凡人、運悪く最狂と鬼退治をする。

蠱毒 暦

Memory:異世界ズモモシ

汚染ポルゥテ



——鬼族が暮らしていた壁に囲われた町が突如、跡形もなく溶けるように暗黒色に染まった地面に沈み、逃げ遅れた女や子供は悲鳴を上げる暇も与えられず容赦なく消えていく。


瞬時に屋根に避難して何とか生き残った鬼達が、殺意を丸出しにして門の前にいる赤茶色の髪の少女と黒髪の男の2人組へ襲いかかった。


……



唐突だが自己紹介…僕が今まで何をしていたのかの話をしよう。


高校で被服部の部長をして、その裏では、モテない男の代表である異端審問官の議長をしていた何処にでもいるような、現在大学1年生。


その大学1年生というのも…今となっては懐かしい。何せ、僕は高校での失恋(僕の片思い)とか諸々の理由で、自殺したのだから。


……その後。というか死後に出会った胡散臭い男によって【異世界アリミレ】という世界にこの体のまま転生して、そこで『最狂』を召喚し…何やかんやあって…今に至る。そこでは、本当に色んな出会いや別れがあった。


僕なんかよりも凄い人達や、性癖が真逆で話にならない竜、僕の事を信じて恋人になってくれた人まで。


でも僕はその全てを捨てて…いや、なかった事にしてか。今は、とある目的の為に『最狂』と一緒に旅をしている。


そんな僕の名前は……


「おい。凡人…ワシが戦ってる間に勝手に回想に入るなよ。契約…否。『契り』を交わしている以上、そういった心の声も全部、ワシにも入って来るようになった事を忘れたか?」


「えっ、それは初耳なんだけど!?」


僕よりも体格の良さそうな鬼の首を、足を絡めて力技で引きちぎり、鮮血を辺りに飛び散らせて『最狂』…エンリは僕の方を見た。


「…うっ…」


「?あー。うぬ、そういうグロは苦手じゃったな……よし」


首がない死体の胴体に左手を突っ込み、臓物を取り出して、僕に見せつける。


「ほれほれ。鬼の心臓じゃ。これは…胃かのぅ…ほう。見よ凡人!まだ消化されておらん溶けた人間の頭が…」


「っ!?エンリさんや。僕が戦いに参加せずに突っ立ってたのは謝るよ。だから、嫌がらせしないでくれないかな!?」


「ハッ…大体、うぬが行き先を間違ったから、こんな事をしておる事を忘れたか?」


「…そ、それは…」


そう。僕達は【異世界アリミレ】から【異世界ズンモシ】に向かおうとしていた……が。


「ふん…所詮は凡人。運に見放されとるくらいは知っとったしのぅ。」


「ちょっ、落胆しないで!?ただの手違いだから……っ!?」


鬼の1人が僕に放った槍をエンリが右手を前に出して受け止めた。貫かれた箇所から血が滴っている。


「…あ、ありが…」


「うぬが死ねば、『契り』によってワシも死ぬからの…勘違いするなよ凡人。」


即座に左手で刺さった槍を引き抜き、エンリの頭上から金棒を振り下ろす鬼の首を薙いだ。


「っ…うわっ!?」


エンリに斬られた頭が、僕の側に落下して右頬に血が付き…エンリは槍を適当に投げ捨てて、距離を取っている鬼へ向けてため息をついた。


「がっかりじゃ…よもや、ここまで弱いとは。この世界の頂点とは……聞いて呆れるわい。」


一瞬、エンリは僕に目配せした。数秒くらいでその意味を理解した僕は…


「わ…分かったよ。でも、」


「…言わずともよい。不愉快じゃ…」


エンリはぐちゃぐちゃになった右手を瞬時に再生させて、首元にある銀色のチョーカーを外して、鬼を睨んだ。


「来い…雑魚。ワシが教育し直してやる。」


……



食物連鎖において、この世界の人類は1番上に位置していない…鬼はその上位に存在している。


故に【異世界ズモモシ】では、人類は鬼という吸血鬼の亜種によって、支配されている。


数多の魔族や魔物と比べてみても、圧倒的な戦闘能力や人間に近い事もあり、生きる上での知恵も持っている…所謂、万能型だからだ。


「っ、酒だ。美男はまだか!!美女でもいいぞ!!!」


よって、その鬼の中でも1番優れていてこの世界に存在した他の魔物や魔族、魔王を単独で屠った存在である鬼の王ヘラクレーアは、生態系の中でも最上位に君臨していると、言わざるを得ない。


