第3話『2040年:4月14日:11時37分』
数日後、僕はAPOSTLE総合病院に向かった。
目的は、負傷したクラスメイトの見舞いである。
「あ、輝彦くん!本当に来てくれるなんて、ありがとうございます」
1年A組は新しい教室を確保するまでの間だけ自粛を命じられていたが、特に成約がある訳でもないため実質の休日だ。
僕は彼女へ謝罪することを優先して、唯一の医療機関──APOSTLE総合病院へ向かうことを連絡したのだ。
「あはは、元気そうで何より。これ、気に入るかなと思って」
「まぁ、ガーベラ!」
僕が小さな花束を見せるや、彼女は嬉しそうに、その花の名前を口にする。
「よく分かったね。因みに花言葉は──」
「希望や前進ですよね?」
「これも知っているとは恐れ入ったな。そこまでお花に詳しいとは」
「ま、まぁ……子供の頃からお花は大好きなので、よく花言葉を調べてはお父様にプレゼントしたこともあるんですよ」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「なるほど。それで、右腕の方は大丈夫かい?命に別条はないと聞いているけど」
あの爆撃から逃げ遅れてしまった彼女は、その後ここAPOSTLE総合病院へ搬送された。
頬には切り傷、片足は打撲と痛ましいが、何よりも右腕全体が包帯でしっかりと巻かれていた。
「えぇ。まだ痛みますが、もう縫合されているので、あとは治るのを待つだけです」
表情を見る限り問題はなさそうだが、僕は静かに頭を下げた。
「あの時、僕は守り切ることができなかった。そのせいでこんな傷を負わせてしまった。本当にごめんなさい」
「そんな!何で謝るんですか!?貴方がすぐに動かなかったら、私はあの爆発に巻き込まれて死んでいたかもしれないんですよ?むしろ命の恩人ですよ!」
「そう言ってくれるなんて……ありがとう」
彼女の善意に少しだけ心が晴れるも、やはり自分の能力を活かし切れなかったことは自身の落ち度だった。
「そう言えば、テル君は何度かお見舞いに行ったことがあるんですか?」
「え?」
「どこか慣れているような気がしたんです。まだそこまで話していないクラスメイトに花束を渡すなんてこと……普通はそこまで配慮しないと思うんです」
一瞬、言葉が詰まった。
「……ご明察だね。昔、姉が入院していてね。よく花束を渡したんだ」
そう彼女に悟られないよう返事をしたつもりだが、ここまで察しの鋭い人だ。
「えっと、その……もしかして」
「あぁいや、そうじゃなくて、あの時のことが懐かしくてつい耽っていただけだよ」
「……そうでしたか」
すると彼女は再び笑顔になり、そこから暫く駄弁してから、僕は病室を後にするのだった。
「……ん?」
その帰り道、まさかの人物に出会う。
「やっぱりここにいたのね、聖城 輝彦」
銀髪の淑女、神屋敷 美智子。
理性院が人質に取られそうになったところを颯爽と助けてくれた彼女もまた、事件を最小限に抑えた人物だ。
「君もお見舞いかい?」
「お見舞い?……ふふ、随分と事態を易く見ているようね。私の目的は、貴方と接触することよ」
「どういうことだい?」
「自粛期間中でも、貴方がここに来ることは予想できていたの。貴方は彼女の命を救ったとは言え、同級生の右腕に怪我を負わせてしまったことに対して責任感を抱えていたのでしょう?」
「……あはは、まさかそこまで予想できたなんて。もしかして、前にどこかで会ったのかな?」
「貴方は単純なのよ。そういう顔をしているわ」
「どういう顔なんだい、それ?」
「まぁ立ち話もなんだし、テラスで話しましょ」
そうして病院を囲んだ庭園まで連れられると、彼女は自販機に寄っては僕に缶ジュースを差し出した。
「炭酸飲めるかしら?」
「飲めるけど……急にどうしたんだい?」
「私の指示に従ってくれたのだから、相応の褒美は必要でしょう?」
「ま、まぁ、そう言うのだったら……」
もう買ってしまった物を要らないと言う訳にはいかない。
僕はそれを手に取るや、彼女は開口一番、
「あの日、私達を襲った学生だけど、学園側の意思で抹殺されたと思われるわ」
「……え?」
彼女の告げた一言に衝撃を受けてしまう。
「急に何を言い出すかと思えば……」
