デブセンでも恋がしたい。

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デブセンでも恋がしたい。

「ダイエットしないといけないんだよ」


 帰宅するなり、パパはそんなことを呟きながら大きく膨らんだお腹をさする。健康診断も毎回再検査で、その度つぶやいているから、まぁいつもの事だろうと適当に流しながら、パパの隣に寝そべって適当にスマホをいじる。


「タユナは痩せてていいなぁ」


 羨ましげに私を見ているみたいだけど、私からすればこのスタイルは〝ただ何もしていないだけのスタイル〟に過ぎない。

 特別運動をしている訳でも無いし、無理して食べていない訳でもない。ただ何となく少食で、ただ単に学校が遠くて、ただ何となくダンスが好きなだけ。頑張った訳でもないし、特別努力して得たものでもないから、個人的には何も感じない。


「パパも痩せよう。タユナ、一緒に走らないか?」


 パパがランニング用ジャージに身を包んだ。

 十回目ぐらいのダイエットが始まるのかと思うも、言葉にはせずに付き合うことにした。パパのランニングに付き合うと、決まって最後にコンビニで好きな物を買ってくれるから。そして自分はご褒美と何か甘いものを買う。それを見る度に、まぁ今回も痩せないんだろうなと心に思うも、やっぱり声には出さない。


 突然だが、私はデブ専だ。


 恐らくママの血を色濃く受け継いだが故の変態。太っている人を見ると意味もなく見てしまうし、購入するBL本は大概どちらも太っている。世の中細くて筋肉質の人の方が持て囃されているみたいだけど、私は違う。


 だって、筋肉質の人ってなんか怖いし。

 だって、ガリの人ってなんか気持ち悪いし。

 

 その点、太っている人はぽよぽよしていて、基本的に優しい人が多い。これは勝手な偏見だけど、だらしなくて運動が出来ない以上、それだけで人生におけるデバフを受けていて、彼らは総じて常時何かしらの攻撃を受けていることが多い、だから優しいのではないかと思う。


 事実、パパはとても優しいし。

 家でもママとずっと恋愛してるし。


 子供の頃、両親が愛し合っているのを寝ながら聞いていたけど、まぁとにかく凄い愛し方だったし、とても愛されてるんだなって分かる感じだった。ママもパパが好きなんだから、別にデブ専だからといって人生悲観する必要も無いのだろう。


 だって、ママ幸せそうだし。

 パパが太ってても「妊娠したの?」みたいな感じで笑っているし。

 私もそんな感じで笑っていたいと思うし。


 という訳で、私はデブ専だ。

 対して、私は細めの部類に入る。

 おそらく、冠言葉に可愛いも付くだろう。

 

 ママから受け継いだ真っすぐな黒髪、パパから受け継いだ綺麗な二重、大きすぎない鼻、口だって小さいし、顔の輪郭もとても整っている。耳だけちょっと大きいけど、それはむしろ好印象を与えるだけで終わるはずだ。


 スタイルもいい。

 胸は十六歳という年相応のBカップだけど、これで充分だ。


 腰周りもパパのランニングにたまに付き合うからかしっかと細いし、太ももやふくらはぎもかなり細い部類に入ると思う。性格だってパパ譲りの優しい性格だ。基本的に怒らないし、何か言われても怒る前に面倒臭いが先に出て、相手の前から逃げてしまう。


 でも、彼氏はいない。

 というか、私の周りに太った人がいない。


 世の中のおデブちゃんは相当に偏見を持たれてしまうからか、小学校中学校と誰一人として太った人がいなかった。いろいろな男の子に告白されたりもしたけど、全部断った。


「私、太った人が好きなの」


 大抵、この言葉を伝えると、みんな私の前からいなくなる。誰も太ってまで私を好きになろうとは思わないらしい。別に私も太っていれば誰でもいいという訳でないし、付き合って行く内に段々と肥えてくれれば、それでも構わないのだ。


「いずれ太らせるけど、それでもいい?」


 私の告白に対する返事は、つまりはこういう風にも受け取ることも出来る。受け入れてくれれば全力で相手を肥やすことに尽くす自信もある。その為の料理の勉強もママから学んだし、付き合ってくれれば毎日お弁当食べさせて、ドカ盛弁当食べさせてモチモチに太らすことだって可能だ。


 でも、世の中デブはデバフだ。

 誰も好き好んで太ろうとはしない。


 だから、私も無理に太らせようとは思わない。

 必ず相手の承諾を得てから太らせたい。

 だって、そうじゃないと幸せ太りとは言えないから。


「秋鮭さん、急に呼び出してしてごめんなさい」


 背の小さい、百五十五センチくらいの男の子から手紙をもらった。

 下駄箱に手紙を入れるとか、ずいぶんと古風な感じな感じだ。

 相手は背が小さいけど、私はそれ以上に小さいから、まぁお似合いなんだと思う。


 手入れのされた髪形、前髪で目が隠れない程度に伸ばした髪は、けれども左右できっちり刈り上げされていて。細いシルエットに男の子らしいくない細い手足は、はたから見たらお人形さんのような印象を私に与えてくる。


 この人は太っても、多分身長は伸びないんだろうな。小さいまま端正な輪郭は丸くなって、二重アゴがたぽたぽして、お腹はタヌキさんみたいに丸くて大きく膨らんで、それを見た私が「妊娠したの?」って微笑んで、それを彼も笑って。


