旅に出るということ(家に帰れば猫がいる1)

天鳥カナン

第1話


〝旅に出る〟ということ。

 ある場所へ行き、しばらく過ごし、帰ってくる。

 その行動に、意味があるのだろうか。

 仕事先へ向かうバスを待ちながら、美也子はふとそう思った。


 温暖化が進んでいるはずなのに、この冬は寒い。風を遮るものが何一つ無い甲州街道沿いのバス停で、吹き付ける冷たい風にコートの襟を立てながら、目の前の轟々とした車の流れを見つつその考えを反芻する。


 やがて遅れてやってきたバスが目の前でドアを開け、美也子を寒さから解放してくれた。高さのある後部座席に座ると、急な坂を下るバスの車窓からはるか遠くに真白にそびえる富士山が見えてくる。坂を降りるとバスは急なカーブを曲がり、市場や高校へと人々を降ろしてゆく。そして携帯で見るニュースに飽きた頃、バスは多摩川を渡った。白い吊り橋から見える多摩川は、今日は静かに高い空を映している。


 ある場所へ行くのはいい。

 知らない場所、美しい風景、想像もしない物事に触れる場所は、きっと自分を活性化してくれるだろう。


 ただその後、帰るのが面倒なのだ。

 ある人が、これは旅ではなく散歩についてだが、

「行った先から帰るのが面倒なのでやめました」

 と言ったときには思わずうなずいたものだ。行った先から戻るのはただの義務だ。飛行機でも電車でも、決められた時間に乗り決められた場所へと戻るのは、仕事に近い気さえする。


 さらにこれが、最大の疑問点なのだが。

 そもそも、決められた場所は、本当に帰るべき場所なのだろうか。


 前のアパートに住んでいた頃、その部屋は日々の生活を送るのに便利な場所ではあったが、帰るべき場所とまでは感じられなかった。


 旅に出て「もうここから帰りたくない」と思うほどの何かに出会ったら、自分は本当にそうしてしまうかもしれないと思っていた。逃避願望と人は言うだろう。たしかに飽きのきた仕事、離れて住む年老いた親の世話、体力も気力も衰えてくる自分……そのどれも、逃げられるなら逃げたいものかもしれない。


 目的のバス停で交通系カードをかざすと、美也子はさらに強い川からの風が吹く街に降り立った。美也子はこの先の学校で国語の教師をしている。今日もまた一日を乗り越えねばならない。



  一日の終わりに、美也子は朝降りたのとは道の反対側にあるバス停から、帰りのバスに乗り込む。車内はたいがい混んでいて、座ることなどとても出来ない。

 つり革に捕まって外を眺めようとすると、夕暮れの車窓に映る自分の顔は年齢よりも老けて見える。そこから目をそらし、朝の考えを続ける。


 旅に出て「もうここから帰りたくない」と思うほどの何かに出会ったら。

 そのときどうするか。

 では、旅から帰らなければどうだろう?


 知らない場所に居続けることはもう旅ではない。

 それはさすらいか、新たな日常である。


「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」(阿倍仲麻呂)


 子どもの頃、正月に百人一首のカルタをしてこの札を取るとき、そんなに深い詠嘆の籠もった歌だとは気づかなかった。

 けれど大人になった今、「ふりさけ見れば」という言葉に思いを馳せるようになった。それはどれほど遠い距離と時間を見はるかすことだったろうか。


 阿倍仲麻呂は、遣唐使として送られた唐の都で三十六年過ごした後に、ようやく日本へ帰国することを皇帝から許された。はなむけの席で、「この月は奈良に出ていたあの月なのか」と歌った気持ちはどんなものだったろう。

 ようやく帰るべき場所へ帰るはずだった仲麻呂は、しかし船を襲った嵐のためにそれは果たせず安南、いまのベトナムに漂着した。やがて唐へと戻り、故郷の三笠山の月を再び見ることはかなわなかった。


 仲麻呂が今一度見たいと思ったのは、かつて見慣れた優しい風景だったか。

 同じように年を取った縁者や知人たちの笑顔だったか。

 それとも…。


 ため息をつくような音を立ててバスが止まった。

 ヘッドライトの流れが眩しい甲州街道沿いのバス停で降りた美也子は、早足で最近越してきたアパートへと歩く。


 この辺りは元から豊かなのか大きな門のある農家の家々が連なる。泥棒よけなのだろう、尖った葉の柊を生け垣にしている家もあるが狭い歩道が通りにくいことこのうえない。それを家主はどこまで承知しているのだろうか。


 家路を急ぐようになったのは、中で待つものがいるからだ。

 旅に出たいという衝動も、いまはさほど感じなくなった。


 鍵を開けると、玄関でちんまりとお座りしているものがいる。

 赤い首輪がよく似合う、サビ猫のミミだ。


 猫の一生は人のそれよりずっと短い。

 従って彼らには、人より早く時が流れる。

 人の一日は、猫にとっての三日から五日に相当するのだという。そばにいたものが三日も帰らないとなれば、それはもう小さな旅だ。だから、こうして出迎えたいほどの気持ちになるのだろう。


「ニャア…」と甘えた声がする小さな額に、

「まつとしきかば 今かへり来む」

 美也子はそっとそう呟いて、温かく柔らかいものを抱き上げた。



了 

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旅に出るということ(家に帰れば猫がいる1) 天鳥カナン @kanannamatori

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