侯爵令嬢の私と結婚したのに、メイドと浮気ですって?困りますわ、旦那様
はなたろう
花より雑草?
「今日もいいお天気ねぇ」
でも、少しばかり良すぎるかしら。
白いコットンでできたパラソルでは、日差しは遮れても、暑さは防げない。
「急に暑くなりましたね」
マルス子爵夫人は、お茶をすすると同時に、額から出た汗を拭った。
私も扇子でパタパタと風を起こす。
初夏の庭園には、ブルーサルビアが見事に咲いている。色鮮やかな濃いブルーが一面に広がり、水辺を思わせた。
海から離れた領地なので、海水浴には縁がない。川や湖にでも行きたいものです。
「たらいに水を入れて、足を浸しましょうか?」
「あら、それは涼しそうね」
「では、用意させましょう。メイドに声をかけてきますね」
マルス子爵夫人は、そう言って屋敷の中に入って行った。
話し相手がいなくなり、花壇に目を向ける。
「雑草が目立つわ」
庭師に伝えておかないと。
夏場に元気なのは、雑草くらいかしら。
そのとき、
「おーい、ルイディア」
先ほどの言葉を訂正いたします。私ったら、間違えましたわ。
暑い夏場に元気なのが、もう1つ、いえ、1人おりました。
「どうかなさいました?旦那様。お祖父様と街に視察へ行っていたはずでは?今日の戻りは遅くなると聞いてましたが」
「明日に延期だってさ」
そう言うと、私の前の席に腰かける。
伯爵家の次男である旦那様は、婿養子として、数か月前に我が侯爵家に来たばかり。
家のしきたり、人間関係、領地について、覚えることは山ほどある。
「ルイディアはいつも、お茶をしてるね」
いつも?
私のピクッと眉間が痙攣しましたが、そんなことに気がつく方ではないですね。
悪気はないのでしょうが、暇人のように思われても困ります。
女性と言えども、私は正当な侯爵家の跡取り。
少し前から、この国では爵位継承に関する法改定が行われました。
ひとつ。爵位の生前譲渡が認められたこと。
これにより、私のお祖父様は息子であるお父様に、侯爵の爵位を譲りご隠居されました。
ふたつ。女性の爵位継承が認められたこと。ただし、嫡男がいない場合に限る。
これにより、侯爵家の一人娘である私が、跡取りとなりました。
このような改革は、近隣諸国では、珍しいと聞きますね。それでも、まだまだ男性社会。女性で自ら爵位を望む方は少ないのが現状。
女は政略結婚の駒であり、子を産む道具、美しく着飾る、夫を立てる、ましてや、政治には口を出さないことが美徳。
私のように、好んで領地経営に首を突っ込む令嬢は、希だと聞きます。
大好きな領地を離れ、知らない土地に嫁ぐのはまっぴらでしたから、これは願ってもないかことでしたが。
ただ、ひとつワガママを聞いてもらえるなら、結婚相手は自分で選びたかった。
お祖父様と旧知の仲である、旦那様のお祖父様が決めたこと。当主の意向は絶対です。
とはいえ、事前にお会いすら機会がかれば、頑固なお祖父様も心が変わったのではないかと、そう思えてなりません。
「私はこのティータイムを大切にしております。その代わり、他のことはキッチリ行ってますから。旦那様も、私と共に領地を守り繁栄させる職務を、お忘れなきよう、お願いいたしますわ」
「うん、まかせて、ルイディアのためにもがんばるよ」
初夏の日差しと同じくらい、爽やかな笑顔ですこと。ただ、言葉にはまったく重み行くが感じられません。
「それより、はい」
「あら、美味しそうなびわ」
オレンジ色が美しくい、ふっくらとした実が、籠にたくさん入っています。
「屋敷の裏山から取って来たんだ」
屋敷の北側は、森番の小屋、薪置き場、納屋がありますが、私を含め家族が行くことはほとんど無い場所です。
「なぜそのような場所へ?」
「え?」
声がワントーン上がった。
「いや、屋敷の回りも色々知っておこうと思って。びわ、キライ」
「いえ、そんなことはありません」
ただ、妙にソワソワした素振りが気になるだけです。
「ルイディア様、お待たせしました。マートル様、ごきげんよう」
マルス子爵夫人が数人のメイドを連れて戻って来くる。旦那様に気付き、片足を引いて挨拶をする。
「あ、あぁ、ごきげんよう」
んん?
