第3話
「決して僕から離れないで下さいね。僕は出口を知っています。さてと、少女はどこに居るのかな?」
住職はそう言って、右手を大きく振った。すると、今まで視界を奪っていた白い霧が晴れて、周りが見えるようになった。しかし、そこには建物は無く、ただの白く広い空間だった。
「ここは精神世界だからね。見ようと思えば見える、何もないと思えば何もない。僕はもう、少女を見つけたよ。ほら、あそこに
と住職が指を指した方向へ蓮宮も目を向けた。すると、誰もいなかったはずの場所には、白い雪ダルマが一つ置かれていた。
「雪だるま?」
蓮宮が言うと、
「あなたにはそう見えているのですね? 僕には学園の制服を着た少女の姿が見えていますよ。僕が見ているのは、少女の精神が作り出した姿。蓮宮さんが見ているのは、蓮宮さんが作り出した姿。でも、雪だるまって」
と住職が笑った。
「仕方ないでしょ? 精神世界なんて初めて来たのだから。それより、見つけたのなら、早く彼女を連れてここを出ましょう」
蓮宮が急かすように言うと、
「そうですね、今はあなたの意見に賛成です」
住職はそう言って、蓮宮の手を引き、少女の近くまで行った。
「月島ひかりさん、助けに来ました」
蓮宮がそう言って、月島ひかりに手を差し伸べると、その後ろから黒い手が伸びてきて、蓮宮の腕を掴もうとした。その時、住職が素早くその黒い手を払いのけて浄化して言った。
「少女は既に亡者に食われていますね」
「もう助からないの?」
蓮宮が聞くと、
「少女の霊魂が少し食われみたいだけど、まあ、ここから出られれば回復するでしょう。とにかく、早くここを出よう」
住職はそう言って蓮宮の手を引いて、蓮宮は月島ひかりの手を引いて、霊界の出口へ向かって走った。
彼らの後ろからは邪悪な気配がして、蓮宮は振り返った。
「亡者が追って来るわ」
蓮宮が言うと、
「蓮宮さん、もう出口が見えています。あれが出口、決して見失わないように、少女を連れて走って下さい」
と住職が言って、蓮宮の手を離した。
「あなたはどうするの?」
蓮宮は分かりきった事を敢えて聞いた。
「もちろん、亡者を食い止めます。だから、早く行って下さい」
住職はそう言って、亡者の方へと向き、法力を使って亡者を食い止めた。
蓮宮はそれを確認すると、月島ひかりを連れて出口へ急いだ。しかし、その足に黒い手が伸びて掴まれそうになった。
「しつこいわね」
蓮宮は一枚目の御札を投げつけた。すると、黒い手は霧となって消えた。蓮宮はまた出口へ向かって走るも、中々辿り着けない。住職が出口を見失わないようにと言った言葉を思い出した。
「まさか、あれは出口じゃないの?」
蓮宮は二枚目の御札を出口へと投げつけた。すると、出口は消えて、御札が本物の出口の方向へと導いたあと消えていった。
「出口はこっちね」
蓮宮が本当の出口へ向かって走ると、その出口へはどんどん近付いていった。しかし、今度は出口付近に亡者が現れ、蓮宮たちを阻もうと襲ってきた。そして、蓮宮は三枚目の御札を亡者たちに投げつけて、そのまま出口へと飛び込むように走り抜けていった。
蓮宮と月島ひかりはあの踊り場に出ていた。
「助かったようね」
蓮宮がそう言って、月島ひかりを見ると、彼女は虚ろな目をしたままゆらゆらと不安定に立っている。
「あまり無事ではなさそうね」
蓮宮はそう言って、月島ひかりを学園長と石田の居る結界の中へ入れて、
「まだここから出ないで。私は行ってくるから、あの門が閉じるまではここを出ず、言葉も発しては駄目よ」
そう言葉を付け加えて、自分は再び霊界へと戻っていった。
「住職! まだ生きているのかしら?」
と蓮宮が声をかけると、
「ああ、もちろん。少女は無事かな?」
と住職の返事が返ってきた。
「ええ、ちょっと変だったけど生きて出られたわ。住職、どこに居るの?」
蓮宮が聞くと、
「ここだよ。早く来てよ」
と住職が答えた。それでも、蓮宮には住職の姿は見えない。蓮宮は住職の言葉を思い出した。ここは精神世界、見ようと思えば見えると。
蓮宮が心を落ち着かせて見てみると、亡者に押しつぶされそうな状態の住職の姿が見えた。
