ハリネズミ系彼氏

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿

ハリネズミ系彼氏

 犬系、猫系、うさぎ系。


 この世には様々な男子がいる。


 そんな中、ふと気がついた。


 私の恋人は、多分、ハリネズミ系だ。


『食っちゃ寝してる。やっぱりハリネズミだ』


 午後十二時半。


 ようやく起床した彼が、全身を覆い隠すモフモフの毛布から腕だけを出して枕元の床をまさぐっている。


 そうしてジタバタと手を動かし、丸いお煎餅を掴んだら毛布の中へ腕を引っ込めていった。


 バリバリと硬い咀嚼音が聞こえてくるのを考えるに、おそらく彼は布団の中でせんべいを食べているのだろう。


 彼の怠惰な姿と、スマートフォンの画面に映っている、寝袋の中で餌を食べているハリネズミの姿が見事に合致していた。


 画面を覗き込んでも、あるいは直接前を見ても、いずれにしろ癒しの光景が広がっていて幸せだ。


『かわいいなぁ。でも、おせんべい三枚じゃ足りないだろうな』


 休日だからということで、今の今まで眠り続けていた彼だ。


 夜食、朝ごはん抜きの空腹を煎餅数枚で満たすことはできないだろう。


 私は彼の元まで行って、ペロリと毛布を捲った。


 差し込む薄明りに彼が嫌そうに目を細める。


「おはよう」


 声をかければ、彼は少し間を置いてから酷くがさついた声で「おはよう」と返事をした。

 普段よりも小さな音が堪らなく愛らしい。


「起こそうと思ったのに、なんで潜ってっちゃうの」


 光を嫌がって顔を背ける彼がモゾモゾと布団の奥へ引っ込んでいく。


 その姿が、数分前に見ていた絶対に巣から出ようとしない引きこもりハリネズミの姿と重なって、心臓がキュンと鳴った。


 つい揶揄って頭をつつけば、彼が嫌そうに頭を振る。


「まだ起きたくないから。寒い。閉めて」


「部屋に暖房つけてるもん、寒くないよ。出ておいで」


 彼は再度、頭を横に振った。


「寒い。眠い」


「でも、お腹空いてない?」


「空いた」


「ミートソーススパゲティ作ったよ」


「食べる」


「じゃあ、出てきなよ」


 料理の話には嬉しそうに声を弾ませていたくせに、いざ出てこいと声をかけるとブンブン首を横に振る。


 気持ちは痛いほどよく分かる。


 強い食欲を抱いているからと言って素早く目覚めることができるかと問われれば、それはまた別の話なのだ。


『朝に比べれば室内も温かいけど、布団から出たら、やっぱり多少なりともヒンヤリするからな。毛布のぬくぬく感は別格だよ』


 加えて、彼は昨夜風呂に入っていないから、起床したらシャワーを浴びなければならなくなるのもマイナスポイントなのだろう。


 先のことを考えたら起きたくなくなるが、すぐ目の前には昼食がぶら下がっている。


 怠惰な心と食欲が喧嘩しているのが、布団の中で寝返りを打ち、「うぅ~」と悩ましげに唸る姿から察せられた。


「相変わらず、引きこもりのものぐさちゃんだね」


 かわいくて仕方がないから手を差し込んで、ホクホクに温まった彼の頬をムッチリ掴む。


 すると、文句を言われたと思ったのか、彼がこちらの方を向いて軽く睨んできた。


「引きこもりじゃないけど?」


 毛布に引きこもったまま、彼はトゲトゲの毛を逆立てて威嚇している。


「だって、お布団から出てこれないじゃん。お出かけも面倒くさがるし。昨日も買いだしに行くの、渋ってたし」


「確かに渋ったけど、でも、結局お買い物したじゃん。俺は引きこもりナマケモノじゃないよ」


「そうだね、怠惰なハリネズミさんだもんね」


「そうそう、ハリネズミ……え? ハリネズミ?」


 驚いた彼が目をまん丸にして困惑がちな声を出す。


「ハリネズミもお家、というかお布団が大好きなんだよ。出たくないって駄々をこねるの。ほら、これなんか似てない?」


 毛布の中にスマートフォンを差し込んで、巣穴でくっちゃ寝するハリネズミや掃除で家を追い出されて慌てるハリネズミを見せる。


「久々に見たけど、ハリネズミ可愛いね。意外とお腹がモフモフで。あ! ハリネズミ用の布団ってモフモフなんだ。そりゃあ、出たくなくなっちゃうよ」


「ね。それでさ、ハリネズミと貴方って似てるなって」


