてるならもう休んだ方がいいわ」
「大丈夫だ。書類仕事で目が少し疲れただけだからな」
でも、と言って聞かない時のミラーナは説得が難しいのをまだ長い付き合いではないが十分に把握していたビリアスは考えた結果、執務室に置いてある仮眠用のソファを指差して提案する。
「そこまで休めって言うなら、あそこでミラーナが膝枕してくれるなら考える」
「え!?」
白い頬が羞恥で真っ赤に染まっていく様子が見てとれて、ビリアスは自然と頬が緩む。妹も反応が豊かでからかうと楽しいが、ミラーナの反応もまた純粋無垢で面白い。しかし、あまりからかい過ぎて怒ると後が大変なのでそろそろやめるかとビリアスが口を開きかけた時にミラーナが小さく頷いた。
「膝枕……わ、私ので良かったら、どうぞ?」
足早にソファへ腰掛けたかと思えば、ぽんぽんと軽く自分の膝を叩いて手招きされる。なんだ、あの可愛い生物はと叫びたい気持ちをなんとか抑える。
どうぞと言いながら、ミラーナの顔はまだ真っ赤なままだし、でも疲れてるだろうから少しでも癒してあげたいという優しさが羞恥を上回っているのだろう。本当に彼女と出会えて嬉しく思うし、きっかけを与えてくれた妹には感謝してもしきれない。
せっかくミラーナがやる気になっているのだし、これを利用もとい頼らせてもらわない訳にはいかない。
素早くビリアスもソファの方へ移動して腰掛けてから、そのまま頭をミラーナの膝へと移動させる。
そう、そこまでは良かった。しかし、問題があった。
膝枕、それはーー。
(……膝枕される側もこんなに恥ずかしいものなのか……!!)
実際に膝枕をされて大誤算だったのは、想像以上にされる側も恥ずかしいという点だ。盲点だった。
ミラーナの顔も真っ赤だが、それ以上にビリアス自身も赤くなっている自信がある。なんなら耳も熱いので顔を隠したところで恥ずかしがっているのを隠しようがない。そうなったらもう開き直ってミラーナの顔を眺める事にした。
ぱちりと青の瞳と視線が重なる。右に左にと慌ただしいその姿を見ていると羞恥心よりも愛しさが募っていく。
こんなにも初々しく、可愛らしい女性を自分はくだらない風の噂で聞いただけの話を信じてしまっていたのかと我ながら情けなくなってくる。
「……ミラーナ、すまなかったな」
「え? 急にどうしたの?」
「誰から聞いたのか覚えてもないような噂で聞いた話だけで、ミラーナの事を変人だと思っていたんだ。最初のお茶会の時も、実は護衛を数人控えさせてた」
心の底から申し訳ないといった暗い顔と声色で白状するビリアスの言葉を笑い飛ばす。
「あはは! そんなのまだ気にしていたの?」
「そ、そんなのって……傷つけたら悪いだろう」
まさか笑われるとは思ってもいなかったらしく、ビリアスは少し不貞腐れたように返すがその姿を愛おしそうにミラーナは見つめる。
「本当にビリアスって真面目よねぇ」
「悪かったな、真面目で」
完全にヘソを曲げたようで顔を反対の方へ向けてしまう。その姿もビリアスが黒髪だからか、なんだか大きな黒猫が拗ねたようで愛らしくミラーナは気付かれないように小さく笑う。
「全然悪くなんてないわ。ビリアスのそういう真面目で誠実なところが私は好きなんだから」
さらりと流れるように程よく艶があり触り心地の良い黒の髪をそっと梳けば、ぴくりと体が揺れる。
少しの沈黙の後に、ごろりと転がってビリアスがじっと赤い瞳でミラーナを見上げる。
「……俺も、ミラーナが好きだ。その優しさも、純粋なところも、全部好きだ」
あまりにも直球な告白だった。
なんて返事をすればいいかと羞恥から思考回路がパンクし掛けていたが、それより早くビリアスが体を起き上げる。温もりの無くなった膝を寂しく思う間もなく、ミラーナは強く抱きしめられた。
「……なぁ、信じられないかもしれないけど聞いてくれるか?」
「……うん。なあに?」
突然の行動に驚きはしたが、微かに震えるビリアスの声が聞こえて静かに受け止める。
「初めてミラーナに会った時……手に触れたいと思ったんだ。それと、もう二度とこの手を離したくないって感じた」
