第2話『2040年:4月12日:10時50分』
生徒だけ取り残された教室にて、不安と戸惑いが渦巻く。
「一体どうしたんや、あのロボ先公?」
「ただのバグではなさそうだな」
「ね、ねぇちょっと待って、スマホに通知が来ていますわ!」
突然、各自に支給されたスマートフォンが一斉に振動し始めた。次の瞬間、以下の通達が浮かび上がる。
⸻
【全校生徒必読】《緊急通知:コードα発令》
午前10時50分、学内緊急対応プロトコル《コードα》が正式に発令されました。
該当する全ての関係者は、以下の指示に厳密に従ってください。
コードαとは、学園内に凶器を持った不審者が発見された場合に発令される非常通知です。
◼︎教職員の皆様へ
即時、第一職員ステーション(本館地下1階)に集合してください。
本プロトコルに基づく初期対応ブリーフィングが行われます。発令から10分後に点呼を取り、コードαの内容と対処を共有します。
◼︎全校生徒の皆様へ
現在地から移動せず、校内メールを通じて、次の指示が届くまで一切の移動・通信・外出は控えて下さい。
この通達は、生徒の安全を最優先とした対応の一環です。当課は迅速に発令解除のために対処しています。
国際探究学園・生徒安全課
⸻
「ふ、不審者!?」
そんなクラスメイトの叫びが、クラス中につんざいた。
それは波紋を起こし、次なる声を呼び寄せた。
「ははは……大変なことになっちゃったなぁ」
「チッ、面倒なことに巻き込みやがって」
「こんな白昼堂々侵入するなんて……まさか、『日滅真理教』の仕業なのか?」
そんな中で一人、ある人物が突然立ち上がった。
「はいはーい、ちょっとストップ!」
声の主は、ラフなパーカー姿にイヤーカフを光らせた金髪少女。彼女はこの事態にも関わらず、揚々と教卓前まで歩み寄る。
「嫌な空気けど、僕は生憎とこういうのが苦手なんだ。折角なんだしさ、何か楽しいことでもしようよ?そうだ!今から自己紹介をするのはどうかな!どうせ動けないんだし、気でも紛らわせなきゃやってらんないって!」
「じ、自己紹介!?この状況で!?」
「だからこそさ!皆は今不安で仕方ないんだろうけど、あんな高性能なロボットが何とかしてくれるんだし大丈夫だって!」
どこからそんな自信が湧いてくるのか、彼女は愉悦に満ちた様子で微笑んでいた。
「おいおい、何調子良いこと言っちゃってんだぁ?」
「おやおや?もしや君も反対なのかい?」
ある男子生徒が低い声でそう訊ねるも、
「………いいねぇそれ!!丁度レクリエーション的なのしたかったんだよなァ!」
「勿論さ!他にやりたい人は?」
「まぁ、言われてみれば不審者がここに来るとは限らない訳だし……良いんじゃないかな?」
「中々に面白い展開ですわね。ふふっ、ここは私も自己紹介をするに一票」
「ワシも皆と早よ仲良うなりたいわい!それに不審者が来たところで問題ないじゃろ!ガハハハハハッ!!」
その唐突な提案に、彼が食いついたことで、教室の雰囲気が良くも悪くも変わり始めたのだ。
「いやいやいや、ちょっと待って下さい!本当にそれで良いんですか!?不審者がこの学校にいるんですよ?自己紹介なんて呑気なこと言ってる場合じゃ──!」
「いや、これは合理的解決策だ」
すると、ある男子生徒がその話を遮った。
「行動が限られている以上、俺達にできることは、味方を把握することだ。万が一の事態が起きたとして、それを解決できる方法を模索していれば問題はないだろう」
「おやぁ?これは確定演出ですかなぁ?」
「な、何が合理的なんですか!?正気じゃない!こんな時におかしなことを言うのはやめて下さい!」
「合理とは必ずしも正当ではない。それと……この場で否定しているのはお前だけのようだが?」
「そんな訳!………え、嘘ですよね?」
「構わん」
「さんせー」
「良いんじゃね?」
「……ん(グッドマークを見せつける)」
皆、どういう訳か満更でもなさそうだった。
「まぁ、どうせここから出ちゃいけないんだったら自己紹介?……というより情報共有くらいしても方が良いんじゃないかな」
わだかまりのないよう、僕自身もそのように答える。
「あ、貴方達……危機感というのはないんですか?」
ごもっともだ。肯定したことに対する罪悪感が過ぎる。
結局のところ、彼女が選んだのは渋々口を噤むの一択だった。
「ってことで、トップバッターをしようかな。僕の名前は、
「へー、何のゲームが好きなの?」
「色々だよ。オンラインゲームから無料の広告ゲー。あ、でも最近はPVX(※ PlayVerse Xの略称。2040年1月に販売開始した最新のゲーム機)で評価4以上のやつを中心にやってるかな」
