突撃取材‼︎渋谷に現るドラゴンを追え‼︎

鴻 黑挐(おおとり くろな)

第1話


 人の心のうちには、ヒーローがいる。誰しも、自分が物語の主人公でいたいという思いを心の片隅で抱いている。悪を倒し世を正すヒーローになりたがる。


「ヒーローって、いると思うか?」


高層ビルの隙間から空を見上げて、オレは隣にいる同僚に問いかけた。一月二日、早朝の渋谷。がらんとしたビル群の合間から灰色の空がこちらをのぞいている。


「なんや黒鉄くろがねお前ジブン、また変な記事書いとるん?」

「『変な記事』って……。PVプレビュー稼げる記事を書かないと仕事にならないだろ」


オレの名前は黒鉄康成こうせい。俺の仕事はウェブメディア記者。ヒーローになりたがる人間にエサを与える仕事。……もちろん、世の中を正そうっていう気概もちょっとはあるけど。


「はぐらかさないでくれよ、成田なりた。ヒーローっていると思うか?」

「えー?ヒーローかぁ……」


この妙なエセ関西弁の男は成田獅子朗ししろう。オレと同じウェブメディア『13 writersサーティーンライターズ』の記者だ。


「俺のヒーローはなぁ……」


成田が微笑む。


「去年のクリスマスに中山で馬券外に沈んで行ったわボケーっ‼︎」


がらんどうの渋谷に絶叫が響く。ちなみにこいつの書く記事は、だいたいパチンコ新台レビューと競馬予想だ。


「うわーん!なんでやホットケミストリー、信じてたのに!先週まで調子良かったやんけーっ!」


喫煙者ヤニカス競馬好きギャンカスパチンコ好きパチンカス。顔と頭と学歴はいいのに、残念な男だ。


「また負けたのか。いいかげんギャンブルから足を洗ったらどうだ?」

「ジブンこそ、陰謀論記事でサーバー圧迫するのやめたらええんちゃう?」

「ははは」

「ダハハ!」


空気が張り詰める。


「……そういえば、今日ってなんの取材だっけ」

「『渋谷ドラゴン』。リンク送ったやん」


成田がスマホをヒラヒラさせる。移動が多い取材ではタブレット代わりに持ち歩いているらしい。


「これこれ。渋谷で撮られたTakTokタックトックの動画なんやけど……」


スマホに写っているのは、街中で適当なダンスを踊る女性の動画。曲もテイストも統一性はなく、渋谷で撮られたという事以外に共通点はなさそうだ。


「どの動画にも、ドラゴンみたいな緑っこい影が映り込んでるんよ。窓ガラスとか、ショーウィンドウとか」


成田が画面をスクロールすると『ドラゴン』を拡大した写真が出てくる。


「で?オレはその『渋谷ドラゴン』を探す手伝いをさせられるわけだ。正月だっていうのに……」

「でも、どうせヒマなんやろ?」

「まあ、ヒマだけどさ」

「いやー、ホンマ助かるわ」


実際、三が日の予定は全くの白紙だ。三十過ぎの男二人でモンスター探しなんて惨めったらしいにも程があるが、家で冗長な特番を見ているよりはマシか。


「で?オレは何をすればいいんだ」

「そらもうアレよ。窓ガラスとかを手当たり次第写真に撮ってもろて……」

「そんな雑な作戦しかないのか?だいたいの出現箇所とか時間帯とかを調べて、ある程度裏をとってから取材するのが定石だろうが!」

「やかましいわ!わかっとるわそんな事ぉ!」


成田が半ばベソをかきながら叫んだ。


「編集長からケツ叩かれてん、俺。早よ記事出さんとアカンのよ」


我らが編集長、須賀川すかがわ龍樹たつき。『書きたいもん好きに書いていいよ!』というおおらかなスタンスの彼だが、記事の提出締め切りには死ぬほど厳しい。


「〆切がヤバいなら、いつも通り競馬予想でも出せばいいんじゃないか?」

「いやそれはもうとっくに準備してん」

「は?」


意味がわからない。つまり成田は、仕上がっている記事を提出せずに別の記事の取材をしているって事か?


