僕の残念な巻き戻しは、妖怪の気配と共に!?

弥生 知枝

間の悪い僕の、ちょっぴり運の悪い中学校生活


光生こうきは、何でいつもこうなるんだ?」


 友人・優斗ゆうとの心底呆れた声が頭上から降って来た。

 僕はと言えば、階段の踊り場で、頭から花瓶の水を浴びて、床にへたり込んでいる。水を滴らせる僕に手を差し出しながら、彼はさらにぼやき続ける。


「タイミングって言うか、運……? いや間が悪いって言うか」


「ふへへ」


 居たたまれない僕は、間の抜けた笑い声をあげつつ優斗の手を借りて、ゆっくりと立ち上がる。「花、ついてんぞ」と言いながら、さらりと頭に触れた彼の手が、カスミソウを摘まんで離れて行く。

 目の前の優斗の、残念なモノを見る、哀れみも露な視線に返す言葉もない。


 直前を進んでいた女生徒が、僕らを見ていたんだろう。半笑いで「うっわぁー」と呟きながら去って行く。


「だってそうだろ? 体育館の移動式スコアボードをずらした直後に、前に立ってた奴が倒れて下敷きになってみたり。工作室で落とした消しゴムを拾うはずみで、何台もある糸鋸のコンセント抜いちまったり。他にも色々あったよな」


「へへっ……」


 優斗が挙げた数々の愚行は、間違いなくここ数日で僕がやらかしたものだ。笑い声を唇から零しつつも、気持ちはずんずんと沈んで行く。


(ホントなら、僕だってもっと格好良く何とかしたいんだよぉ)


 彼に見えない様に、俯きながらぎゅっと唇を噛みしめる。


(僕がハイスペックな人間なら、きっと)


 貧血で倒れた女子が、背後のスコアボードに後頭部をぶつけそうなら、さっと間に割って入り彼女を抱き留めるだろう。

 糸鋸を使うクラスメイトが手を切りそうなら、さり気なく手を貸してサポートするなり、助言したりできるはずだ。

 こぼれた花瓶の水で、階段を落ちる女子がいたら、花瓶の落下を防ぐか、あるいは彼女を受け止めるだろうけど。




 僕は、彼女の代わりに花瓶の水を被るので、精いっぱいだったんだ。




 ◇ ◇ ◇




 10秒。




 たったの10秒、呼吸で言えば3回分。

 僅かすぎる時間でしかないけれど、それを自在に巻き戻せるとなると話は違う。

 人智を越えた神の領域として、崇められる神業となるのだ。



 僕は幼い頃、その力を手に入れた。



 まだ六歳でしかなかった僕は、お盆休みに家族に連れられて、お父さんの実家がある山村を訪れていた。その日は地元の人達の集まる、小さな神社のお祭りが催されていた。

 日も暮れかけ、涼しくなってきた頃、御祖父ちゃんが「光生こうき。祭りさ、行くぞ」と、従姉弟と僕を祭りに連れ出してくれた。

 そこには幾つもの提灯に照らされた境内に、鼻孔を刺激する様々な食べ物や、色とりどりの玩具やお面を売る屋台が並んでいた。


 まだ幼い僕の初心な気持ちを浮き立たせるには、充分すぎる魅力を持った光景だったんだ。


 従姉弟と手をつないでいた御祖父ちゃんの静止の声も聞かず、好奇心のまま駆け出した僕は、案の定迷子になった。そして気付けば、人気のない神社の一角に迷い込んでいた。


 ぱら……ぱら、かさ……


 そこは玉砂利が敷き詰められた所で、少し前に陽の落ちた辺りは、夜の青と夕陽の残滓の朱が混じり合う仄暗い色に包まれていた。さ迷う僕の後ろでは、玉砂利の転がる音が響いた。それは、背後から何かがつけてくる焦燥感を生み出して、僕は半泣きで進む足を早めた。


 駆ける僕の足元は、玉砂利から石畳に変わり、祭りの喧騒が近付き。もう少しで、御祖父ちゃんの居る境内に戻れる、そう思った時――


 ひたひたひたひたひた ひた ひた ひた  ひ た  ひ た  ひ  た


 真後ろに迫った足音に、僕は硬直し


「邪魔するな!! 僕は先をいそぐんだからーーーーーーーー!!」


 叫んで、駆けだした。

 いや、駈け出そうとしたけれど、背後から強く引かれる力を受けて、仰向けに倒れた。


 ひ た  ひ た  ひ  た   ひ   た ………


 転がったまま何が起こったのか確かめようと、頭上――背後だった場所に向けて視線を動かした僕の視界に、白い小さな足が写った。


 僕よりも小さな足。


 けれど、その上にあったのは、薄暗い景色にぼんやり青白い光を放つ大きな丸に、ニヤリと口角を上げた大きな口で――――――



『 おさきに 行くのが好みなら そうして生きて行けば よい 』



 言い置いて、丸い身体をふよふよ揺らしながらソレは、悠々と来た道を戻って行った。


 無我夢中でソレとは逆方向に駆けに駆けた僕は、無事に御祖父ちゃんの元へ戻ることができた。それで全部終わったと思ったのに、以降僕にはアイツの声を聞いた時間と同じ――10秒を巻き戻す力が備わっていたんだ。