「彼について少し調べてみたの。弟が日滅真理教に攫われた数日後、その黒幕が学園だと気づいたの。そして内々に調べていたそうなんだけど、噂を嗅ぎつけられたのか、彼もまた行方不明になったそうよ」
「そんな話……俄には信じがたいな」
一呼吸吐いてから、今度こそ炭酸飲料の栓を開けようとした矢先、
「そうね。これはあくまでも風の噂みたいなもの。生憎と証拠は持ち合わせていない……でも、これから話すことは間違いないわ」
「……というと?」
「あの事件は、偶然に見せかけて、私達を殺すよう計画されていたのよ」
「ッ!!」
驚きの余り炭酸から意識を逸らす。
「ッ急に何を言い出すかと思えばッ……ぐ、それこそ信じられないよッ」
「学園の構図は知ってる?」
「いやッ……ッそこまで。体育館から教室まではかなり距離があったとは思ったくらいだけど」
「学園は五稜星の形をしていて、中心に体育館や食堂などの全学年が使う施設が、そして頂点に私たちの教室があるの」
言われてみれば、教室までに長い廊下が伸びていたのだが、それ以外に特に曲がったり階段を登ったりはしなかった。
「長い廊下には研究室や会議室もあった……そしてその両端と中間に防犯カメラとセキュリティシャッターもあったわ」
「……え?」
「流石の最新技術といったところね。防犯カメラに関しては小さくて初めはよく気づかなかったわ」
「どうして分かったんだい?」
「休憩中に廊下を往復したのよ。中間にあったおかげで端まで往復せずに済んだわ」
大した観察力だ。
僕には全く気づくことができなかった。
「ここで質問よ。もし不審者が校内に現れて、真っ先に学園側がするとしたら何かしら?」
「今聞いた話なら、防犯カメラで不審者の位置を特定して、セキュリティーシャッターで動きを封じるかな」
「じゃあ何で私たちには廊下にいた不審者に気づいたのかしら?それは簡単、不審者が教室に来る前にシャッターが下されなかったからよ」
この発言には、流石の僕も妙に感じた。
「防犯カメラが実際にあったのなら、尚更早急に対処できたはず。今の貴方は、その原因を突き止める必要があると感じているはずよ?」
「……なるほどね」
恐らく彼女が示唆しているのは、その原因とは犯人を裏で操っていた学園と、ひいてはその弟を攫ったというカルト宗教──日滅真理教という訳か。
「君の言いたいことは分かった。……だが一つだけ訊いておきたい」
「ん?」
「学校の構図を知っているのは何故なんだい?それは本来ガイダンスで説明される予定だったんじゃないか?」
「あのロボット教師に訊いたのよ……あら?まだそれ飲んでないのね」
「ん?……あぁ、すっかり忘れていたよ」
「折角買ったんだから、着くまでには飲んでおきなさいよ」
「ん?……着くまでって、どこに?というより、今から何をするんだい?」
「そんなの決まってるじゃない……【探索】によ」
そうして彼女によって連れられた先は──立ち入り禁止のテープがびっしりと貼られ、側には花束が置かれた丸焦げの教室だった。
「一体ここに何の用……って!」
神屋敷は全く意に介さずテープの掻い潜り、爆心地へと突き進む。
「何驚いてるの?近くに行かないと分からないでしょ?」
「いや何で堂々と入れるんだい?」
「つべこべ言わず早く来なさい。怪しまれたら貴方のせいにするわよ」
「どうしてそう……はぁ、待ってくれ」
僕は少しだけ時間をかけてから中へ入り込む。
「分かっていたけど、大した威力だったみたいね。教室に一人でもいたら命の保証はなかったかもしれないわ」
「一体どうやってそんな爆弾を手に入れたんだ?」
「さぁね。その答えがここで見つけられると良いんだけど……ダイスロール」
神屋敷 美智子:
[目星(60)]<63:失敗
「焦げてて何も見えないわね……次は貴方の番よ」
「……ダイスロール」
(はい。それでは[目星]を振って下さい)
脳内から聞こえるアナウンス通りにロールを振るが、
聖城 輝彦:
[目星(70)]>10:成功
(おめでとうございます。爆発は四隅まで届いていて、机などの備品は木っ端微塵に破壊されたか、もしくは昨日のうちに回収されたと推測されます。特に
(やっぱり【探索】向きじゃないと難しいか)
(ですがここで[アイデアロール]を振ることもできます)
(アイデアロール?)
