ワンス・アポン・ア・タイム・イン・羽音町

清泪(せいな)

千代田の狼牙

 昼から降っていた雨がようやく上がり、夕方の街は濡れたアスファルトがぼんやりと街灯を反射している。

 羽音町のアーケード商店街、その外れにある裏道には、まだ生乾きの湿った空気が漂っていた。


「兄ちゃん、舐めてんのか?」


 五人組の男たちが取り囲む。

 最近、この街に入り込んだ謎の集団──正体ははっきりしないが、しばらく前から商店街の人間に絡んでは、金や物を奪っているらしい。


 彼らを見据える男は、黒髪をオールバックに撫でつけ、くすんだ銀灰の背広に身を包んでいた。

 紺のシャツに赤いネクタイという組み合わせは、路地裏の薄暗い灯りの下でも妙に映える。


 しかし、最も目を引くのはその顔だった。

 左頬には目の辺りまで達する大きな切傷の痕。

 かつての激しい戦いを物語るそれは、左目の白く濁った光とともに、異様な迫力を生んでいた。


 背広の男は静かにビニール傘を握り直した。

 コンビニで買った安物の傘だが、軽くて取り回しがいい。

 こんな狭い路地なら、人数の多さもそこまで脅威じゃない。


 先に仕掛けたのは向こうだった。

 ガタイのいい男が拳を振りかぶって突っ込んでくる。


 背広の男は半歩後ろに下がりながら、ビニール傘を両手で構え、相手の拳を受け流す。

 ぶつかった瞬間、傘の骨がしなり、拳の勢いを逸らした。

 空振りした男の横腹に、傘の石突きを突き込む。


「ぐっ……!」


 悶絶した相手を背後にしながら、背広の男は傘を開く。

 突然の視界遮断に、後続の一人が足をもつれさせた。

 そこへ背広の男は素早く横へ回り込み、軸足を払うように蹴る。


 ガシャン!


 相手はバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。

 顔がアスファルトに打ちつけられ、濡れた路面に滑るように引きずられる。


 倒れた体の周りには、雨水と血が混じり、アスファルトに黒い染みを広げていった。


 残り三人が一斉に襲いかかる。

 背広の男は傘を閉じ、両手で逆手に持って勢いよく突き出した。

 先頭の男の顔面にビニールが貼り付き、視界を奪う。

 その隙に、路地の脇にある電柱へと後退し、相手の動きを誘う。


「逃がすかよ!」


 一人が無造作に飛びかかる。

 しかし、背広の男は電柱を軸に体を回し、すれ違いざまに傘の持ち手で後頭部を打ち抜いた。

 崩れ落ちる男の背中から、別の男がナイフを抜くのが見えた。


「チッ……」


 背広の男は傘を逆手に持ち替え、ナイフの刃を受け流す。

 カチンと鈍い音が響き、すかさず相手の手首を払う。

 ナイフが地面に落ちた瞬間、肘を相手の顎へと叩き込む。


 先頭だった男──最後の一人が、残った力を振り絞るように拳を握りしめる。


「……まだやる気か?」


 背広の男は低く問いかけるが、相手は歯を食いしばって向かってきた。


 次の瞬間、背広の男は踏み込んで懐に入り込み、相手の腹に鋭い肘打ちを叩き込む。


「がっ……!」


 鳩尾にめり込んだ衝撃で、相手の体が弓なりにのけぞる。

 そのまま背広の男は背中へ腕を回し、一気に肩へ担ぎ上げた。


「……おやすみだ」


 そう言うと同時に、重心を落として地面へ叩きつける。

 湿ったアスファルトに肉がぶつかる鈍い音が響き、相手の体が動かなくなった。


 静寂。


 背広の男は、ゆっくりと懐から煙草を取りだし、火をつける。

 煙がふわりと立ち上る中、軽く一服すると、冷たい空気に溶けて消えていった。

 濡れた傘を軽く振るう。

 滴る水がアスファルトに落ち、夜の始まりを告げる風が吹き抜けた。

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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・羽音町 清泪(せいな) @seina35

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