 ◇ ◇ ◇



『きゃあぁぁぁっ!!』


 ドドドド・ゴッ


 僕が巻き戻す前の10秒では、一人の女生が階段から転げ落ちていた。


 嫌な音が聞こえたから骨折もしているかもしれない。打ち所が悪ければ、もっとひどいことになっているかも。だから、僕は結果を見る前に力を使った。


 何が原因となったかは見えていた。階段の踊り場に置かれた花台の上の花瓶が突然倒れて、砕けたガラスや溢れた水、そして花々に、階段を降りかけていた女生徒が足を取られたんだ。



 だから、10秒を戻す!



 集中すると全身を後ろへ引かれる感覚に包まれ、目の前に真っ白な光の玉が現れる。その塊が凄まじい勢いで膨れ上がり、光線となって四方八方へ飛び散った。


 時戻しの感覚が晴れた僕は、無我夢中で花瓶と女生徒との間に滑り込んだ。


 で、今現在。僕は頭からびしょ濡れになっているわけだ。


光生こうき。なんでお前、急に歩く方向を変えてこんなトコに飛び込んだんだよ。お陰で、ドンピシャに水引っ被ることになるなんて、どんだけ運が悪いんだ?」


 優斗ゆうとが手慣れた様子でポケットからハンカチを取り出し、僕の頭と顔をガシガシと拭いてくる。


「だよねー。僕のスペックの低さが恨めしいよ……」


「スペックって。トラブルに遭遇する回数がやたら多いのは、光生こうきの運動神経がどうこう言う以前の問題だと思うけど」


 彼の言う通り、中学生となった僕が突然のトラブルに遭遇する回数はやたらと多い。日に一度は当たり前だ。――言うより、この学校では僕が結果を変えずにはいられない突発的な事故が多いのだ。


 溜息を吐く間もなく、ごう、と凄まじい音が響くと同時に、グラウンドに面したガラスがガタガタと音を立てた。


「おい!? なんだよアレ!??」


 次から次に起こる異変にうんざりしつつ、優斗の声に促されて、彼の視線の先を追えば、周囲の生徒らも口々に騒ぎ立てて同じものを見ていた。

 校庭を巨大な蛇がのたうつように、横向きのつむじ風がグネグネと砂埃を舞い上げて居座っている。


 グラウンドには、体育を控えた生徒たちが集まっていたが、突然発生した超自然現象から逃れようと、散り散りに校舎に向かって駆け出していた。だが、縦横無尽にグラウンドを這いまわる風の動きは速く、走る生徒らに見る見る迫って行く。


 その風の渦が、グラウンドを取り囲む樹木を横凪ぎにし、校舎の三階に届く大きな木を根本から引き倒した。そのままひときわ高く舞いあげると、逃げ惑う生徒らの頭上に一瞬留まり――。



 10秒を戻す!



 結果を見るまでもない。あの続きなんて何もないはずがない。けど、戻したからといって僕に何が出来る!?


 今回ばかりは三階の窓際の僕と、グラウンドとの距離がありすぎて、駆け付けて何かをすることはできない。それなら大声を張り上げて、さっき見た木の落下予想地点から生徒を遠ざけられないかとも考えたが、強い風の音のせいで、僕の声など掻き消されてしまうだろう。


 打開策が見付けられないまま、時戻しが発動したときの後ろに引かれる感覚がやって来る。


(何も思い付かない! どうしよう!? どうしたら良い!?)


 心の中の呟きが、いつの間にか焦りに任せて声となって溢れ出していた。


「何かしなきゃ! 僕は何をしたら良いんだ!?」


「そのまま、時間を戻してくれぃ!」


 聞いたことのない声が傍で響いた。かと思えば、ブチブチと何かを引きちぎる音が続いて、僕の視界いっぱいに真っ白いものが割り込んで来た。


「あとは、オレに任せろぅ!」


 ヒーローショウでしか聞かない言葉を現実で聞いた時、想像だにしていなかった力強さを感じてしまった。



 ◇ ◇ ◇



 10秒後の僕の目の前に現れたのは、どこかの教室から毟り取られたであろう何枚ものカーテンが、暴れ狂うつむじ風に紛れて空中を舞い、逃げ遅れた生徒らに巻き付いて、彼らを校舎そばまで運ぶ様子だった。