「俺な、最近悩んどるんや」


成田が正月の装飾といっしょに並んでいるサルの飾りをいじる。


「新台打って、競馬予想して、また新台打って……。これは果たしてジャーナリズムなんやろか?って思ってな」

「それがなんでモンスター探しに繋がるんだ?」

「まあ……。原点回帰、やな」


成田がブルーライトカットの伊達メガネをクイッと持ち上げる。


「俺が朝開あさびらき新聞から13 writersここに転職して、最初に書いたのが遠野でカッパ釣る記事だったんよ」

「……なるほど。『モンスター探し』だな、それは」

「話が早くて助かるわ。さすが三ツ橋みつばし出てる人は頭の回転が早いわ」


原点回帰なら遠野にカッパ釣りに行けばいいんじゃないか?と思ったが、その言葉は俺の胸の中にしまっておく事にした。


「さ!キリキリ探すでー!」


成田が走り出す。オレもその後を追って歩き出した。


***


 鏡面になっているものに、手当たり次第にカメラを向けてみる。


「どうせ何も映らないとは思うだろうけど……」


三十分ほど写真を撮っていて、ふと気がついた。


「人がいない……」


いくら三が日といえど、ここは渋谷だ。アニメの聖地巡礼に訪れる観光客とか、土地勘のない地方からの旅行者とか、それくらいはいるはずだ。

 それなのに、今は誰もいない。それどころか、車もバスも、アクセルデリバリー料理宅配のリュックを背負った自転車すら通っていない。


「何かおかしい」


つぶやいた言葉は残響も残さず消えて、静寂が耳をつんざく。


「ここは本当に、オレが知っている渋谷なのか……?」


ごうごうと響く心音、呼吸音。耳鳴りが聞こえる。


「誰か!誰かいないのか!」


耳鳴りは次第に音量を増していく。


「成田!返事しろ、成田ーっ!」


叫びは響かない。昔一度無音室に入れてもらった事があったけれど、あそこに閉じ込められた人間はこんな心持ちになるのだろう。


「そ、そうだ、RIENリーン……」


トークアプリを開こうと、スマートウォッチに手をかける。


 真っ暗な画面の奥から、怪物がこちらをのぞいていた。


「ーっ‼︎」


反射でスマートウォッチを投げ捨ててしまった。


『ぁでfgktっrmん』

「はあ⁉︎」


画面から昆虫じみた怪物が這い出してくる。何か喋っているが、まるで聞き取れない。


『flcm、伊myぼk5』


怪物の、口に相当すると思われるパーツが大きく開く。こちらに向かって歩いてくる。


「ひっ……⁉︎」


オレは走った。一月の冷たい空気が肺を刺した。足を止めれば喰われる。そんな確信があった。


「はっ、はぁ……。ゲホっ!ゲホっ!」


スタミナが尽きて、へたり込む。


(ここまで来れば大丈夫……)

『trもhbj』


目の前に、あの怪物がいた。思考が凍りつき、頭が真っ白になる。


「ああーっ‼︎」


肺に残った空気を全て使って、オレは絶叫した。


 その瞬間だった。


「でやー!」


叫び声と共に、オレの前に影が躍り出た。


『ギャーンス!』


エンジンをふかす音のような鼓動と共に、四足歩行の巨大な爬虫類が雄叫びを上げる。


「ど、ドラゴン……」


エメラルドグリーンの西洋竜。


「もう大丈夫だからな!」


そして、それにまたがる具足ぐそく姿の男。


『vもthjうぃんs?vろいthんぴあ!』

「結界に人間を閉じ込めて襲うとは……。地味な絵面で派手に暴れてくれちゃって」


怪物が男に襲いかかる。


『アギャ!』


怪物が男に喰らいつこうとしたまさにその瞬間、ドラゴンが怪物の喉元にかぶりついた。


「よし、いいぞロン太郎!」

『ギャオーン‼︎』


『ロン太郎』と呼ばれたドラゴンは、そのまま怪物の喉笛を噛みちぎった。


『ギァッー!』


怪物が悲鳴を上げる。喉から黒いもやが吹き出し、あたり一帯を覆った。


「うっ……!」


顔を上げると、そこには何もいなかった。


「おい、危ねぇぞ!」


オレの背後で車がクラクションを鳴らしているのが聞こえた。


***


 その日の夕方。俺たちは13 writersのオフィスにいた。


「編集長!俺の記事、どうでした⁉︎」


成田が編集長のデスクに手を置いて前のめりになる。


「うーん……」


編集長がパソコンのモニターをじっと見つめる。


「ごめんシシローくん。ボツ!」

「そんなぁー!」


編集長が申し訳なさそうな顔で両手を合わせると、成田はヘナヘナと崩れ落ちた。


「なんでなんですか、編集ちょーう……」

「いやー、ちょっと弱いっていうか……。『渋谷ドラゴン』の正体とかもわからないままだし、何よりパッと目立つ写真がないのが痛いかな」

「うう……。いやもう、全くもって仰る通りですわ……」


オレはそんな彼を横目に、自分の記事を書き進める。


(あの怪物、いったいなんだったんだろう。それに、あのドラゴンに乗った武者……)

『もう大丈夫だからな!』


颯爽と駆けつけたあの男は、まるでヒーローのようだった。


「いつもの予想記事も準備してあるんでしょ?今回はそっちを載せておくから」

「うう、スンマヘン編集長……。俺のワガママで振り回してしもうて……」

「いいのいいの。大丈夫だから、なっ!」


……そういえば。あの具足を着込んだ男の声、なんだか編集長に似ていたような。


(編集長が、ヒーロー?……まさかな)


そんな事を思い、ふと顔を上げる。編集長のデスクの後ろ、日暮れを映す窓にエメラルドグリーンのドラゴンがいた。


「うわっ⁉︎」


叫び声を上げると、オフィスにいた人たちが一斉にオレの方を振り向いた。


「どしたん、黒鉄」

「い、いや。なんでもない、です……」


再び窓に視線を向けると、ドラゴンの姿は綺麗さっぱり消え去っていた。


(夢でも見たのか……?)


目をこすって窓ガラスを見つめ直す。編集長がこちらに向かってウインクしたのをオレは見逃さなかった。

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突撃取材‼︎渋谷に現るドラゴンを追え‼︎ 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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