「え、それってどれくらいゲームしてるの?」
「うーん、ざっと20000時間かな?ま、そんなんもあってプログラミングとか電子工学にはすごく興味があるんだ。あ、ちなみにPCやインターネット関連の資格ならもうすでに20個は取ってるよ」
「20個!?そんなにもあるんか?プログラミングの資格って……」
「いやお前ら、コイツさりげなく20000時間って言ってたぞ?」
「それってどれくらいすごいの?」
「小中学校の授業時間が約9000時間だ。つまりその倍以上、彼女はゲームをしているということだ」
「ふぁッ!?」
彼女はよく見るギャルのように見えて、実は異色の経歴を持っていた。
だがこれは妙な話ではない。ここにいるのは全員、何かしらの能力に長けた天才級の生徒だけなのだ。彼らを測る際は、常識なんて考えは無為に等しいのだ。
「次は誰がする?もしいないんだったら僕が名指ししようかな……そうだな……あ、そこの君!」
「え?……えぇ!?わ、私ですか!?」
それは、先程まで反論していた敬語の女子生徒だった。
「そうそう。こういうのはやる気のない人を巻き込まないとアウェイになっちゃうでしょ?」
彼女の言うことには一理ある。
自己紹介を反対していたのは彼女だけだ。そうなると今後の学校生活で周りと気まずい関係になりやすいのは確かだろう。
「えっと……私は、
「理性院?……あぁごめんごめん!生け花が趣味だなんて風情溢れに溢れてるじゃん!」
「インテリアって……何や?」
「その、昔から外装や部屋のデザインを考えるのが好きで、和風でも洋風でも関係なく、心が癒される空間を作る仕事に就くのが夢なんです」
彼女の趣味に、何人かは好奇的に反応した。
「ホンマか!和が好きなのはワシも一緒やし、これから仲良くしようや!」
「あ、えっと、別に和が好きなんじゃなくて……でもよろしくお願いします」
「何で敬語なんじゃ?もうワシらは友達じゃ!敬語なんぞ使わんでええ!」
「あ、え、えっと……ありがとうございます?もし良ければ」
「ふふふ、敬語外せてないやん。でもまぁ、それがアンタの可愛さやな。ひと段落したらゆっくり話そな」
この感じ、恐らく彼女は馴染めることだろう。
「じゃあ次は……美智子ちゃん!」
不破が調子良く指を向けた先には
「……私なのね」
「今のところ、クラスの皆が一番気になってるからね!ささ、早く早く!」
「…………」
この流れに水を差すのは無粋と感じたのだろう、一瞬しかめっ面を見せた後、神屋敷 美智子は立ち上がった。
「神屋敷 美智子よ。折角の機会だから、貴方たちに三つ教えておくわね。一つ、私は嘘吐きが嫌いよ。一つ、私は無能が嫌いよ。そして一つ、私はこの学園で王の座に君臨してみせるわ。その為ならどんな手段も厭わない……それだけよ」
そう言い終えると、彼女は颯爽と座った。彼女の声、そして言葉の節々には確固たる信念が宿っているのが伝わり、彼女なら本当に「王」になれるのではないかと、考えてしまうほどだった。
「いいね!私、美智子ちゃんのこと好きになっちゃった!じゃあ次は誰にしようかな……」
「……ん?」
その時、僕の耳が不穏な足音を捉えた。
「じゃあ次は、そこの高身長の──」
「待て、何か聞こえねぇか?」
「え?」
さらに歪な呼吸音も聞こえ出し、周りも異変に気づき始める。
「えーっと……これ何か嫌な予感が」
「ん……(両耳を塞ぎながら)」
理性院が窓越しに廊下を見ると、
「ひッ!」
刃物を持った──この学園の生徒が、鬼の形相で教室に向かってきたのだ。
「こ、こっちに来てる!?」
「はぁ!?」
「がああぁあぁぁあああ!!」
叫んだ時にはすでに遅し。
不審者は化け物さながらの咆哮を上げながら、この教室に侵入したのだ。
「テメェら動くんじゃねぇ!!」
奴はナイフ以外に何かのスイッチを持っていた。
「あ、ああ、かは……」
「おいおい、こんなの聞いてねぇぜぇ!?」
先程まで楽しかった教室は、当然修羅場と化す。
ある者は恐怖で声も出せずに、ある者は冷や汗を垂らしながら暴徒を見つめ、ある者はショックのあまり気絶していた。
しかし妙だ。
てっきり学園外から侵入したのだと思っていたが、この不審者はどう見ても、僕らと同じ制服を着た生徒だ。
それに加え、彼は少なくとも、自分よりも高学年な気がした。
「……おいお前だ!来い!」
「ああ、あか……!」
「おい!アイツ気絶してんじゃねぇか!」
「理性院ちゃん!目覚まして!」
すると奴は失神した理性院を人質に取ろうとしたのだ。
(マズい!)