「え……それ、本当?」
ビリアスの言葉を聞いてミラーナも瞳を丸くする。
同じ思いをミラーナも抱いていたからだ。
それを双子の弟であるトーイに相談したら、皇帝からの勅命である巡回も色々と裏工作をしてビリアスに会いに行く時間を作ってくれたりと協力してくれていたのだと明かす。
ミラーナは弟、ビリアスは妹と二人して妹弟に助けられていたのかと分かり、声を出して笑い合う。
「こんなところまで一緒だなんて、もしかして私達は運命の赤い糸で結ばれていたのかと思っちゃうくらいよね」
「いや、それは違うだろう」
「え?」
「思う、じゃなくて俺達は赤い糸で結ばれているんだ。……多分、ずっと前から、な」
ビリアス、と名を呼ぼうとした声は唇で塞がれる。
もう何度か唇を重ねているし、それ以上の行為だってしているのにいつまで経っても慣れないようでミラーナの体は固いままだ。そんな彼女も恋しいと思ってしまうだなんて人というのは恋で大きく変わるのだなとしみじみと思う。あんな巷で流行っている恋愛小説のセリフみたいな言葉をまさか、自分が言う日が来るとは思わなかった。
「び、ビリアス? ほら、もう遅いし、そろそろ部屋に戻って休みましょう? ね?」
口付けが深まろうとしたタイミングで慌ててミラーナが唇を離して説得を試みようとしているので、それに乗る事にする。
「そうだな。そろそろ寝るか。……よっと」
「え……えええええええ!?!? ちょ、ちょっよビリアス!? 降ろしてったら!」
ビリアスがソファから立ち上がってすぐミラーナに向き合ったかと思えば、そのままひょいと持ち上げられて細い体はあっという間に腕の中に捕らわれてしまう。その突然の行動に唖然としたのも束の間、すぐに叫び声を上げるがビリアスにもう皆は寝てるから静かになと言われてしまい、慌ててミラーナは自分の手で口を塞いだ。
「よし。何も言わないという事は俺の部屋で一緒に寝ると同義だな。じゃあ、行くか」
「ず、ずるい……!」
どこか恨めしげに、でも満更でもないような複雑な視線を向けるミラーナににっこりと満面の笑顔で応える。
部屋へと向かう足取りはとても軽かった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから、月日は流れて数ヶ月後。
空には曇一つない快晴の今日、待ちに待ったビリアスとミラーナの結婚式当日を迎えていた。
本来なら、貴族など挨拶周りをしたりと色々な手続きがある関係上、半年以上はかかるものなのだが、ある事情によって挙式を早めたのだ。
その理由というのがーー。
『実はね……赤ちゃんが出来たの』
『え……えええええええ!?!??』
そう言って頬を赤らめるミラーナと気恥ずかしそうに頬を掻いている兄を交互に見てから、その日一番の叫び声を上げてしまった。
ミラーナは昔からウェディングドレスを着れるのを夢見ていたとトーイから聞いていたビリアスはお腹が大きくなってしまったら用意したウェディングドレスが着れなくなってしまう、それではミラーナが悲しんでしまうと頭を抱えた。考えた結果、全てを前倒しにすればいいと結論づく。
その結果、本来なら時間のかかる準備期間をビリアスはわずか少しの時間で全て整えて、今日この日を迎えたのだ。その為、せっかくの晴れの舞台だというのに兄の目の下には化粧でカバーしたとはいえ、うっすらとしたクマが記されていた。
「ふぅ、なんとか間に合って良かったよ」
「ふふ、トーイ君も今日までお疲れさまでした」
ラビルの隣に腰掛けるトーイの目の下にもクマが残っている。ビリアスの業務もトーイはこまめにうちに来ては手伝っており、その様子をたまにこっそりと覗き見に行っていたが、並んで立つ二人は前世を思い出して懐かしくなった。
「でも、これで落ち着くし、これからはラビルちゃんとゆっくり過ごせるよ。今まで寂しい思いをさせちゃってごめんね」
「トーイ君……ううん、大好きな二人の為だもん。あれくらい大丈夫だよ。でも……これからは私の為にも時間を使って欲しいな、なんて」