「俺とハリネズミが? 流石に気のせいじゃない? 俺、こんなトゲモフの愛らしい小動物じゃないよ。もっとカッコいいよ」


「カッコいいけど、どっちかって言うとかわいい系じゃない? 貴方は」


「俺が!? 俺はかわいい系じゃないでしょ。萌え袖とかしないし、なんか袖にモコモコがついてる服とか着てないよ」


「かわいいとブリッ子は別だって」


「いや、まあ、それはそうだけどさ」


 モニョモニョと文句を言う彼が納得のいかない表情でコテン、コテンと首を傾げる。


「似てるよ、全面的にハリネズミに」


 警戒した時に柔らかな針を立てて縮こまる姿も、怒る時は基本的にカウンター形式で、自分からは積極的に人を刺しに行かない姿も、慣れない環境が苦手で慌ててしまう割に、時間が経つとふてぶてしくなるところも。


 全部が全部、かわいらしい。


『家にきたばかりの時も緊張しっぱなしで、何をするにも私の許可をとってたな』


 クッション使っても大丈夫?


 冷蔵庫、勝手に開けて平気?


 シャワー借りてもいい?


 家に来て約三か月が過ぎるまで、彼はそんな様子で常に縮こまっていた。


『早くくつろいでくれるようになったらいいって、最初はそんなことばっかり考えてたな。どこにいても居場所がないみたいで、安心できる場所なんかないって振る舞いだったから、早く自分の家が彼の家にもなるといいなって思ってた。今じゃ、すっかりふてぶてしくなっちゃったけど』


 堂々と寝そべってゴロゴロと転がるようになった布団。


 ガサゴソと冷蔵庫を漁って、私が購入しておいたオツマミを無断発掘する後ろ姿。


 夏場はパンイチでうろつくようになったリビング。


 時折、小憎たらしくもなるが、私は無防備でふてぶてしい彼の方が好きだ。


『いや、でも、付き合ったばかりの頃はスキンシップ取った時の反応もとんでもなく初々しかったような? キスしたら顔を赤くしてたし、抱き着いたら緊張して体温を爆上げしながら硬直してた。あと、初めの頃は緊張してた分、今よりもシッカリしてたと思う。お皿を洗ってくれたり、お風呂洗ってくれたり、掃除とか料理してくれたり。今でもしてくれないわけじゃないけど、でも、あの頃の方がしっかり者ハリネズミだった気がする』


 怠惰なハリネズミを鑑賞する楽しさが上か、あるいは働き者のハリネズミにお世話される喜びが上か。


 冷静に考えれば考えるほど、今と昔でどちらの方が良かったのか甲乙つけがたい。


 明確に分かっているのは、何だかんだ、今も昔も彼が大好きということだけだ。


「急に固まってどうしたの?」


 ぼんやり考え事をし始めたせいで口数の減った私を彼が不審がる。

 ずっと毛布の中にいたのが少し前に出て、ホコホコの顔を露出させているのが堪らない。


「いや、ちょっと昔のことを考えてただけだよ。それにしても凄い寝癖がついたね。毛布に潜ったからだよ、そんな変な寝癖がついちゃったのはさ」


 バシャンと跳ね上がった水の塊のような、ダイナミックな形になった彼の髪をモフモフと撫でて笑う。


「毛布に潜るの、気持ち良いんだもの。それに、どうせシャワー浴びるからいいんだよ」


 毛布から這い出て布団の上で座り込んだまま、グッと背伸びをする彼が言う。

 どうやら、ようやく起きる気になったらしい。


「そっか。そしたら私、スパゲティ温めておくよ。その間に貴方はシャワー浴びておいで」


 うん、と小さく頷いた彼が、何故か再び毛布の中に潜っていく。


 十数分後、スパゲッティを温め終わって帰ってきた室内にはスヤスヤと眠りこける彼がいた。


 リラックスしきっている寝顔が、まるで入浴中に寝落ちしてしまったハリネズミのようだ。


 あの仰向けになった無防備で怠惰な姿の彼氏版が見られるとは。

 尊い。


『かわいい! けど、やっぱり寝落ちしちゃったんだな。そんな気はしてたよ。だって、起きるって言いながら布団にもぐって行くんだもん。そりゃあ、こうなるよ』


 自分も寝落ちと二度寝、三度寝の常習犯だから分かる。

 こういうのは勢いが大事なのだ。


『仕方のない人だな』


 スパゲッティはまた温め直せばいい。

 私は食事を諦めると彼の隣に潜り込んでホクホクの体に抱き着き、静かに目を閉じた。

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