危険信号が過ぎるも、不審者から距離が遠くて間に合わない──その時、
「ダイスロール」
神屋敷がそう唱えた。
神屋敷 美智子:
[Dex*5(75)]> 15:成功
「うわッ!」
彼女は理性院を思い切り後ろへ引っ張り、間一髪でその魔の手から逃してみせたのだ。
「チッ!」
奴の狙いが神屋敷へ切り替わる。
今度はナイフを彼女の腹に目掛けて刺そうとした。
不審者:
[ナイフ(??)]> 45:成功
神屋敷は至って冷静だった。
刃の一点を見つめ、それが瞳に届く直前で、
神屋敷 美智子:
[絶対王者(50)]> 8:成功
[格闘(75)]> 20:成功
不審者:
[DEX*5(??)]> 8:自動失敗
左拳を下から上に突き上げた。
その一撃は、ナイフを支えていた手首に直撃し、何とへし折ってしまったのだ。
「威勢だけは、一流だったわね」
そう敵を見下ろす彼女の気迫は、格闘技を極めし者のそれだった。
「ッ!……クソ! クソッ! クソがッ!がぁあああああ!!こうなったら──!」
するとソイツは狂乱した様子でブレザーやシャツを脱ぎ捨て始める。
「逃げろ! ソイツ爆弾巻いてやがる!」
「何ですって!?こんな展開美しくないですわーー!!」
クラスメイトの一人が叫ぶと、ソイツは胴体に巻き付けたダイナマイトを見せつけ、
「テメェら全員道連れだァ!!」
そう言ってもう片方の手で起動ボタンを取り出す。
「おい!このままやと死ぬで!」
慌ててクラスメイトたちは教室の外へ逃げ出そうとする。
しかし動けない者が一人、
「……あ、あぁ」
「何してるの!? 早く!」
彼女を引っ張るも、もうボタンが押される間近だった。
(間に合う!ダイスロールだ!)
(かしこましました。祝福ロールと投擲を振って下さい)
聖城 輝彦:
[祝福(95)]> 83:成功
[投擲(60)]< 99:自動成功
「……グァ!」
奴の手首に小さな石粒が当たり、運良く起動ボタンが手から離れた。
「早く逃げるんだ!」
僕は神屋敷ともう一人を掴んだまま疾走した。
聖城 輝:
[祝福(95)]>54:成功
[Dex*5(85)]< 100:自動成功
そして全員が教室から逃げたのと同時に──ドガアァン!──爆発した。
教室内は白い輝きを放った後、凄まじい轟音と爆風で大破される。
ガラスの破裂音とクラスメイトの叫び声が共鳴する。
「大丈夫か?返事をしてくれ!」
「うぅ、大丈……痛ッ!?」
僕の声に理性院はようやく意識を取り戻すが、直後右腕に反射的に掴んだ。
「すまない。完全に守りきれなかった」
「……でも動脈は避けてるわね。早急に処置すれば問題ないわ」
その時、理性院は目を丸くした。
「神屋敷さんと……貴方は?」
「それよりも立てるかい?」
僕はこの凄惨な状況下にも関わらず冷静だった。
「あ、えっと立てます……うぅッ、痛い……」
僕と神屋敷は負傷者である彼女を支えながら、火花と硝子の散った廊下を歩く。
「あ!生きてた!大丈夫かい!?」
「何とか……それよりも先生に報告してほしい。不審者は自爆して、理性院さんが怪我をしたって」
そうして1年A組は入学式早々、恐怖の事件に巻き込まれたのだった。
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