決別
朝、アナスターシアは目を覚ました。
太陽はまだ山の端から顔を出し切っていなかった。
アナスターシアは隣で眠るグレアムを起こさないように、静かにベッドを出たはずだった。
「……おはよう、アナスターシア」
掠れた声だった。
アナスターシアはグレアムの顔を覗き込んだ。
グレアムの目の下には少しだがクマがあり、よく眠ることが出来たとは到底言えない顔色をしていた。
アナスターシアはそんなグレアムの髪を優しく撫でた。
心地よさそうにアナスターシアの手に頬ずりをすると、グレアムはアナスターシアの手を掴んで彼女をベッドに引き戻した。
「……どういうつもり?」
「僕の考えを聞いてもらおうと思って」
アナスターシアは溜息をつきながらも彼の話を静かに聞いた。
「僕、まだ彼が憎いよ。でも君の言う通り決別しなきゃいけないんだろうね。きみが既にそうしているように」
「あなたは感情的になりすぎるのがダメね」
アナスターシアはそう言うとグレアムの鼻を思い切り摘んだ。
「……いたい」
アナスターシアは涙目になったグレアムを見てふっと笑うと、今度こそ立ち上がって墓参りの準備をするのだった。
「よく眠れたか?」
「私はね」
アナスターシアはそう言うと目線をグレアムの方に移した。
グレアムは無防備にも大きな欠伸をしており、2人に見られていると気付いてすぐに姿勢を正した。
そして大きな咳払いをした。
「早く行こう。子供たちが起きてしまう」
フィルの墓は、集団墓地の中にひっそりと佇んでいた。
石に掘られたフィルの文字を見たアナスターシアは、その墓石の前でしゃがみ込んだ。
――フィル、あなたのおかげで私は救われた。
でも、あなたの人生を、私はめちゃくちゃにしてしまった。
あなたは私に会わなければ幸せだったのかもしれないわ。
まだあなたのことを愛しているかと聞かれたら、あの時のような熱烈な愛ではないけれど……それでも愛していると答えるでしょうね。
償いのつもりではないのよ。
……ただ、過去をずっと引き摺っていると私の夫が病んでしまうから、あなたを忘れたフリくらいはしてしまうかもしれないけれど……許してね、フィル。
アナスターシアは手を組みながら、心の中でフィルに話しかけた。
その様子を見ていたグレアムは、アナスターシアに倣って同じようにしゃがんで手を組んだ。
冷たい朝の空気に白い息が広がっていく。
朝日がフィルの墓石を照らしていた。
――僕は、どう君に向き合えばいいかわからない。
10年経った今でも君にアナスターシアを取られる夢を見るんだ。
愚かだった。
もっとやりようがあっただろうに、目の前が見えていなかった。
それに自分に鈍感だった。
君の大事な人を奪って君の人生を台無しにしてしまった。
……でも、僕は君に感謝している。君のおかげで、アナスターシアが心を開いてくれたんだから。
「さて、そろそろ行くか」
テレンスは以前供えられた花束を持ち、二人の背中にそっと触れた。
アナスターシアはすっきりしたような、清々しい面持ちで兄に向き合った。
「そうね」
グレアムは朝日を見た。
彼女が狂ったその理由は 田山 まい @bella_punica
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