爆音かけろ組み分け試験

 異国の地へ降り立った日、アヤメは港町近くの宿に泊まることにした。この渋柿みたいな孤独を心ゆくまで満喫するのに、うらぶれた宿を利用しない手はないのだ。


 …町行く人にジロジロと見られるは、この衣装のせいだろうか。国の威信を見せつけるのに、伝統衣装が必要だとは思えないと叔父様に進言するべきだったかしら。__あまり見られるのは御免ね。アヤメは足早に宿に向かうことにした。

 彼女をしげしげと観察するように見つめる人たちはみな、羽織どころか帯さえしていない。


 明日はアルシェ・フォートにて、寮の組分けの試験が行われるという。実力主義はシンプルでいい。現在地を知るには絶好の機会ね。


 ”奇妙な格好。仮装大会の会場と間違えてないのかしら。ここは由緒正しき魔法女学校...”


 流石にこんなステレオタイプな高飛車お嬢様がいるとは思えないけれど、、、明日が楽しみ。どう泣き面をかかせてやろうかしら。そうほくそ笑みながら、アヤメは宿で手続きを済ませた。…その日の夕食の魚料理は、いやに塩辛かった。


 「ちょっとそこの貴女。ここは仮装大会の会場ではなくてよ。ここは名門...」

 

 おかしな予想ほどあたるもので、声をかけられたときのアヤメの表情はきっと火をみるよりも明らかだった。

 

 「u w u。」

 

 ブロンドの長い髪。豪華絢爛なんて生易しいほど派手な衣装。、またその衣装が似合ってしまうほど派手な面立ち。後ろに幾人もの”お友達”を連れて、

 __こうも想定通りだと、却って想定外ね。笑い出すのを堪えるのに、これほど苦労したことはない。  


 「ちょっと、何よその顔」

 「マチルダ様に向かって失礼よ!!」


 お嬢様一行から、”マチルダ様”と呼ばれている女が、これまた尊大な様子でアヤメに話しかけてくる。


 「貴女、名前は?」

 

 友が欲しくない訳では無い。けれども”コレ”は勘弁してほしい。考えがまとまったアヤメが絞り出した答えは、

 「スミマセン。ワタシ、ガイコクジン、コトバワカリマセン」

 

 お嬢様学校なのかと疑いたくなるほどの、怒声に罵声の雨あられがアヤメに降り注いだ。


 意外なことに、その雨あられを止めたのは、他でもないマチルダであった。


 「汚い言葉はお止めなさい。」

 マチルダの言葉に面食らったアヤメは、ぽかんと口を開けていた。


「——そんな、マチルダ様!」

「だって、仕方ないでしょう?この人、本当に言葉が分からないのかもしれないし。」


 マチルダは、ため息交じりに言うと、ちらりとこちらを見た。

 その視線には、先ほどまでの高慢さはない。むしろ、どこか探るような色さえ含んでいる。


 なるほど、意外と冷静なのね。


 アヤメは内心で彼女の評価を改める。取り巻きたちは単純そうだけど、彼女自身は少し違うかもしれない。


「ま、いいわ。今は試験に集中するべきね。あなたのことは後でじっくり調べさせてもらうわ。」


 少し、対応を間違えたかもしれない。変なのに目をつけられてしまった。


「u w u。」

「綺麗な顔立ちをしているのだから、その顔は止した方がいいわね。」

「スミマセン、ワタシ、ガイコクジン、コトバワカリマセン。」

「まったく、言葉がわからないフリもよした方がいいわ。」


「・・・。」


「……まあいいわ。」


 彼女は小さく肩をすくめ、取り巻きを連れて去っていった。

 その後ろ姿を見送って、アヤメは深く息を吐いた。


(……さて、と。)


 《アルシェ・フォート魔術学研城  新入生寮振り分け試験》

 校門まえにデカデカと掲げられた横断幕は、ふわふわと宙に浮いていて、風に靡けど、その場でとどまり続けていた。

 試験会場は人でごった返していて、アヤメにはどうにも慣れない空気感だ。


 試験の詳細は、入学前の書類に記されていた。

 それによれば、アルシェ・フォートの寮は 3つの系統 に分かれているという。

 この三寮は、組分けの試験の結果によって決められる。

 つまり、超実力主義。__それはアヤメの大好物だった。


 アヤメは、そっと手のひらを開く。

 指先にわずかに宿る魔力を感じながら、そっと握りしめた。アクタスに生まれた魔術がどこまで通用するのか、一抹の不安が彼女の心に影をおとす。


 _きっと武者震いね。


 アヤメは小さく笑い、試験の準備を進めた。

 多くの生徒は、それぞれの適性に見合った魔法を使いこなせるか、不安げな表情を浮かべている。


「静かに。 試験を開始します。」


 その言葉を境に、あれほど五月蠅かった試験会場に張り詰めた沈黙が訪れた。その声の主は試験場中央の方からである。

 アルシェ・フォートの教師陣の一人らしい。白髪を後ろで束ねた、凛々しい雰囲気の女性だ。

 