「ラビルちゃん……」
視線が重なったのを合図に少しずつ顔を近寄せていこうとした矢先、
「おい。人の結婚式で何イチャついてるんだ、お前達は」
新郎姿のビリアスが仁王立ちに鬼の形相といった表情でわたし達を見下ろしていた。
「なんだよ、ビリアス。今日まで協力してやったんだから、ご褒美にラビルちゃんを補給するくらいいいだろ?」
「協力には感謝する。が、俺の目の届く範囲では許さん」
「頑固親父か!」
業務を一緒にこなすうちに更に打ち解けたらしく、今では二人はこうして前世のような軽口をするような間柄になっていた。
「ふふ。ビリアス、そろそろラビルちゃん離れしないとダメよ?」
穏やかに笑いながら現れたミラーナは純白のウェディングドレスを身に纏っていて、元々綺麗な顔立ちだが化粧を施した事で更に美人度が上がっていた。
「わぁ! ミラーナさん、すっごく綺麗! ウェディングドレスもすごい似合ってるよ!」
「本当? ありがとう、ラビルちゃん」
全体的に細身のドレスだったが、お腹周りだけは少し大きめに作ったと聞いていたが、見た感じ気になる部分は全くなく、ただミラーナの美しさが際立っただけだ。
「あ、ラビルちゃん。ちょっとこっちに」
「ん? なあに?」
手招きで呼ばれたので近くに寄ると小声で内緒話をするようにミラーナが言う。
「次はラビルちゃんが花嫁さんだね、楽しみにしてるよ」
「え!? も、もう、ミラーナさんったら!」
わたしの反応に楽しそうに笑うミラーナと首を傾げるビリアスとトーイ。
「ミラーナ、今なんの話をしたんだ?」
「ダーメ、内緒。女の子だけの秘密だから。ね、ラビルちゃん?」
すかさずビリアスがミラーナの隣に駆け寄って詳細を聞こうとするが軽くあしらわれていた。ミラーナのウィンクにラビルも笑みを返す。落ち込む兄には悪いけど、言ったら面倒そうだから秘密だ。
「ラビルちゃん。もちろん、俺には教えてくれるよね?」
「女の子だけの秘密話だから、トーイ君もだめでーす」
そんなぁなんてがっくりと肩を落とすトーイが子供のようで可愛くて笑みが自然と浮かんだ。
ラビルの前には新郎新婦としてこれから愛を宣誓するビリアスとミラーナが、そして隣には誰よりも愛しい恋人のトーイが居る。前世で失ったと思っていた存在とまた巡り会えた、それだけでも奇跡のような可能性なのに今は皆で同じ時を過ごして、笑顔を分かち合えている。それがどれだけ幸せな事なのか、改めて体感する。
最初にこの世界で目を覚ました時はがっかりした。目の前にある兄は兄だけど、違う世界の兄だった。それでも魂は前世と同じ兄だったのかラビルを大切に思ってくれた。
ミラーナと再会した時、今度こそわたしと同じように前世を覚えていないかと期待したけど、彼女も記憶はなかった。だけど兄同様にミラーナも魂は前世のあみ姉と同じなのか、ラビルに優しくしてくれた。
ーーそして、トーイと再会した時。前世の記憶を共有出来たのも嬉しかったが、何よりも前世から好きな人に会えた事がなによりも幸福だった。幸福のあまり、彼が前世からずっと抱えていた苦しみに気付いてやれなかった。
だからこそ遠回りをして、傷ついてたくさん涙を流した。でも、今思えばあの時は辛かったけど、あの工程は必要だったのだろうとも思う。
前世からトーイは本音を明かす方ではなく、今世でもその傾向があったがあれ以来ラビルが叱咤してからはしっかりと話すようにとなったからだ。トーイも思う所があったようで素直に話すようになったから大きな進歩である。
「あれ? そういえば、結婚式に王太子殿下も来るって言ってなかったっけ?」
「あ、確かに遅いね。なにかあったのかな?」
そろそろ挙式が始まるというのに、招待したはずのコルディニアの姿はまだ見えなかった。
探しに行った方がいいかなと悩むトーイだったが、突如近くからパシャパシャとカメラの連写音が聞こえてくる。その正体には心当たりがあった。
「……コルディ。何してるの?」
「あ、ラビルちゃん! 何ってそれはもちろん、ビリアス様の神々しい新郎姿を記念品として持ち帰る為に撮影しています!」