「一目惚れしました、良ければお友達から始めませんか」


 いつもの言葉を受けて、いつもの言葉で返した。

 迷う素振りを見せるも、結局は御断りの言葉で終わる。

 やっぱり世の中はおデブちゃんに対して相当に厳しいらしい。

 しばらくはパパでいいや、お腹の膨らんだパパを見て、それで青春を終わらせてしまおう。 

 無理に恋愛に生きる必要もないしね。


 パパが死んだ。


 飲酒運転のトラックと、居眠り運転のトラックの間に挟まって死んだ。

 速度も凄くて、パパの荷物が無かったらパパが被害者だって分からなかった。

 運転手二人もフロントガラスを突き破って正面に出たみたいで、運転手二人とパパが混ざり合ってひとつになっちゃって、全然どれがどれだか分からなくて、それはもう、葬式なのに棺桶の中は作り物のパパしかいなくて、大きかったお腹も何もかも空洞になっちゃって、全部空っぽになっちゃって、ママも大泣きして泣き崩れて、パパから動けなくて、私もっ空っぽになっちゃって、全然、何も出来なくて。


 私も、空っぽに、なっちゃって。

 

 慰謝料とか保険金とか一人親支援とかあしながおじさんとかで、私とママはこれまでと変わらない生活を送ることが出来た。ママは毎朝三人分の朝ご飯を作るし、私は隣にいるはずのパパを感じながら横になり、ありもしないお腹をもとめてふよふよと手を泳がせてしまう。


「ちょっと、走ってくる」


 一緒に走った道も前と同じように走ったはずなのに、いつもよりも全然早くついちゃって、なんのご褒美ももらえないのに一人でコンビニに入って、好きな物を手にしてそのまま動けなくなって、店員さんが心配するぐらいに大泣きしながら帰宅して、でもやっぱりリビングで横になって。太っていたパパがいなくなったせいで、家がとても、大きくなった感じがして。


 私はデブ専だ。

 心の穴が大きすぎて、どうやっても埋めることが出来ない。

 いずれ心の穴は埋まるのかもしれないけど、今は全然、埋まる気配がしない。

 

「秋鮭さん」


 いつかの告白してきた男の子が、私の家を訪ねてくれた。着慣れないスーツ姿で、スーツが人を着たような服装で、それでも精一杯の真剣な顔で、私の家を訪ねてくれた。家に入ると、彼はそのまま仏間へと行き、パパの遺影の前で膝をそろえて座って、リンを鳴らした。


 リンの音が大嫌いだった。

 パパがいないって音で教えてくる。

 ふとした瞬間にいるんじゃないかって思えるのに、いろいろな事象がパパを否定する。

 ママだって必死になって抵抗している、毎朝のご飯に、洗濯に、準備に。ママの行動は全部パパがいた時と何も変わらない。だから私も変わらない、変わりたくない。だってパパは空っぽだったから。あんなのがパパだなんて認めたくなかったから。私は認めないから。


「秋鮭さん、僕じゃ、君の心の穴を埋めることは出来ないのかな」


 出来ないんじゃないかな、だって君、痩せてるし。

 でも、いずれは太ってくれるのかな。だとしても、今は無理。

 

「いまは、むり」


 二度目の告白は、前とは違う言葉で終わりを迎えた。

 どういう風に受け取ったのかは知らないけど、彼はそのまま家を出て、それから来なくなった。私も学校に行かないといけない、パパがいない朝はとてもつまらないけど、それでも毎朝三食分食卓に並ぶけど、私はそれを普通に受け止めて、いただきますを言葉にする。


「ただいま」


 パパが帰ってきた夢を見た。夢だって途中まで分からなかった。だって夢の中のパパは、私と同じぐらいの年齢まで若返っていたし、なんだか異世界帰りみたいな感じで語っていたから。痩せていて、けれども優しくて、それでもママを愛していて、とてもパパらしかった。

 

 ママに夢の話をしたら、ママも似たような夢を見たって言っていた。それでまた泣いた。パパはきっと異世界転生してしまったのだろう。私たちの知らない世界で、私たちの所に帰るために毎日戦っていて、きっと魔王とかそういうのを倒したらこっちの世界に帰ってくるんだ。


 パパは死んでない。 

 パパは生きている。

  

 ママと二人でそう納得して、その日からは、ママが作る朝食は二人分だけになった。

 帰ってきたらめいっぱいご馳走を用意するから、その日が来るまで楽しみはお預け。


 それにしてもパパ、痩せてることを喜んでたな。タユナって私の名を呼んで、抱きしめてきて、そのあとお腹が当たらないことを喜んで、にっこりと笑顔を作って。なんだ、痩せたらパパって結構可愛い顔してるんじゃんって、その時、夢の中で思った。


 太ってる人が好きなんじゃなくて。

 好きな人だから太っててもいいんだ。

 

 その日、私は手紙を書いた。

 下駄箱に手紙を入れる時は、物凄いドキドキした。

 こんなの毎回やってたのかって思うと、なんだか申し訳なくなった。

 

「タユナさん……この手紙」


 急いで走ってきたのが分かるぐらい顔が真っ赤、汗もたくさんだし、息も絶え絶え、そこまでして走ってこなくても大丈夫なのに、でも、だから分かる。この人はきっと私のことを愛してくれる人。パパがママを愛したように、同じぐらい好きになってくれる人。


 だから、今はもう、大丈夫だから。

 ダメだけど、きっと、大丈夫になるから。


 もしかしたら、好きすぎて太らせちゃうかもしれないけど。


 それでも、ずっと好きなままでいられるように、たくさん愛してください。


 



「これがパパの若い時の写真なの?」

「うん、パパ、昔はかっこよかったんだよ?」

「へぇ……」


 なんだ、ママと付き合ってた頃のパパ、全然太ってない。

 デブセンかと思ってたのに、違ったのかな。

 でも、一番好きな人にめぐり合わせてくれて、ありがとうね。

 今でもずっと、大好きだよ。

 おやすみ、パパ。



 




  

  






 

 

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