「……あ?誰だテメ…」


だが…今日。知る事になる。


この世界の外には、自分よりも強い存在がいる事に。


……



正面に少女とぼんやりと人間の男がいたのを認識した瞬間、俺は真下から顎を殴られて、気づけば、空の上にいた。


山岳地帯にある全部で38箇所あった町が消失しているのが…ここからだと、よく見え…て……


「ぁ…!?」


少女が空気を蹴り上げて、俺に接近して来るのが視界に映って、攻撃しようと四天王を撲殺した強靭な拳を少女に放つが、それを片手で受け止められてしまう。


「なっ!?」


「ワシの番じゃな…耐えてみよ。」


がっちりと右拳を掴まれ固定された状態で、体勢を入れ替えた少女の右手が俺の腹部を貫く。


「ほれ、ほれ、ほれ、ほれ、ほれ、ほれほれほれほれ…」


「がぁ…!?あぐ…!?おごっ…!?ぐぇ…!?がぅ…!?げぇあぁがばがぁあがァ…!?!?」


段々と貫く速度が上がり、俺の腹部が抉られながら、背中から地面に落下した。その衝撃で地面が大きく陥没し…俺の屋敷は跡形もなく破壊された。


「おい、この程度で死ぬなよ…鬼。」


「…あ、が…ォ…」


少女は俺の右拳から手を離し、何故か距離を取った。


「…え、エンリさん…最初から容赦がないというか…熟女相手にそんな……」


「余興にはまだ早いぞ。下がっとれ…凡人。」


俺は、再生能力を抉れた腹部に優先させながら、部屋に置かれた巨大な棍棒を右手で持つ。


「お…面白え。テメェ…名前は?」


「『原初の魔王』『抑止力』『最古の呪い』と言えば…魔物や魔族であれば分かるじゃろ?」


(そうかい…とっくに、滅んだって聞いてたって噂だったけど……)


俺の様子を見て『原初の魔王』…遥か昔に魔物や魔族を産みし、我らが母は首に巻かれた銀色のチョーカーを外して、狂笑を浮かべた。


「一瞬で片がつくのはつまらんからの。魔眼も権限も使わずに…ちゃんと戦ってやろう。来い…教育してやる。」


「くはっ…そいつぁ…助かる……っ!!」


先手を譲られた俺は、小さくなった母へ接近して、金棒を振り上げた。


「良い、ワシに反抗せよ…そうでなければ、つまらん。」


母は闇から漆黒色の大鎌を取り出し、魔王を叩き潰した全力の金棒の一撃を受け止めた。


「で…次はどうする?」


「……っ」


戦況は最悪だが、俺には見えて…否。俺の体に流れる祖先の血が訴えている。遥か昔。全盛期の母には絶対に無かった…弱点を。


俺は金棒から手を離し、本気の速度で背後に回った。母は逃げた俺を追撃しようと振り返るが…その足をすぐに止めた。


「…どうだい。これで手が出せないだろ?」


「……。」


「こ、これは、野生の熟女の香り、その胸のボリュームといい…すいません、無礼は承知で聞きますけど、貴女は未亡人ですか!?」


「は?まあ………………そうだけど。」


「!?!?…エンリ!!僕の事は気にするな!!!!…もっと堪能してた…っぐ!?」


うるさい男の口を首を少し絞める事で、黙らせて、俺は母の様子を伺うが、寧ろ楽しげに笑っていて、持っていた大鎌を闇の中に収納していた。


「人質…人質のう…ハ、ハハハハハハハ!!!心底下らん…無駄に知能を持たせると、こんな無益な行動をするのか…くくっ。」


それが…俺にとっては不気味で、ついムキになってしまう。


「あぁ?…だが、止まっただろ??」


「あぁ…すまん…あまりの下らなさに笑ってしまった…良い。茶番にしては楽しめた。では7割使うぞ…凡人。」


【——砕け。割れろ。砂塵となりワシの糧になれ…幸福も平穏も、永遠すらも…等しく終わりを告げる。顕現せよ……】


母が何かを呟くのが聞こえた俺は、奥底に眠っていた生存本能が働き、首根っこを掴み全速力で、この場を離脱する事を選んだが、視界が黒一色に染まった時点で、全てが遅いと悟った。



