聖ウァレンティヌスの日

大星雲進次郎

聖ウァレンティヌスの日

「先輩!今日は何の日でしょう……か!」

 気のせいか、今朝はフロア内が浮ついている気がするわ。まあ、バレンタインデーですもの、分からないでもないけど。

 女子社員が出し合って男性社員の皆さんに配ったチョコの詰め合わせ。会社的には取りやめの通達は来ているけれど、まあいいかって気はしてる。何せ一ヶ月後には、かなり良い物が返礼として貰えるのだから。

 チョコを貰ってニヤニヤしてる先輩も可愛くて良い!

「あ?バレンタインデーだよな。毎年ありがとうな。マジで嬉しい」

「どういたしまして。でもね先輩。ブブー、不正解です!今日は聖ウァレンティヌスの日なのですよ!」

「あ~、キリスト教の聖人が、なんちゃらした日ってか?それが日本に渡って、女の子が好きな男にチョコを渡す日になったとか、菓子メーカーの策略とか何とか、と言いたいのか?」

 そんな、今では皆知っているようなことは今更言い出しませんって。それにうんちく無しでもモ○ゾフのチョコは美味しいの。

「それもありますね~。じゃあ、チョコレートはあげます。はい」

「あ……」

 催促したくせに、耳真っ赤なんだから。

「ありがとう」

 フロアの女子達に向けてブイサイン。たくさんのいいね!が返って来る。

「でも、それはお家に帰ってご両親に見せつけてから食べて下さいね?」

 お母様に印象付けておかねばならないのよ。

 何で?皆そんな残念そうな顔で私を見る?そんなピュアピュアを噛みしめる歳でもないでしょう?特に主任!

「それで、先輩。聖ウァレンティヌスの日の正しい伝承の方は?……欲しいですか?」

「嫌な予感しかしない。調べていい?」

「駄目ですぅ!松岡さんも『直感は信じていたい』って歌っているじゃないですか!」

「知らねえよ。でも直感を信じるなら、欲しくないということになるぞ?」

「えっとですね!諸説ございますが、今回私が採用したのはこちらの説で、私なりに誇張もしております!」

 

 ローマ皇帝が兵士達に結婚を禁じたのじゃが、ウァレンティヌスさんがこっそり結婚させていたらしくての、兵士達には大層感謝されておったそうじゃ。それ以来、何かこの人にお祈りすると結婚できるらしいということになったのじゃ。今では日本の名だたる108の神社で縁結びの神様として信仰されているとか。

 出典『大銀河書房「世界の奇祭」』


「何?これ、欲しいって言ってたらどうなったの」

「これを……」

 記入済み婚姻届私の印鑑付き。の入った可愛い封筒を懐から出す。

「……お前、俺と結婚したかったわけ?」

「えっ、いやその……」

 したかったから、こんな茶番を準備したわけで。

「あんまり冗談でも、する事じゃないぞ?」

 どうして?これを冗談とか思うなんてあり得なくない?

「違うの、私ホントに!じゃなくて……」

 どうしよう、何か先輩怒ってるんですけど!

「先輩、私……ふぇ」

 どうしよう、どうしよう。

「またおまえ達か……もう始まってるぞ。どうした……泣いてるのか?お前、泣かしちゃいかんだろ!」

「どうして俺なんですか」

「この子がお前以外のことで泣くはずないだろう!何が原因だ?」

「先輩が、私と結婚したくないって」

 イカン、ここは演技の涙で留めておかねば……でも先輩、私のこと嫌いなのかなぁ……

「お前なぁ~。女の子の一大決心だろうが。そういう段階に入ったって事なんだぞ?覚悟を決めろ!というか、女の子に言わせるなよ……」

 課長、貴殿の援護に感謝する!

「あの~。結婚も何も、俺たち付き合ってすらいませんからね」

「は?」

 ですよね。そーなんですよねネー。

 皆さん同じ顔、同じ思い。良いチームになるよ。

「それに俺、同棲に憧れてるんで!」

 

 今日のオチ担当は先輩でしたか~。

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