「組み分け試験は 三つの課題 で構成されています」


 一つ目、 「魔力量」——純粋な魔力出力を測る試験。

 二つ目、 「適正魔法」——得意魔法を試験監に披露する試験。

 三つ目、 「実技戦闘」——簡単な魔術戦で、実力を評価する試験。


「それでは、只今より魔力量テストを始めます。」


 教師の号令とともに、試験が始まった。それは魔女らしく、自由で唐突に。


 試験会場の中央には、大きな魔力測定用の結晶が並列して現れた。

 透明な六面体のそれは、時折淡い光を脈動させ、近づいた生徒たちの魔力に反応している。


「受験生は順番に、前へ出て魔法を結晶にぶつけなさい。測定結果は即座に表示されます。」


 試験監の女性がそう言い、

 受験生たちは緊張した面持ちで結晶の前に立ち、それぞれの得意な魔法を放っていく。


《計測値:5030》

 《計測値:20000》

 《計測値:14000》

 

 数値が続々掲示される中、ついにアヤメの名前が呼ばれた。


 「次、アヤメ・アクタス。」


 その名前に、一番驚いたのはアヤメ本人である。

 入学手続きはすべて、彼女の叔父が行っていた。故に、文字通りの意味で国の名を背負せるなんて思いもよらなかった。

 アヤメは小恥ずかしく、顔を赤らめつつ前に歩み出る。その際、彼女はマチルダの近くを横切った。


 マチルダは独りごちるように「アクタス…」と口にしていたのを聞いた気がした。

 

 周囲の生徒たちの視線を感じるが、気にすることなく袖口に手を入れる。


 _さて、案ずるより何とやらね。やるだけやってみましょう。

 アヤメは裾から呪符を取り出し、指先で軽く撫でながら詠唱を始める。


「——水脈よ、万象巡りて、天潤せ。」


 呪符が青く発光し、次の瞬間、膨大な魔力が結晶に向かって解放された。

 圧倒的な力を持った水流が、一直線に結晶へと吸い込まれていく。


 鋭い音が鳴った。

 結晶がしばし明滅し、やがて測定結果が浮かび上がる。


《計測値:68400》


 場内にどよめきが広がる。


「……ほう、呪符を媒介にする魔術か。なかなか珍しいな。」

 試験監の女性が興味深そうにアヤメを見つめる。

 

 ”名門の魔法学校も大したことないわね。”というアヤメの伸び切った鼻は、ものの見事にへし折られる。それは三秒とかからなかった。


「次、マチルダ・フォン・レーベンシュタイン。」


 アヤメの隣に並んだマチルダが、優雅に髪をかき上げる。じろりと、彼女のことを一瞥し、眼の前の結晶に向き直る。


「やっぱり、貴女とてもいいわね。」

「uwu.」

「決めたは、私のお友達にしてあげる。だって、黒髪の乙女は珍しいもの。」

「あー、ほんと結構です。」

「あら、言葉が拙いフリはもういいの?可愛らしかったのに。」


 余裕綽々といった具合で、

 彼女は空中に手を伸ばし、まるで何かを掴むような動きを見せた。そして、その手を開いてみると、小さなキラキラと輝かしい石の粒が現れていた。


 赤く煌めく宝石——どうやら、宝石を媒介にするタイプの魔術師らしい。


エン


 マチルダが短くも華麗な詠唱とともに、指先で弾くように宝石を投擲した。

 放たれた宝石は砕け、そこから溢れでた炎が結晶を焼き尽くす。


 業火が消え去った後、一部熔解した結晶が激しく明滅する。

 弾き出された数値は。

 《計測値:73400》


 観衆が一斉に息を飲んだ。

 マチルダはアヤメの記録を超え、会場の空気を支配したのだった。


「ふふっ、どうかしら?」

「…腕は確かなのね。」


「当然ですわ。貴女も、まだ全力ではないのよね、、、アヤメさん。」

 マチルダの不敵な笑みがアヤメを捉えている。これほど安い挑発はない。


 __面白いじゃない。


 アヤメとマチルダの間とで、白熱した無言が繰り広げらていた。


「アヤメ・アクタス、マチルダ・フォン・レーベンシュタイン。」

 試験官の女性が、二人の名前を口にした。

「お前たち二人は、、、」


 しかし、地を這うような低いが鳴り声が、試験官の言葉を遮ぎった。

 「オラァ!!」

 場内の空気が一変する。その声の主は、長身で褐色の肌を持つ少女からであった。


 彼女が結晶に向かって 拳を突き出す。

 単純な肉体強化魔法。誰もが使える基礎魔術の一つ。

 その魔法が生み出す肉体の奇跡——アヤメはこの日、拳が空気を突き破るさまを初めて目撃した。


 ——ドォーン!!