「あら、大変」
蓮宮は急いで住職の元へ駆けつけると、
「霊力を消耗して、このままだともたない。君の霊力を分けてもらえないかな?」
と住職が言う。
「それしか方法がないなら分けてあげてもいいけど? その方法が分からないわ」
蓮宮が言うと、
「僕は手が塞がっているからね。君の両手を僕の両肩に乗せて、僕に霊力を送るようイメージしてくれればいい。あとは僕が君の霊力を受け取るから」
と住職が答えた。
「分かったわ」
蓮宮は住職に言われた通り自分の両手を住職の両肩に乗せて霊力を送った。
蓮宮には、自身の霊気が住職へと流れていくのを感じた。暫くして、住職の霊力が回復したようで、強い霊気を放って、群がっていた亡者を吹き飛ばした。
「蓮宮さん、出口まで走りますよ」
住職はそう言って、蓮宮の手を引いて出口まで走った。
二人は揃って霊界の門を出ると、住職はすぐさまその門を閉じた。
「蓮宮さん、助けに来てくれた助かりました」
と住職は笑顔で礼を言った。
「私があなたを見捨てるような薄情者ではないと分かっていたでしょう? 私があなたを助けに戻ってくると確信があった。そうでしょう?」
と蓮宮が言うと、
「まあ、そうですね。僕だって死にたくはないですからね」
と住職は笑顔で答えた。
そんな二人のやり取りを見ていた学園長と石田が、無言のまま二人へ視線を向けている。
「ああ~、忘れていました。もう声を出してもいいですよ。霊界の門は閉じましたから」
住職が言うと、学園長と石田は、まるで、今まで息を止めていたみたいに息を大きく吸った。
「皆さん、無事で本当に良かったです。
と学園長は二人に礼を述べた。
翌日、踊り場の鏡は撤去された。鏡のあった場所には呪符が張られる事もなく、ただ、鏡があった跡だけが残った。
月島ひかりが見つかり、捜索願は取り下げたが、両親と本人への事情聴取がなされた。月島ひかりは、一時的な心神喪失と衰弱という診断が下り、暫くの入院が余儀なくされた。
住職はこの件で、かなりの霊力を消耗し、命の危険もあった事もあり、学園長から高額な報酬を得た事は間違いないだろう。
蓮宮は疑問に思っていた事を住職に聞いた。
「あなた、踊り場の鏡の怪を知っていたのかしら?」
「知らなかったよ」
「でも、あなたはあの鏡を見た時、何か確信したような顔をしていたわ」
蓮宮が言うと、
「君、僕の事を観察していたの?」
と笑いながら聞く。
「ええ、それが私の性分ですから。それで、あなたは何を考えていたのかしら?」
「あの霊界への門だけれど、閉じる門だったよ。それを少年たちが無理に開けてしまったという事だよ」
「閉じる門? それって、あなたが作った門と同じ?」
「僕が作ったのは簡易的な物。あそこには完璧に閉じる門が作られていたんだ。でも、その門の力が弱まっていたようだ。それもそのはず、作られてから長い年月が経っていたからね。ちなみに、その門を作ったのは僕の父だよ。使われた霊気で分かった」
「そう。親子で同じ霊界の門を閉じたのね」
と蓮宮は言って、
「ところで、どうしてあそこに霊界の門があったのかしら?」
と住職に聞く。
「それはきっと、学校という特殊な場所と、あの大きな姿見の鏡。思春期の少年少女たちの好奇心が力となって、霊界を近付けてしまった。鏡が門となると彼らが信じた事が要因となり、霊界への入り口を作ってしまったのだろうね」
「もう、あの場所には霊界への門は開かれないのかしら?」
蓮宮が聞くと、
「それは分からないよ。少年少女たちがまた、新たな門を作ってしまうかもしれない。まあ、そしたらまた、僕を呼んで頂ければ、お仕事させて頂きますよ」
と住職はニヤリと笑った。
その後、学校新聞が掲示板に貼られた。
『踊り場の鏡』完全排除に成功した。と題した学校新聞の前には、多くの人だかりが出来ていた。
了
女子高生蓮宮玲子の学園怪異ミステリー②『踊り場の鏡』 ☆白兎☆ @hakuto-i
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