「あ、あはは……挙式中はほどほどにね」
「はーい! 気をつけます!」
そうして無邪気に元気よく返事をしてコルディニアはカメラでビリアスの写真を連写するという推し活に戻った。
相変わらずのコルディニアに苦い表情を浮かべながらも、あの王城での一件から彼と会うのは始めてだったので前と変わらない様子に内心はほっと安堵した。
あの時、王城から帰宅した翌日、言った通り本当に婚約破棄の書状がシュデリウス家に速達で届けられた。しっかりと皇帝陛下の分まで押印された正式な書類だったので、手続きは呆気ないほどにあっさりと終わった。
皇帝もといコルディニアの父は婚約破棄に不服そうだったが、王家に居る希少な治癒術の使い手を失いたくないと言う私欲とを天秤に賭けた結果、欲の方が勝利したのだろう。こうしてラビルの婚約破棄も受理されたのだった。
その日の夜、改めてラビルはトーイに告白されて正式に恋人となったのである。
幸せな反面、会うまでコルディニアに対して申し訳ない気持ちが一杯だったのだが、予想外の普通な対応に呆気に取られた。優しい彼の事だから、もしかしたら気を遣ってくれたのだろう。それなら、ラビルもそれに乗ろうと普通に接した。
ただ、ビリアスの写真を無我夢中で連写しているのは完全に彼の趣味だとは思うけれど。
「あ……あぁ~!」
夢中になってビリアスの写真を撮っていたコルディニアの叫び声に驚いて、どうしたのと声を掛けると入口の方を指差していた。その方角を見ると、アーシックが立っていた。
叫び声にアーシックも驚いていたが、七色の瞳に気付いたようで慌てて頭を下げて一礼をする。それから、こちらへと歩み寄ってきた。
「あー、先日は大変失礼いたしました。まさか、王太子殿下が我が領地に訪問中とは思いもしていなくて」
「い、いえいえ! いいんです! むしろ、先日はサインありがとうございました! 約束通り家宝にしていますよ!」
コルディニアの冗談か本気なのか、よく分からない王家ジョークにアーシックはどう答えたらいいのか困惑しているのか、曖昧に笑う。パチっとラビルと視線が合うと、口パクで『助けてくれ』と言われて仕方ない、と助け舟を出す事にした。
「コルディ。挙式が始まったらもうツーショ撮る時間ないから、行くなら今だよ」
「え!? ちょっと行ってきます! 教えてくれてありがとうございます!」
言葉を聞くや否や、全力で駆け出していくコルディニアを皆で見送る。相変わらずの行動力である。
「ふぅ、助かった。礼を言うぞ、ラビル」
「どういたしまして。……というか、なんで席たくさんあるのに私の隣座ってるの?」
ビリアスが考えた挙式会場での座席は固定ではなく、自由席となっていた。貴族達は基本的に時間にルーズな人が多いので、もう挙式の時間が迫っているというのにラビルの隣以外もまだまだ空席は多くある状況だ。そんな中であえてラビルの隣に座った理由を問うと鼻で笑われた。
「フン、そんなの当然だろ。隣のいけ好かない奴にオマエを譲りたくないからな」
「あはは、偶然だね。俺も君がいけ好かないよ、アーシックさん」
以前の領地で見たようなやり取りをまた繰り広げる二人にラビルは苦い笑みが零れる。でも、前世では見た事がないトーイの一面が見れて嬉しい気持ちもある。今ではこうして素の姿を見せてくれるのが嬉しかった。
「大体、なんでオマエがラビルの隣に居るんだ。ラビルの隣に座って相応しいのは四家門の後継者であるアーシック様だけだろう」
「残念。俺はもうビリアスの義弟だから、君より優先権があるんだ。ごめんねー」
「ぐっ……! ビリアス氏の義弟なんて、羨ましいポジションすぎる!」
コルディニアの推し活パワーが強過ぎて忘れがちだったが、そういえば兄推しの人物はここにも居たなと乾いた笑いが出てしまった。
それにしてもずっと、わたしを挟んで小学生レベルのやり取りをする二人にどうしたものかと考えていると、ビリアスの写真を連写していたコルディニアとばっちり目線が合う。
何か用事だろうかと思い、見ていると
「心配しなくてもビリアス様の写真は割り増ししてお配りしますよ!」
