第一章
耳の奥で、安い音質のビデオの音が反響する。深い海の中にいるような、音がうっすら耳の奥で反響する。
「八木、おい八木」
八木は目を擦って、自分を起こした人間が誰かを確認する。
「あぁ…」
俺の睡眠の邪魔をしやがってと言った感じを感じさせる対応で、相手の琴線を刺激する。
体育館に集められ、体育座りとかいう時代遅れの風習をしながら、人権ビデオを見せられてるこの時間なんて、睡眠にあてた方がマシだろう。そもそもとして、義務教育の時からずっと見せられてる北朝鮮に拐われた人のアニメだとか、いじめをどうやって救うとか。この繰り返しをして俺たち児童は何を学ぶんだ?そもそも人間として元から備わっている道徳という感情は、どうやっても変形させることはできないだろう。
八木は言葉を並べ、睡眠を邪魔された苛立ちを、口内で激しく、だが静かにぶつける。
「お前本当よく寝るよなぁ」
少し、小馬鹿にする風味を乗せた言葉が八木を刺す。
変に声を上げると、教師陣に注目されてしまうくらいには周りは静かである。こういう時間に多数の人間が、猿みたいに騒ぐ偏差値の高校には俺は言っていないのだから、当たり前なのだが、今はそれが苦痛である。
声をかけたコイツは…、なんだっけな。名前。テストで毎回クソみたいな点数を取ってることだけは覚えてるんだけどな。
どうでもいい人間の名前が、昔から全くもって覚えられない。頭は良い方なんだが、それが全く覚えられない。歴史の、織田信長とか、吉田松陰とか、そういう偉人の名前は覚えられるんだが。
「いや、寝てへんて」
八木は、肩にかけてくる手を汚いものを振り払うように、強く手を掴み、自分の肩から手をどけた。
あぁ、またこのまま寝てしまおうか
八木は、少し蒸し暑いこの体育館でまた、眠るという選択をとろうと体勢を整えた。
腰と足の間にある、体育座りで負担を与えられた尻を少しあげ、また下ろす。
本当に、ストレスが溜まる。一体全体、このストレスを俺はどこで発散すれば良いのだろうか。
そしてまた八木は深い、深い海の中へと潜っていくのだった。
異常であり、正常 ヤマノカジ @yAMaDied
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