初めての遠乗りと祭りの思い出③


 当然のことながら龍と獅子の参加は認められず、武術大会は天煌様が圧倒的な力の差を見せつけて優勝した。


 広場の隅には天煌様に倒された参加者たちが寝転がり、肩で息をしている。


「ふん、他愛もない。あれでは、奴には肩慣らしにもならんだろう」


 私の隣で観戦していた炎獅が、倒れた参加者たちを見て鼻を鳴らした。


「じゃが、おもしろかったぞ! 若造が大男どもを次々と投げ飛ばしていくのは、見ていてなぜか胸がスカッとした。格闘技観戦というのも案外悪くないものじゃな!」

「ええ! すごくワクワクしました~」


 小龍と雛雀はいまだに興奮を抑えきれない様子で頷き合う。

 私も観客や獣たちが盛りあがっていたことと、天煌様が怪我もなく無事優勝できたことはうれしく思ったのだけど。


「何だか参加者たちが気の毒だわ」


 倒れてはいるものの、彼らに大きな怪我はない。

 だが、優勝をかっさらうような形になって、やはり申し訳ない気持ちになる。


「タダで稽古をつけてやったのだ。感謝されることはあっても、あわれんでやる筋合いはない」

「そうだぞ。この世は弱肉強食。強き者こそが正義だ!」


 天煌様と炎獅が傲然と言い放った。

 やはり、彼らには通じるものがあるようだ。


「それでは、表彰式に移ります。優勝した旅の一座の天煌さん、こちらへお越しください」


 広場の舞台にいた進行役の中年男性が、天煌様に声をかける。

 天煌様は観客たちの歓声を浴びながら、面倒くさそうに舞台の中央へと向かっていった。


「見ろ。あれが優勝賞品ではないか? あの荷車に干し肉を山ほど積んでいるのだ!」

 役人が引いてきた荷車を見て、炎獅が溌剌とした声をあげる。


「いいや、あれは光る珠じゃ! 大きな珠を運んでおるのじゃろう」

「まったく、馬鹿な獣たちですね。人間がそんなものを賞品に選ぶわけがないじゃないですか。これだから頭に己の欲望しか詰まっていない脳筋は」

「何じゃと!」

「静かにしてちょうだい。表彰式が始まるわ」


 騒ぎ出した小龍をたしなめ、私は舞台の中央に視線を戻した。

 進行役の男性が荷車にかかっていた布を勢いよく取り払って告げる。


「優勝賞品はこちら! 何と、米俵三俵です!」


 観客たちが「おおー!」と声をあげ、天煌様に羨望のまなざしを向けた。

 小龍と炎獅は米俵を見て絶句し、目を三角にする。


「優勝賞品が、ただの米じゃとぉ!?」

「詐偽だ! 米のどこが豪華なものか! 運営に文句を言ってやる!」

「やめなさい! 民にとってお米はとても貴重で豪華なものだからね。それも三俵だなんて、ずいぶん気前のいい運営さんだと思うわよ?」

「そうですよ。我々と人間では価値観が違うものなんです。恥ずかしいまねはやめてください」


 飛び出そうとする二匹だったが、私と雛雀に引き止められ、どうにか踏みとどまった。

 二匹とも体をぷるぷると震わせ、明らかに不服そうだ。

 天煌様もチッと舌打ちして不満を口にする。


「装飾品のたぐいだと思ったのだがな。翠蓮、あんなものだがお前にやる。都まで運ばせるか?」

「……え? あれを私に……?」

「ああ。お前のものだから好きにするといい」


 次の瞬間、私の頭にパッと妙案が思い浮かんだ。


「でしたら、あのお米は参加者と観客の皆さんに。均等にわければ、それなりの量を行き渡らせることができるでしょう?」


 民に対する後ろめたさも払拭できる良い案だと思ったのだが皆、目を丸くしたまま何も言おうとしない。


「あの、難しいでしょうか?」


 私は進行役の男性に視線を移し、遠慮がちに尋ねる。


「い、いえ、できないことはありませんが……。本当にそれでよろしいのですか?」

「はい。皆さんでどうぞ召しあがってください」


 観客に向かって微笑みかけると、怒濤どとうのような歓声が巻き起こった。


「まさかそんな使い方をするとは……。お前は本当にお人好しだな。考えることが全く理解できん」


 天煌様が私を不可解そうに見つめて肩をすくめる。


「すみません。私たちに食糧は必要ありませんし、祭りは民のための催しなので、こうするのが一番いいと思って」

「別に責めているわけではない。その方が持ち帰る手間もはぶけていいだろう」


 私は天煌様の言葉にホッとして、獣たちの反応をうかがった。


「俺様は干し肉でなければどうでもいい。米など人間どもにくれてやれ」

「光る珠でなかったのは非常に残念じゃが、仕方あるまい。優勝賞品は民の笑顔といったところかのう」

「おや、小龍も気のいたことを言うようになったじゃないですか」

「カカカッ、我は諧謔かいぎゃくや風流を解する気っのよい龍じゃぞ!」

「まあ、調子のよさだけは認めてあげますよ」


 獣たちは軽口を叩き合いながら朗らかに笑う。

 そんな彼らや米の配給作業に移る役人たちを見て、天煌様が苦笑いをこぼして告げた。


「では、帰るとするか。結局、お前には何も与えてやれなかったが」

「いいえ。一番欲しかったものはもらいました。皆と楽しく過ごした思い出を。ありがとうございます、天煌様」


 私は全開の笑顔でお礼を述べる。

 天煌様がくれたものは、私にとって宝石や装飾品よりずっと価値のあるものだ。彼が遠乗りに連れ出してくれなければ、皆を笑顔にすることも楽しい思い出を作ることもできなかった。


「なるほど。思い出というのは、こういうものなのか」


 何かを感じ取ったのか、天煌様が胸に手をあててつぶやく。


「俺もお前に礼を言おう。知らない気持ちを教えてくれて」


 微笑んで告げた天煌様に、胸を高鳴らせた直後だった。

 頬に素早く口づけを落とされ、私は心臓を大きく跳ねあがらせる。


「て、天煌様!?」


 声をうわずらせた私に、天煌様は悪戯いたずらな笑みを浮かべて言った。


「礼だ。礼や褒美は物でなくても十分だということを教わったばかりだからな」


 周りにはたくさん人がいて、獣たちも見ているというのに……。

 彼には羞恥心というものがないのだろうか。


「お礼は言葉だけで結構です!」


 私は全身に熱を覚えながら主張した。

 心臓に悪いから、こういったことは勘弁してもらいたい。せめて人前でだけは……。


 私たちの様子を見て、小龍は目を三角にしていたが、観客たちは更に盛りあがる。


 この日の出来事は私にとってうれしくも楽しくも恥ずかしくもあり、色んな意味で忘れられない思い出となった。


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