ヴェイルの扉

シトロマナ

第1話

扉の向こう側


「またか…」


優斗(ユウト)は、学校が終わったばかりの夕方、普段通り歩きながら呟いた。東京の街並みは、季節が変わりつつあるものの、どこかまだ暑さを残していた。彼は自転車を押しながら、家路へと急ぐ。だが、途中でいつもの書店「ヴェイル書房」の前を通りかかったとき、なぜか足を止めてしまった。


この書店には、少し前から気になることがあった。普通の本屋なのに、どこかが違う。店の外観は古く、まるで時代から取り残されたような佇まいをしている。しかし、それが不気味だと感じるわけではない。ただ、何かが引き寄せられるように感じるのだ。


今日もその感覚が強く、優斗は自然と店の扉を開けていた。


「いらっしゃいませ」


店主の田村さんは、年齢不詳の穏やかな顔をした中年の男性だった。優斗の姿を見ると、いつも通りに微笑みながら声をかけてきたが、その目はどこか優しげで、鋭くもあった。


「今日はどうされました?」


「いや、特に…ただ、ちょっと寄っただけです。」


優斗は無意識に目を伏せ、棚を眺める。店内は薄暗く、静けさの中にほんのりと漂う古びた本の香りがした。どの本を取っても、まるで過去の時間が詰まっているかのように感じられる。


そのとき、優斗の視線が一本の本に引き寄せられた。それは、他の本とは明らかに違うものだった。表紙に何も書かれておらず、ただ黒い革のカバーだけが目に映る。まるで手を伸ばしたくなるような、そんな強い引力を感じる本だった。


優斗は何気なくその本を手に取る。


「それ、気になりますか?」


田村さんの声が後ろからかけられ、優斗は一瞬驚いた。振り返ると、店主の目が真剣なものに変わっていた。


「それは…ちょっと、特別な本なんです。」


「特別?」


「ええ。君が選んだその本は、ただの本ではありません。『ヴェイルの扉』、と言って、実際に異世界への扉を開く力を持っています。」


優斗はその言葉に、思わず息を呑んだ。異世界? そんな話を現実で聞いたことがあるだろうか。これは…冗談だろう。


「…冗談ですよね?」


優斗は笑おうとしたが、店主の真剣な顔を見て笑うことができなかった。田村さんはゆっくりと頷いた。


「君がこの本を手に取ったのは、偶然ではない。君には、選ばれるべき理由がある。」


その瞬間、本のページがパラリと開き、ページの隙間から光が漏れ出した。


優斗は目を見開き、その光に引き寄せられるように、本の中身を覗き込んだ。そして次の瞬間、身体が硬直した。


その光に包まれると、世界が歪み、視界が一瞬で白くなった。


気がつくと、優斗は見知らぬ場所に立っていた。


「ここは…どこだ?」


周りには、どこか異質な空気が漂っている。通りの人々は、彼が普段見慣れている東京の街並みとは異なり、奇妙な服装をしていた。空の色も、普通の青ではなく、どこか紫がかったように見える。


「異世界…?」


優斗は自分に問いかけた。彼の目の前には、現実では見たこともないような建物が立ち並んでいた。まるで、夢の中に迷い込んだような感覚だ。


突然、背後から声がかけられた。


「君が…選ばれし者?」


振り向くと、そこにはアリシアという名の少女が立っていた。彼女は異世界の住人らしく、魔法使いのような装飾の施された衣装をまとっていた。


「君が『ヴェイルの扉』を開いた者だと、私は知っている。」


優斗はその言葉に戸惑いながらも、少しずつ真実が自分の中で形を成し始めていることを感じた。


この世界には、何か大きな秘密が隠されている。そして、今、彼はその一端を知ってしまったのだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴェイルの扉 シトロマナ @tyokine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