「あなたたち、ここに用意をして頂戴」
「か、かしこまりました」
1人のメイドがたらいを置くと、もう1人が水瓶の水を注ぐ。その手、少しだけ震えたように見える。
「じゃ、僕は席を外すね、やらなきゃいけないことを思い出した!」
素早く立ち上がると、くるりと背を向ける。
「お待ちになって、旦那様」
背中がビクっと停止する。どこかで見た動き、そう、猫が驚いたときに似ています。
「お尻に葉っぱ付いてますわ。まったく、子供みたいですね」
「え?そう、ごめんよ」
スラリとした長身、程よく筋肉質な旦那様。そのお尻も、キュッと引き締まっているのが魅了的です。えぇ、とっても可愛いお尻だこと。
「いっ、痛い!!」
「あら、ごめんあそばせ。葉だけを摘まむはずが、私ったら」
力いっぱい、つねり上げてしまいました。
「ドクダミの葉ですね」
マルス子爵夫人が呟いた。
「ドクダミなら、裏山にたくさん生えてますが、その葉が何か気になるのですか?お嬢様」
「先ほどの、裏山に行かれたと言ってましたね。このビワを取られたとも。美味しくいただいたのは、びわ、だけでしたか?旦那様、さぞかし甘い時間を過ごされたのではないかしら」
ガチャンッ!
陶器が割れる音が響く。
「申し訳ありません!」
水瓶を落としたメイドが、顔を真っ青にして膝から崩れ落ちた。
「危ないわ。割れた破片でケガをしますよ」
彼女の手を取り立たせて差し上げました。
可哀想に、その手が小刻みに震えています。
「あら」
エプロンとスカートと間から、ひらりと舞い落ちたもの。
「ドクダミね」
立ち上がったメイドの顔が、いっそう青くなる。まるで、庭園のブルーサルビアみたいだわ。
それに、おしゃべりなはずこ旦那様が、ひとこともお話にならない。よほどお尻が痛むのか、まさかね。
「ドクダミの葉は、乾燥させれば薬膳茶として飲めますし、お風呂に入れれば美肌に効果があるのよね。でもーー」
にっこりと微笑むと、
「所詮は雑草なのよね」
足元に落ちている、ドクダミの葉を踏み潰して差し上げました。
あら、タイル張りが自慢のバルコニーを、汚い緑で汚してしまったわ。あとで、掃除をしてもらわないと。
「美しい花が咲く庭には不要ものね、そう思わない?旦那様」
「あーー、うん、そうだな。ルイディアはとってもキレイだよ、でも」
「でも?」
「ドクダミの白い花も、素朴で可愛いよ?」
はい、そうですか。もう、結構です。
「それなら貧相な花と一緒に人生も摘み取って差し上げます!!」
バッシャーーーーンッ!
何もできない箱入り娘と勘違いされがちですが、厳しいお父様の教育方針で、幼い頃から剣術も武術、馬術まで、そこらの殿方には負けません。
水の入ったたらいを、ぶちまけるくらい、大したことはありませんから。
「あらまぁ。水も滴るいい男、ですわね、お嬢様」
マルス子爵夫人、扇子で顔を伏せても、震える肩で表情がバレバレです。
「そこのあなた、本日付けで雇用契約を解除します。すぐに荷物をまとめなさい。今後、わが領地に足を踏み入れることを許しません」
「お嬢様、申し訳ございません」
「謝罪は不要。旦那様の手垢がついた雑草に何を感じろというのですか?不要な雑草は駆除をする。それだけのこと。マルス子爵夫人、あとはお任せするわ」
身体の弱いお母様に代わり、家のこと、使用人の管理は私が一任されている。この若い娘を雇ったのは1年ほど前か。
「里に帰り、ご両親を大切になさい」
その一言で、私の意図を汲んだであろうマルス子爵夫人は、メイドを連れて去った。
「あなたも下がっていいわ」
もう1人のベテランのメイドは、一礼をすると何も言わずに、たらいを拾うと屋敷の中へ入って行った。
「さて、と」
振り向くと、髪からポタポタ垂れる見ず拭くこともせす、ただ呆然と立ちすくむ旦那様。
水も滴るいい男、ですって?
