アルシェ・フォート魔術学校の日常
高槻とうふ
プロローグ:アヤメ
私には、果たすべき役割がある。
きっと、アレテソル も同じだったのだろう。
かつて不毛の地と蔑まれた アクタス は、今や目を見張る発展を遂げた。
特に魔法技術に関しては、あの アルカニア大陸 にも引けを取らないと言われている。
この急速な復興のきっかけとなったのは、 一人の少年の存在 だった。
長きにわたりアクタスを支配した 魔王ガルガン を討ち取った英雄。
彼は 異国から訪れ、魔王の首を持ち帰り、それ以外の見返りを求めなかった。
その行いに対し、当時の国王と、その弟であったお祖父様は 「それでは礼を欠く」 と、なけなしの予算をはたいて、大国アーガストへ使節団を送り、正式に国交を結んだ。
これにより、アクタスは国としての基盤を築き、発展の足掛けとなったのだ。
しかし、それは 80年も昔の話。
少年の名は歴史の波に埋もれ、今ではただ 「
かつてアクタスの民は、昨日を振り返る余裕すらなかった。
彼が作った 好機を逃せば、未来は訪れなかったのだから。
だからこそ、国王も、民も、全員が前を向くしかなかった。
それが、今のアクタスを形作ったのだ。
「アヤメお嬢様、そろそろ港へ到着いたします。」
「えぇ。」
「アヤメ様……。」
侍女 ノブメ が、心配そうにアヤメを見つめる。
「そんなに私のことが心配なの? 私、もう十四よ。」
「まだ、十四です。それなのに、単身で海外留学だなんて……。」
アルカニア大陸南東の モロ皇国。そこが今回アヤメが向かう先の名だった。
モロ皇国が誇る 魔術女学校アルシェ・フォートだ。
魔女の魔女による魔女のための魔法学校。
初代学長は「言ノ葉の魔女」と恐れられたとかなんとか。魔術的な学術機関としては世界でも指折りな魔法学校である。
それは兎も角、
アクタスには、決定的に足りないものがある。
それは、「歴史」だ。
国としての歩みが浅く、外交的な立場も脆弱だ。
たとえ魔王ガルガンを討った過去があっても、島国アクタスが浮かぶ場所は東大陸のそばだ。そこは幾柱の魔王が跋扈する魔境そのもの。そんな超がつく危険地帯にある小国の手を取ることに、西側諸国はメリットを見いだすだろうか?
—— 「魔を滅ぼす」 という理念は美しい。
だが、政治は打算的だ。
_だからこそ、私の存在が必要なのだ。
アクタスからの留学生は、アヤメが初めてだった。
その才覚を証明し、国の未来を切り開くことが使命。
彼女の留学は外交戦略の一手なのだ。
「私なら平気よ。今、すごくワクワクしているもの。」
「あうぇーなのですよ、あうぇー。きっと今夜にも心細くなってしまいます。」
……ノブメが勝手にアヤメの未来を想像し、勝手に涙ぐんでいる。
ノブメはアヤメのことなら何でも知っている、と今にも言い出しそうであった。
事実、アヤメが赤ん坊の頃から世話をしてきたのだから、強ち間違いではないのだけれど。
「今からでも、従者の申請を——」
「駄目よ、ノブメ。一人で戦うことに意味があるの。」
アルシェ・フォートは、ただの学校である前に一つの城である。
城を中心に広がる 魔術学研都市——それが アルシェ・フォート の全容。
その敷地は広大で、まるで魔法そのものによって形成されているかのよう。
そこへ通う生徒たちは、王族、貴族令嬢なんのそのといった塩梅だ。それ故、事前に申請さえすれば、一人の従者を伴っての入学が許可される。
アヤメが聞く話では 「ほぼ全員が従者を侍らせている」 らしい。
……しかしアヤメは単独 での入学を選んだ。
理由は明白。
アヤメに求められているのは、「圧倒的な才覚」。
ならば、一人でいる方が 映える というものだ。
——建前としては
「自由」 を存分に味わいたい。
役割を理解しているとはいえ、少しくらいは 自分のために 生きてみたい。
それが、アヤメの本音だった。
彼女もまた、打算の上で行動をしているのであった。
「だからといって……。」
「駄目なものは駄目。これは命令よ。帰って、お母様を支えなさい。」
「ですが……!」
ノブメがなかなか引き下がろうとしない。
ならば——とアヤメは切り札を切ってでた。
アヤメは船から降りる準備をする素振りを見せ、ノブメに背を向ける。
裾から呪符 を一枚取り出し、小声で詠唱を行う。
そして、呪符から顕現した水滴を、目元に二、三滴垂らした。これで、彼女の手筈は整った。
アヤメは弱弱しく振り返ってみせた。裾を水滴でわざとらしく濡らし、口元を覆って、、、
——喰らいなさい、ノブメ。
「ノブメ。私、本当は怖いの。」
「お嬢様、、、。」
「でも、私にはやるべきことがあるの。あなたにも分かるでしょ? ね、分かってくれるわよね?」
潤んだ瞳。
わずかに震える声。隠し味は確かな覚悟。
これで 完璧 だった。
「お、お嬢様……!!」
ノブメは 一瞬きょとん とした後、はっと目を見開き、それから拳をぎゅっと握りしめた。
(……あっさり陥落したわね。)
心の中でほくそ笑む。
「必死な純情少女」を演じたままに。
「ノブメ。私のこと、分かってくれる?」
「わかりますとも、、痛いほどわかります……。」
ノブメの目には大粒の涙が溜まっている。
「帰って、お母様を支えてあげて。私の代わりにね。」
「……はい!」
ノブメは何度も振り返りながら、ついに船を降りた。
桟橋に立ち、アヤメをじっと見つめるノブメに、彼女は最後の仕上げを施した。
小さく手を差し出し、そっと引っ込める。_まるで「行かないで!!」という本音を強がって隠すように。…効果は絶大だった。
「さようなら、ノブメ。……ふふふ。」
船が動き出し、ノブメの姿が遠ざかる。「お嬢様」と呼ぶ声が幾度と鳴り響いていたので、少しアヤメの良心が痛んだ。
(さて、やっと自由ね。)
これで誰にも邪魔されることはない。
アヤメは留学生活を楽しもうと心躍らせていた。
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