などと全くの見当違いな発言を笑顔でされてしまい、ガクッと肩が落ちた。
しかし、隣に居るアーシックは本当ですか!? なんて言って輝かんばかりの笑顔を浮かべている。ビリアス人気、恐るべしである。
「そんなにビリアスの写真が欲しいならコルディと一緒に撮ってきたらどうだ?」
「やかましい。命令するな。というか、オマエ王太子をあだ名で呼ぶ仲なのか?」
「あ! それ、私も気になった! なにかあったの?」
アーシックだけでなく、ラビルからも詰め寄られたトーイは少し考えてから言う。
「え? そうだな……一緒に青春した仲、かな」
「はぁ? なんだ、それ?」
「ど、どういう事?」
困惑する二人にトーイはただ笑う。
「オマエ……笑ってないでちゃんと言え! トーイの事なんぞ興味ないのに、曖昧にされたら逆に気になってくるだろうが!」
「いや、だから言葉通りの意味だって! 痛い痛い! バカ、暴れるなって!」
アーシックがおもむろに立ち上がってトーイの方へ行くなり、肘で肩を攻撃しだす。
「ちょ、ちょっとアーシック、気持ちは分かるけどやり過ぎだって! 早く席に戻ってよ!」
「いや、奴が白状するまでやめないからな!」
痛いって! と叫ぶトーイと攻撃を続けるアーシックの背後に影が見える。
背後に立っていたのは挙式の間、給士係としててんてこ舞いになっていたアニモだった。
「アーシック様、トーイ様。間も無く、挙式が始まりますのでご静粛にお願いいたします」
「「す、すみません……」」
さすがの彼女も疲労からか、苛立ちを隠さない般若のような表情で告げる。
アニモに注意されて、仲良く謝罪する二人の姿はまるで兄弟のようで笑ってしまった。
そして、周辺が静かになったところで神父の声だけが響く。
「新郎ビリアス=シュデリウス。あなたはミラーナ=シラセフを妻として、病める時も健やかなる時も一生の愛を誓いますか?」
「誓います」
やや食い気味に答えるビリアスにラビルは笑いそうになるのを必死に堪える。どうやらトーイも同じだったようで少し肩が震えているのが見えた。
「それでは新婦ミラーナ=シラセフ。あなたもビリアス=シュデリウスを夫として、病める時も健やかなる時も一生の愛を誓いますか?」
「誓います」
再度、繰り返された神父の言葉に肯定の返事をしたのを合図にビリアスとミラーナが向き合う。
「それでは愛の誓いを」
そうしてビリアスが緊張した面持ちでミラーナの美しい顔を隠すように覆われたヴェールをそっと捲り上げる。
見つめ合う二人はまるで絵画のように美しく、どこからか感嘆の息が漏れるのが聞こえた。
少しずつ距離が近付いていき、そして愛の誓いが行われる。
それから満面の笑顔で花道を歩く二人の手はしっかりと繋がれていた。前世ではあともう少しの距離で引き裂かれてしまったけれど、今世では違う。
離れてしまった手はもう離さないとばかりに強く握られている。その姿を見ると、涙が溢れそうになるのをラビルは必死に堪えた。
ここまでの道のりは本当に長かった。途中で何度も心が折れそうになった。涙もたくさん流してきた。
それでも立ち上がってこれたのは、わたしは一人ぼっちじゃなかったから。
隣に立つトーイが視線に気付くと優しく微笑み掛けてくれる。
彼が居たから、ここまで辿り着けたのだ。
この世界では、ビリアスやミラーナというメインキャラをこうして幸せに導けた。
そして、わたしというサブキャラにもトーイという愛しい存在が出来た。
わたし達は誰も本来のこの小説の物語は知らない。
だからこそ、今世の物語の結末はわたし達が描いていく。
この世界ではメインキャラも、サブキャラも関係ない。
何故ならーー
(メインキャラだろうとサブキャラだろうと、皆、幸せにしてみせればいいんだから!)
END
【完結】サブキャラだけどメインキャラの押しが弱いので今世は幸せにしてみせる! 如月 桜那 @sana_2637
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