ダンデライオン
及川いさざ
Dandelion
中学生の春、私は人生で一度の、大切な恋をした。
「先輩、今日も遅刻してたでしょ?」
放課後、帰宅部の私と先輩は、昇降口でよく話していた。私はその時間が好きだった。
先輩は、踵のつぶれたスニーカーに履き替えながら言った。
「本当はサボろうと思ってた」
田舎の小さな中学校で真面目な生徒が多い中、先輩は遅刻・欠席に加えて、制服をかなり気崩していた。純粋だった私は、先輩の少しヤンキーっぽい悪いところに惹かれた。
「あーあ、ダメなんだー」
私の頭を撫でた後、
「
と先輩は大きな口を開けて笑う。私よりも大きな手で、私の頭を撫でる先輩にドキドキした。
今思えば私は、先輩に妹としてしか見られていなかったのかもしれない。それでも先輩が、私を特別扱いしてくれるのが、嬉しかった。
―――――――――――――――――――――――
中間テストも終わり、梅雨に入り蒸し蒸しする6月下旬、生徒会主催のレクリエーションがあるらしい。生徒会から手繋ぎ鬼と、リレーのチーム分け表が配られた。
その日の放課後も私と先輩は、いつも通り昇降口にいた。
「レク同じチームじゃん」
私と同じように、先輩も私の名前を探してくれたことが嬉しかった。
「そうだね、サボらないでね!」
卒業してしまう先輩との思い出が欲しかった私は、釘を指しておいた。
「どうかな」と言って笑う先輩は、とても楽しそうだった。
レクリエーション当日、捕まえる宣言をしてきた友達に捕まり、私も鬼になった。私は先輩を捕まえたいと友達に言った。私の先輩への気持ちを知っていた友達は、快く協力してくれた。
友達と手を繋いで先輩を探す。
走り回り、少しずつ長くなった列で先輩を囲み、ついに先輩を捕まえることが出来た。
先輩は当たり前のように私の隣に割り込み、私と手を繋ぐ。
「来ると思ってた」
私が先輩に言い返そうとした時、次の標的に向かって走り出す手に引っ張られた。それぞれ違う方向に走るので、長くなった鬼の列が千切れる。真ん中にいた私と先輩だけ取り残され、2人で手を繋ぐ。
本当はずっと2人で手を繋いでいたかったけど、それは不自然だし、2人とも負けず嫌いだったので、まだ逃げている人を捕まえることにした。
気が付いたら最後の一人が捕まったらしく、終了のブザーが鳴った。私は手を離したくなくて、先輩の手をぎゅっと握る。先輩も握り返してくれたのに、ステージの上から
「整列してください、次の競技の説明をします」
という生徒会長の声が聞こえ、2人の手は離された。
そして、先輩に会えない夏休みが始まった。
―――――――――――――――――――――――
夏休み明け、いつもの昇降口で先輩が言った。
「受験勉強あるから前みたいにあまり残れない」
私は寂しい気持ちが悟られないように、
「頑張ってね」
と精一杯の笑顔をつくったけど、先輩にはバレてしまったみたいだ。
「これとそれお守りに交換してくれない?」
それとは私が夏休み中に買ってつけた、先輩によく似たライオンのマスコットだった。
「あ、でもこいつボールチェーン緩くなってるかも」
先輩は、自分のスクバからシャチのマスコットを外して、私に差し出した。
「落とすなよ」
と言いながら私の頭を撫でる先輩。
「絶対落とさないよ」
私も先輩も、交換したマスコットを、さっそくスクバにつけた。
それから先輩は、本格的に受験勉強に取り組み、ほとんど会えなくなった。
―――――――――――――――――――――――
3月5日、卒業式。
式は無事に終わり、在校生でアーチを作り卒業生を見送る。私は先輩が来るまでは笑顔で卒業生を見送れていたのに、先輩がいざ目の前に来ると涙が溢れて止まらなかった。
「泣きすぎ」
笑いながら私を撫でる手は、いつもより強く、私は更に泣いてしまった。
卒業生全員を見送ったあと、昇降口に残っていた先輩と私はいつもの様に話していた。うちの中学校では、第2ボタンではなく、ネクタイと名札を貰うのが定番だった。私は前々から先輩と約束していた。高校受験が控えていた先輩は2個ある名札のうち1個だけ私にくれた。曲がった安全ピンが先輩らしくて、愛おしかった。
―――――――――――――――――――――――
新学期、友達に言われて、私は先輩に貰ったシャチをなくしたことに気がついた。スクバにつけていたはずなのに。ボールチェーンが緩くて、気付かないうちに外れて落としてしまったのかもしれない。
私は、その事に気が付かなかった。
先輩への気持ちもシャチと一緒に、無くしてしまったのかもしれない。ふわっと軽く飛んでいく、たんぽぽの綿毛のような初恋の終わりだった。
私は先輩の名札を撫で、机の中に大切にしまった。
ダンデライオン 及川いさざ @oikawa_133
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