 爆風もかくやといったほどの衝撃が発生した。


 光の柱が立ち上がり、測定結果が瞬時に表示された。

《計測値:88000》


「——っ!?」


 会場が、一瞬にして静まり返る。

 試験官すら言葉を失う中、彼女は自信たっぷりに笑っていた。


「ははっ! こんなもんか?」


 満面な笑みな褐色の少女は、汗一つかいていない。



 額に汗を滲ませながら、試験官が震える手で記録を書き留める。

 アヤメとマチルダは、思わず目を見合わせた。

「……随分と規格外がいるものね。」

「同感。」


 ——ドゴォン!!


「今度は何ごと!?」 

 マチルダが土煙に咳き込みながら呟く。

 一方のアヤメは、もう何が何やらといった様子で音の鳴る方に目を向けていた。


 試験会場の中央、魔力量測定用の結晶の一つが 爆ぜたのだ。


「測定不能……だと……?」

 試験官が目を見開き、宙を舞う結晶の破片を呆然と見つめている。


 そして、その中心に立っていたのは 白銀の髪を持つ少女。


「…ごめんなさい、壊しちゃったみたい。」


 無表情のまま彼女の足元には、小さな魔法陣が浮かんでいた。


(……召喚術? でも、何も出てきてないわよね?)

 アヤメが首を傾げていると、試験官が彼女に詰め寄る。

「き、君、今のは一体……!」


「んー、ただ普通に魔力を流しただけ。」


 そう言って、少女は自分の手をじっと見つめる。


「ねぇ、結晶って壊れちゃいけないの?」


「当たり前だ!!」


「だってよパパ。張り切りすぎー。」

 片手に持つ深い青色の装丁をした本をなぞりながら、少女が呟いている。


「パパ?」

 思わず口を挟んだアヤメに、少女は不思議そうな顔を向けた。

「……?」


 試験官が額を押さえてため息をつく。


 アヤメとマチルダが茫然とした様子で、砕け散った結晶を見つめていた。

「……随分と規格外がいるものね。それも二人」

「....同感。」



 試験会場の空気は張り詰めていた。


 アヤメとマチルダが互いを牽制し合っていたのも束の間、圧倒的な魔力数値を叩き出した褐色の少女、そして測定不能値を記録した銀髪の召喚術師が現れたことで、場の空気は一変したのだ。


 「……では、この四名。」


 試験官の女性が、改めて名を読み上げる。


 「アヤメ・アクタス。」

 「マチルダ・フォン・レーベンシュタイン。」

 「リンド・ヴァンガード。」

 「ソニア・レインハート。」


 名を呼ばれた四人が、それぞれの反応を見せる。


 マチルダは自信満々に髪を払う。リンド——褐色の少女は腕を組み、ニヤリと笑った。ソニア——銀髪の少女は、まだ本のページを指でなぞる仕草をしている。


 試験官が、静かに続けた。


「以上の四名は—— 生徒会入会特別試験の対象者とする。」


 ——場内のどよめきが、一気に膨れ上がった。


 「生徒会……」


 マチルダが小さく呟く。アヤメも、彼女に続いて同じ疑問を抱いた。


 曰く、生徒会——それはアルシェ・フォート魔術学研城において、特別な権限を持つ者たちの集団。

 三つの寮とは別個の屋敷に住み、学校運営に携わる。加えて、魔術研究の最前線に立ち、学内の秩序を司る。



 「特別試験は、午後に実施する。対象者四名は、今すぐ指定の試験場へ向かいなさい。」


 その指示を受け、アヤメたち四人はそれぞれの思惑を胸に、試験会場を後にした。






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 生徒会特別試験_控室にて(アヤメ視点)

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 試験が終わり、私たちは控え室へと通された。


 マチルダが椅子に腰を下ろし、満足げに髪を整えながら私を見る。


「……ソニア、アンタすげー面白いな。」


 そう言いながら、彼女はリンドとソニアへと視線を移した。


 リンドは腕を組んでニヤリと笑い、私たちを見渡す。


「ヤバい面子ばかりで、いいね。ワクワクする。」


「……ヤバい?」


 ソニアが首を傾げる。


「うん、ヤバいよ。」


 リンドは豪快に笑いながら、拳を握りしめて見せた。


 リンドが勢いよくソファに腰を下ろし、私たちを順番に見渡しながら不適に呟く。

「ねぇ、この四人の中で誰が一番強いと思う?」


「……どうかしら。」マチルダが微笑む。


「試してみる?」私が軽く呟くと、リンドがにやっと笑った。


「お、いいねぇ。」


「私は遠慮する。パパが喧嘩はダメって。」

「パパなんか見ちゃいないって。」


「パパって、その本のこと?」私の問いに対して、ソニアは短く、「そう。」と答えた。




 私たちはひとしきり雑談を終えた。

 見計らったかのように、試験官が教室に入ってくるのであった。







   

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アルシェ・フォート魔術学校の日常 高槻とうふ @tofu_takatsuki

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