——呪縛永劫回帰天呪い蝕まれし、悲しき生命



世界が闇に包まれ、全身がひしゃげ、内臓が腐敗し、闇に沈み…俺の意識はとろけて消えた。


……



「目覚めたかの?」


「……あ。」


確か僕は…僕好みの巨乳で熟女で未亡人…しかも俺っ娘という超絶激レアな鬼に捕まって……その後、エンリが………あーあ。


「………。」


ふと、エンリの柔らかい小さな膝の上で寝ていた事に気がついて、僕は飛び起きた。


「っ!?あ、いや…これはその…」


「ふん。膝枕程度で、情けないのう…女に対して、免疫が無さすぎじゃな凡人は。では迅速に退け…ワシの足が痺れそうじゃ。」


「え?分かってると思うけど、別に恥ずかしい訳じゃなくて…命乞いをしようというか、むしろ僕は巨乳で熟女の未亡人が好みだし…いや待って。よくよく考えたらそんな事言ったり、思ってたりしてたら、アンに怒られそう…まあつまり、エンリみたいな体型にはグッと来ないんだ…ぐっはぁ!?」


僕には見えないレベルの速さで立ち上がったエンリに鳩尾を殴られて…地面に蹲って悶絶する。


「…ぅぅ…何でだよ。」


「凡人。服が血で汚れた…着替えを作れ。ワシが気に入るモノでなければ、呪い殺す。」


「またかぁ……あ。すぐ作りますよ!!エンリさん、だから殺さないでね!!!」


産まれ直したから僕はもう『盆陣』ではなくなってるっぽいけど……未だに魔力量だけは多いし、エンリの呪いには耐性があるって…今回で分かっただけでも、よしとしよう。


僕は痛みで体をぷるぷるさせながら、エンリから渡された布や裁縫道具で服を縫い始める前に僕はエンリに聞いた。


「あ…エンリ。村の方には…」


「村にいる人間は無事じゃよ。範囲を絞ったからのう。どうじゃ…このワシの配慮は。」


「うん…ありがとう、エンリ。」


何故かそっぽを向くエンリを一瞥してから、服を縫う作業に戻って…その数十分後に完成させた。


「出来たよエンリ…折角だし、鬼の衣装を作ってみたんだ。」


「…鬼のう。随分とタイムリーじゃな…ほれ、着替えるから、いいと言うまで後ろ向いとれよ。凡人。」


「いやいや、別に興奮とかしないけどなぁ。巨乳で熟女で未亡人でもなければ、そんな…」


「…変態。」


「……。」


エンリに物凄く強く睨まれたので、僕は後ろを向いて待つ事にした。決して屈した訳じゃないよ。


「………良いぞ。ワシを見る事を許す。それにしても、意外と動きやすくていいのう。」


30分後。僕はエンリに向き直ると…僕の予想通り、服装もそうだが、僕が作った鬼のツノのカチューシャがよく似合っている…けど、色合い的に、やっぱりあの銀色のチョーカーが邪魔だな…リミッターの役割を果たしてるらしいからないと困るんだけど…う〜ん。これは、今後の課題かな。


「うん…エンリ、一応、念のため下着も作っておいたんだけど…」


「は?いらん。死にたいか凡人?」


案の定…即答された。だが、僕はめげない。


「パンツ穿かないと、病気になるよ?」


「ハッ…言い残す言葉はそれだけかの?」


よし…やめよう。やめ時は大事なのだ。こうやって、じわじわとエンリを攻め続ければ、いずれ僕の苦労が報われて、エンリがパンツを穿く日が…


「果たされる事はないと断言してやる。」


「……」


く、クソっ!!やっぱり、僕の声がダダ漏れなの狡くないか!?いくらなんでも、僕が不利すぎるし…エンリの心の声も聞けれさえすれば、ウィンウィンになるかな…いや、うん…でも…


「…ま。今はいっか…エンリ。まずは村に戻って報告しよう。その後は【飽食亭】に行ってスロゥちゃんに今度こそ【異世界ズンモシ】に転移させて貰いに行こう…それでいい?」


「【飽食亭】か…ふん。そろそろ…料理人の料理に恋しくなってきた頃じゃし…料理が食べれるなら、従ってやってもいい。」


瞬間、僕の脳に稲妻が走った。そうか…【飽食亭】には僕の尊敬すべきあのお方がいるじゃないか!!!何故、僕はそれに気づかなかったっ!!!!!


「いいね!それ…スロゥちゃんは普段怠けてるから食べる時間もありそうだし…よしゃあ!!グラ様と久々に会話できるっ!!!」


「うぬ…料理人への敬意が気持ち悪い方向に行っとらんか?もはや信仰に近いというか……」


そんな会話を繰り広げながら、僕達は山を降りる。あ…自己紹介がまだ続きだったな。


今更になってしまったが、僕の名前は…玉川たまがわ やすり



たとえ鬼だろうが、『原初の魔王』だろうが…自分の性癖を決して曲げない…ただの凡人だ。


                   了










































































































































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