(成功確率は25%です。……特異技能を使うことをおすすめします)
(あまり彼女の前では使いたくないが……止むを得ない)
聖城 輝彦:
[祝福(95)]> 91:成功
[アイデアロール(25)]< 73:自動成功
(教室全体を飲み込むほどの爆発だったにも関わらず、床に穴が空いている様子はありません。元々防弾用に設計されていたのでしょう)
「ここの教室、相当に防弾に長けているのか?」
「言われてみればそうね……でもそれがどうしたのかしら?」
「いや、すまない。アイデアロールを振ったもので……[目星]では大した情報が得られなかった」
アイデアロール。
それは、論理的推察によって未知を切り開くための行動判定だ。
成功すれば、KPはその思考過程を解析し、既存の情報を再構築――つまり、新たな発見をもたらしてくれる(ただし今のように、その情報が今後何の役に立つのかは不明瞭である)。
ただし、例外がある。
もし提唱した仮説が、KPの演算結果と完全に一致していた場合、そのときだけはダイスロールを必要とせず自動成功(必然的な成功)となる。
「そう……でも妙ね」
「え?」
「私には、貴方が三回ダイスロールをした気がするんだけど?そのうちの二つが仮に[目星]と[アイデアロール]ならば、残り一つは何の技能かしら?」
「いや、気のせいじゃないかな?僕が振ったのは二回だけさ(流石の洞察力だ……やっぱり油断できないな)」
「……?どうして貴方がここにいるの?」
神屋敷が突然話題を変える。
それは僕に向かってではなく、その背後から歩み寄る人物に訊ねているようだった。
「それはこっちの台詞だ」
見覚えのある生徒だった。
長身で痩せ細った体つきで、眼鏡のレンズの奥にはクマができている。その様子は過労に慣れた新卒社会人のようだが、髪色は星雲のごとく神秘的な青色で、その異質な雰囲気を対照的に強めていた。
「たしか君は……あぁ思い出した、「合理的解決策」って言ってた人だ」
「知っているなら話は早い。俺はあの爆破事件について調べている。お前たちもそうなんだろ?」
「まぁそうだけど……」
「単刀直入に言う、俺と手を組まないか?」
それは唐突な提案だった。
「手を組まないかって……?」
「随分と味気ない言葉ね」
「俺が会話に使うのは必要最低限の言葉だけだ。それで、お前達はどうするんだ?」
「折角だ。仲間は多い方が心強いし──」
「生憎と、私は無意味に仲間を増やすつもりはないの」
自分とは正反対の回答に、僕は思わず彼女を振り返った。
「どうしてだい?何も断る理由なんて――」
「あの爆破事件で逃げることしかできなかった人物と協力なんて、私からすれば足枷に過ぎないからよ」
その発言はあまりにも冷淡で、どこか圧政を強いた皇女の風格らしきものを醸し出していた。
「なるほどな。要するに、俺が手を組むに値する人間か知りたいということだな?」
「えぇ、でも急に言われて何かできるのかしら?この教室で探索なんて、普通何の情報も得られないと思うけど?」
彼女はふっと唇を吊り上げた。
その微笑からは相手への侮蔑を感じさせず、むしろ反応を探るために、意図的に挑発しているような狡猾さが滲んでいた。
「それはどうだろうな……ダイスロール」
謎のクラスメイト:
[目星(85)]> 65:成功
[知識(75)]> 37:成功
[聞き耳(60)]< 82:失敗
[アイデアロール(99)]< 44:成功
「一つ失敗したが、まぁ良い。今俺は三つの情報を持っている。無論お前達が未だに掴めていない情報だ」
彼が平然と成し遂げた行動に、僕は思わず目を見開いた。
【ダイスロール】は、思考回路の演算速度に比例して振ることができる。
個人差はあるが、IQが90~120の人は5秒に1~2回、IQが120~140なら3秒に1~2回ほどか。
そして彼は、一秒間に四つのダイスロールを振った。
その事実だけで分かる。彼のIQを推定するものなら、160~190の間にある。
「私達が掴めていないという確証は?」
「予め[聞き耳]を立てた。俺のKPは『思考型』に設計されている。何ならお前達のKPのデザインも[目星]で当ててやるが?」
また【ダイスロール】のルールとして、同じ場所で同じ技能を二度以上振ることはできない。だがKPのデザインが【探索】向きであれば話は別だ。
「へぇ……気に入ったわ」
神屋敷はこれを聞くや否や、先程よりも怪しげな笑みを見せた。
「勿論タダでくれる訳ではないでしょう?一体何が欲しいの?お金かしら?今手元にはないけど明日まで待ってくれるなら100──」
「生憎だが、この程度で金稼ぎをするほど落ちぶれてはいない」
彼の口調には、人間特有の癖がなかった。
まさか彼の正体が、人の姿をしたAIなのではないかと疑わせるほどに、その口から発せられる声音には抑揚がなかった。
「じゃあ、君は何を求めるんだい?」
「俺が求めるのは、お前達に関連する情報だ」
「……というと?」
「具体的には、お前達の出身地、身長、体重、所持品、特技、得意および苦手科目、MBTI、
その瞬間、心臓が危機を伝えるように強く鼓動した。
新約クトゥルフ神話TRPG 伊庭 常娯 @NAGANO24
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