 生徒らを攻撃圏内から逃したつむじ風は、そのまま勢いを衰えさせ、現れた時と同じく忽然と消え去る。


「いやいやいや、強引が過ぎるだろ!?」


「結果オーライっしょ」


 思わず突っ込んだ僕の隣で、ヒーローショウの台詞を語ったのと同じ声が、力強く断言する。一体何者だと振り向けば、やたらと背の高いがっしりとした身体つきのジャージ男が、白い歯を見せてニカリと笑い掛けて来た。


「キミ、ここの二年生だよね? センセーに、ちょっと事情聴かせてもらおっか」


「は? 先生?」


 思わず返した僕だ。目の前のジャージ男に見覚えは無い。もしかしたら新任の教師なのかもしれないが、10秒をやり直した時に教室のカーテンを引き千切って投げていたはずだ。生徒でも駄目だが、先生ならもっと駄目なんじゃないだろうか。


「そ。体育教師とは世を忍ぶ仮の姿! 真の姿は一反木綿の力を受け継ぎ、暴れる妖気溜まりとなったこの世宇海中学校の安全を守る、影のヒーロー・布貴ふき 大雅たいがとはオレのことだぁ!」


「おい、光生こうき……何やってんだ?」


 唖然とした僕の背を、優斗ゆうとが突いて説明を求める視線を向ける……が。


「いやいや、今のは僕じゃないでしょ!? 無関係だよね!?」


「ちょぉっとまったぁ! 無関係なんて言わせねーぜ? この布貴センセーの眼は誤魔化せないぞ、べとべとさんの力を受け継いだキミ! そう、確か二年生の光生こうきくん、だったな!」


 やばい奴に面が割れたらしい。と言うより、話の中に引っ掛かる箇所が幾つもあって、呆然とした僕だ。――が、ヒーローばりにアツイ男・布貴先生は、目まぐるしい展開に付いていけない心を整理する時間を与える気は無いらしい。両肩をしっかりと大きな手で掴んで、晴れやかな声で畳みかけて来る。


「よもや味方が居るとは思ってもみなかったが心強い! これから、共に学校の安全を守って行こうじゃないか!!」


「へぁ!?」


「次の授業がありますから、俺らはこれで失礼します」


 間の抜けた声しか上げられない僕の腕を引いて、優斗ゆうとが強引に布貴先生の手から解放してくれた。だが先生は大人しく僕を解放してくれる気は無いらしい。


「ちょ! 待てって!」


 追い縋って再び僕を掴もうと右腕を伸ばした布貴先生に、優斗ゆうとが片方の口角を上げて廊下の向こうを指し示す。


「布貴先生には、校長先生の方からお話があるみたいですよ」


「へ?」


 間の抜けた声を上げた布貴先生の背後から、いつも通りビシリと紺色のスーツを着こなした、ロマンスグレーのイケオジ校長先生がにこやかに近付いて来る。だが、笑みを象った目に宿る瞳は眼光鋭く、有無を言わさない迫力を湛えている。


「布貴先生……? 赴任早々、学校設備を破壊して何をやっているんですかな? ちょっと話を聞かせてもらいましょうか?」


 学校のヒエラルキートップに立つ校長先生に、一体育教師(しかも新任)である布貴先生が逆らえるはずもない。僕にちらちらと救済を求める視線を向けつつ「あの、いえ、そのっ」とヒーロー形無しの狼狽え方をしたまま、連行されて行った。

 気になる話もあったけど、あの先生に関わると、情報を得る以上に受けるダメージや不都合が大きそうだ。僕は、出来る限り彼を避けようと心に決めた。


「おつかれーっしたー」


 校長先生にドナドナされて行く布貴先生の後ろ姿に、優斗ゆうとがわざとらしく挨拶の声を張り上げる。


「んじゃ、教室もどろっか」


 一件落着とばかりに僕が言えば、優斗も「だな」と言い掛け――クワッと両目を見開く。


「それより着替えろ! 風邪ひくぞ!!」


 凄まじい剣幕に僕はタジタジになるが、無意識に顔が綻んでしまう。昔から、何かと僕の面倒を見てくれる優斗の優しさが嬉しくて。


「体操服あっか? なけりゃ、俺の貸してやる!」


 不思議な力の秘密や、それを活用して大きな活躍をすることは、勿論魅力的だ。


 けど、僕には――友人と小さな思い遣りを交わす、些細な幸せの方が大事に思える。だから僕はこれまで通りの間の悪い奴として、ちょっぴり運の悪い中学校生活を送っていきたいと思うんだ。

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僕の残念な巻き戻しは、妖怪の気配と共に!? 弥生 知枝 @YayoiChie

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