第四話「この恋は、海に溶ける」
色とりどりの光の粒が、ひらひらと夜空に落ちていく。続いて連発の花火が打ち上がり、海面に色が反射する。そのたびに燈は瞳を同じように輝かせながら見上げていて、その様子を見ているだけで私まで嬉しくなった。
人間の私にとっては見慣れた花火だけど、人魚の燈にとっては見たことのない景色だと思うと、その初めては私で良かったと思った。
「海音……。花火って、すごいね……」
燈の小さな声が聞こえる。
私は「うん、綺麗だよね」と返す。
彼を見ていると切なくて、私の胸が痛む。花火の音がいったん小さくなった頃、燈は私の手を握りなおして言った。
「きみがぼくに見せてくれる世界は、ぜんぶ素敵だ」
「良かった……」
本当は、燈にはもっと地上のいろんな景色を見せてあげたかった。青空や虹、夕焼け、桜の並木道、燃えるように赤い紅葉。だけど、今こうして一緒に見上げている花火だけでも、私には奇跡のように感じられた。夏祭りの魔法にかかったみたいに、世界が輝いて見える。
ふたたび、大きな花火が夜空を彩る。隣には、青い浴衣をきた人間の姿をした人魚。それは私にとって、花火よりも、なによりも、特別だった。空も海もキラキラしていて、まるで私たち二人は、星空に囲まれているみたいだ。
燈は一瞬、目を閉じて、なにかを耐えるようなつらい表情をした。
「大丈夫……?」
「ちょっと息が苦しいけど、なんとか平気だよ」
私を見つめて、優しく微笑む。
「……海音、聞いてほしいことがあるんだ」
その声はいつも以上に静かで、胸にしみこんでくる。
「ぼく、きみのことが、好きになったんだ」
ドクン、と大きく心臓が鳴った。頭の中が真っ白になり、どう答えていいか分からない。
「返事は、しないで……」
私が固まっていると、燈は困ったように言う。
「ただきみに、伝えたかったんだよ。ありがとう、って」
その瞬間、燈が青白い光りを放ちはじめる。
「燈……! 大丈夫なの?」
「きっと魔法が、切れかけてるんだ。無理をしたからね……」
苦しそうな顔をして、小さくつぶやく。彼の人間の足が、ゆらゆらと波の泡みたいに溶けていく。
「だめ、消えちゃ嫌だから!」
私は取り乱しながら、燈の細い腕をつかむ。彼は優しく私の手に触れて、申し訳なさそうに笑う。
「ごめん。どうしても君と、歩きたかったんだ」
私の胸は、引き裂かれる思いだった。人魚である燈が人間の足で歩くことは、大きな代償がともなう。命まで奪いかねないと知っていたはずなのに、私は気づかないふりをしていた。涙がこみあげてきて、どうしたらいいか分からない。
「やだ、嘘、やめてよ……」
燈の全身から、淡い光がこぼれはじめる。
「何とかならないの!?」
私が叫ぶと、燈は苦しげな呼吸をしながら言った。
「もしきみが、一緒に海へ来てくれるなら、ぼくは……」
頭の中が真っ白になった。それって今の生活を捨てることだよね……。家族やクラスメイト、少しずつ動き出した日々を置いていくなんて、そんなの……。頭の中でいろんな思いがぶつかり合い、涙が頬を流れおちた。
「燈……。私は……、一緒にいたいよ! でも……」
言葉にならない叫びが、どんどん溢れてくる。すると、燈はいつもの穏やかな表情でうなずいた。
「わかっているよ……。きみには、大切な世界があることを……」
私は感情が抑えきれず、大きな声で泣き出した。
「燈がいなくなるなんて、そんなの、やだよ……」
燈の身体は、少しずつ夜の海を背景に溶けていく。あんなに綺麗だった青い髪が、今はその色さえも失っている。
「ありがとう、海音……。ぼくは、そんなきみが好きになったんだ。だから、泣かないで」
泣かないでなんて、無理だ。涙が止まらない。大きな花火の音がどんと響くなか、私はもう何も考えられず、消えそうになっている燈を強く抱きしめる。このまま一緒に海へ行けば、燈は助かるのかもしれない。でも、それは私の人生をすべて捨てることになる。
「本当に……消えちゃうの?」
燈は私の耳もとで小さく「ごめんね」とささやいた。その声が震えているから、私の涙はますますこぼれ落ちた。
燈の体が空気に溶けるように見えなくなっていく。泡のような光のかけらが宙に漂い、夜風にまぎれてしまう。
「いやだ、消えないで!」
私は泣き叫ぶけれど、最後に燈はいつものように微笑んで、「好きだよ」と言った。
「私も! 私も、大好きだよ、燈……!」
指先が空をかいたようにすり抜け、もうそこには誰の姿もなかった。私はただ、波打ちぎわに一人ひざをつく。
花火の最後の音が、遠くで響いた。燈の気配はもうどこにもなかった。涙が止まらず、身動きもとれないまま、夜の海と闇に取り残されていた。
両腕で自分を抱きかかえるようにして、私はすすり泣く。
「さようなら、燈……。ありがとう」
その言葉をつぶやいて、私は浴衣の袖で涙をふいた。震える足をなんとか動かして、街の灯りが見えるほうへゆっくり歩き出す。家族やクラスメイトのいる世界へ戻らなくちゃいけない。
だけど、あの美しい人魚の少年のことを、私は一生忘れない。この恋はきっといつまでも私の心の海に溶けて、これからも彼のことを思い出しながら生きていくんだろう。
大好きだった。本当に好きだったんだと思う。泣きながら、砂浜を歩き続けた。
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