なんて、気の抜けた顔をでしょう。
浅はかな行為により、1人の若い娘の人生を狂わせたという自覚は、まったくないのでしょうね。
悪気がないことは、無関心であると同じこと。
この方は、きっと他人に興味が無いのかもしれませんね。
とても残念で、可哀想です。
でも、それはそれとして、
「覚悟はよろしくて?」
「ルイディア、怒ってるの?」
「怒る?何をでしょうか?私はただ、ティータイムの続きを旦那様と楽しみたいだです。さぁ、お掛けくださいな。びわをいただきましょうか?さぞ甘くて美味しいのでしょうから」
まぁ、今度は旦那様の顔がブルーサルビアのようですね。
「さぁ、お口を大きくあけて下さいな」
その口いっぱいに、びわを詰め込んで差し上げますわ。種ごと、存分に味わってくださいませ。
「時間は心配無用です。夏は日が長いですからね」
◆◆◆
「花壇がキレイになりましたね」
「庭師に雑草駆除をしてもらったけど、またすぐに生えてくるのよね」
まぁ、仕方ないことです。雑草も懸命に生きているのですから。
「新しいメイドの採用、いかがいたしますか?候補は数名に絞りました」
10名ほども名前や略歴が書かれたリスを受けとる。
「いっそ、旦那様に選んでいただきましょうか」
「まぁ、そんなことを。マートル様も反省されているのでしょう?お嬢様がそのようなことを言われては、可哀想ですよ」
「どうかしら?」
反省する人は、結婚まもなくメイドに手を出すのか?
「ところで、あのメイドが浮気相手とよくお分かりになりましたね」
「あぁ、あれね」
私はバルコニーの端に飾られた、人魚の彫刻の裏に手を伸ばした。
そして、手に取るのは……、
「ドクダミの葉?そのような日陰にあるなんて、知りませんでした」
「あの日、1人になったとき、たまたま気付いたの。お茶にできるかと摘んでいたので、怪しい素振りの旦那様と、メイドに仕掛けてみたの。2人揃って素直だから、見事に反応してくれたわね」
問い詰める必用も無かったもの。
「彼女は無事に地元へ帰りましたよ」
「そう」
「あちらでの仕事も直に決まるかと」
「そう」
「お嬢様の慈悲深いところは、誰よりも存じてますよ」
私は返事の代わりに、お茶をひとくち飲んだ。
ドクダミ茶は苦いと思われがちですが、乾燥させたドクダミをかまに入れて焙煎すれば、独特な薫りと甘さが感じられます。
「若いお嬢さんには、苦い経験になりましたね。その代償も、お気の毒だわ」
「ところで、マートル様は?」
「街へ視察に行かれたわ。逃げ場の無い馬車の中で、事情を知ったお祖父様に、こってり絞られてる頃ね」
厳格で曲がったことが大嫌いな方です。生涯、亡きお祖母様だけを愛されたお祖父様。孫婿が結婚早々に不貞をだなんて、まったく、本当に、
「ご自分が決めた結婚を、しっかり反省されたらいいですわ」
本当に、どいつもこいつも。男は勝手な生き物だと思いませんか?
侯爵令嬢の私と結婚したのに、メイドと浮気ですって?困りますわ、旦那様 はなたろう @haru-san-san
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