中年ニートの命の使い道

@ma-no

始まりから終わり


 2025年春……


 過ごしやすい季節も終わりが見えた頃、一人の中年男性が国会議事堂に向かう歩道を歩いていた。


 その男はスーツ姿で小綺麗だった為、歩道に立つ警察もランチに出ていた職員が戻って来たと思って気にも掛けない。

 そうして男が国会議事堂前に迫った辺りで、20人前後の観光客がガイドに連れられて歩いて来た。


 観光客の目的は国会議事堂をバックに写真を撮ること。

 国会議事堂を守る衛視はその様子を見ているが、前もって予定は頭に入っているからいつもの日常としか思っていなかった。


 しかしその日常は、男のせいで崩れる。


 男が鞄の中からステンレス製の水筒を取り出して頭から液体を被ったのだ。


 衛視は「何をしてるのだ?」と思ったぐらいでまだ危機感はない。

 観光客も何人か気付いたみたいだが「暑いのかな?」と思うだけ。


 誰も男に近付かないままでいたら水筒は空になる。


「みなさ~ん! ちゅうも~~く!」


 じっとり濡れた男は急に大声を張り上げた。


「これに、私の要望が書かれています。じゃんじゃんSNSにアップしちゃってください」


 そして、カプセルトイに使われる丸いプラスチックケースを高く掲げると、鞄を大きく開いて勢いよく振った。


「では、さようなら。ニッポン、バンザ~~~イ!」


 丸いケースが散り散りに転がる中、男は万歳すると同時にオイルライターに火をつけて頭に落とした。


「「「「「キャーーー!」」」」」


 次の瞬間には観光客の悲鳴。


 男が一瞬にして炎に包まれたからだ。


「しょ…消火器! 誰でもいいから消火器持って来い! 急げ!」


 衛視は慌てて指示を出して男に駆け寄り、炎を鎮火しようと様々な方法を試みるのであった……



 国会議事堂前で起こった事件は、第一報では「男が焼身自殺を試みた」との緊急速報で流れた。

 次は夕方の報道番組で男の名前と目的が語られる。


 男の名前は、自称、井上隆志。

 目的は日本政府に不満があったから命を持って抗議すること。

 警察発表はここまでで、井上隆志の背後関係を調べているという言葉で締められた。


 緊急速報で流れたニュースだったのにテレビの中ではさほど大きな事件として取り扱われなかったこの事件だが、SNSではまったく違う反応をしていた。


 自称井上隆志が投げ散らかしたケースを拾った観光客が、警察に提出しないで持ち帰っていたのだ。


 その内容はSNSに全文が掲載されて拡散されている。


1 少子化対策、経済対策、地方改革、財政改革に尽く失敗した与党議員は、責任を取って全員辞職されたし。

  また、20年以上議員を続けている野党議員も同罪とし、全員辞職されたし。


2 強大な力を持つ財務省は、歳入庁と歳出庁に分割されたし。

  官僚の天下り先、独立行政法人、公益法人、特殊法人等は廃止、資金を引き上げ、金輪際、税金の無駄遣いはやめるべし。


3 103万円の壁は憲法違反と認め、178万円に引き上げたし。

  その際、社会保障費等の壁も178万円を基準に壁の移行をされたし。

  税率は壁では無くなだらかな坂道になるように頭を使われたし。


4 消費税、暫定税率、環境税、二重課税の廃止。

  社会保障費やNHK受信料等、国民から広く徴収する物は全て税として明記されたし。


5 現役世代を手厚く優遇されたし。

  何度でもチャレンジできる社会を作り、氷河期世代も救われたし。


 最後に……


『取るに足らないこの命 苦しむ日本国民の為に使えたならば 生かされた意味もあったのだろう 井上隆志』


 この辞世の句のような言葉で、自称井上隆志の要望は締められていた。



 その結果SNSの反応は、大炎上。


 若者の声を代弁してくれたと、自称井上隆志を褒め称える声が大多数だ。


 だが、与党とオールドメディアには響かない。

 同じ政策を掲げている野党は与党に詰め寄る場面はあるが、のらりくらりとかわされている。


 その行為がまた国民の怒りに火をつけたが、オールドメディアでは違うニュースが流れ始めた。


「先日、国会議事堂前で自殺未遂をした男は、兵庫県に住む井上隆志さんだと確認が取れました。警察は井上隆志さんに、放火未遂の嫌疑で逮捕状を請求していると発表しました」


 井上隆志の「自称」が取れたのだ。


 そうなってはオールドメディアは早い。

 井上隆志の素性を事細かく調べ、事件の背景をつまびらかに全てを暴露した。


 井上隆志、年齢は46歳。

 職業は無職。

 10年以上も仕事をしていない、ニートと呼ばれる男だったのだ。


 ここからのオールドメディアの報道は偏る。

 井上隆志は親の年金を食い物にし、社会に不満を抱き、母親が亡くなってから破れかぶれになったのだとか。

 挙げ句の果てには精神に異常を来していただとか、コメンテーターによってはテロリストとまで言い出した。


 与党もこれに乗り、自分達の政策を正当化する。

 井上隆志の生き様は自分が招いた結果だと、自己責任の言葉で断罪したのだ。


 井上隆志の話は、与党とオールドメディアの中ではこれで早々の幕引きとなってしまうのであった……






「ぎゃああぁぁ~~!」


 とある中学校の授業中。

 一年生の教室に男子の悲鳴が響き渡る。

 その男子は椅子から滑り落ちると床を転がり、体中を叩いて悲鳴を上げ続けていた。


「井上……井上? どうした??」

「火! 火~! 熱い! 燃えてる~!」


 その行動を見た男性教員は、怒るでもなく優しく声を掛けた。

 男子が真に迫ったような熱がり方をしていたから、少し怖くなったのかもしれない。


「井上? お前は燃えてないぞ?」

「燃えてるって! い、息が。死ぬぅぅ!」

「もう一度言うぞ? お前は燃えてない。どんな夢を見たらそんな生々しい演技ができるんだ」

「ガソリンを頭から被って火をつけたからだ! ……ん??」


 教員が何度も話し掛けると、やっと男子は目を開けて周りを見た。

 そこには、ドン引きの少年少女の顔。

 教員も呆れた顔で腕を組んでいる。


「こ、ここはどこ?」

「教室だ。お前は井上隆志。名前は忘れてないよな?」

「あ、はい。名前は……え? オッサンが学校の教室で何してんだ?」

「オッサンって、先生に言ったのか?」

「え? 自分の事だけど……」

「ダメだこりゃ。まだ夢の中にいるな。もういい。授業の邪魔だ。誰か保健室に連れて行ってくれ」


 男子が寝惚けているのだと受け取った教員は、会話が面倒になったのでクラスメイトに押し付ける。

 クラスメイトも誰が行くかと周りを見ていたら、隣の席の女子が立候補して男子を連れ出した。


「井上君。急にどうしたん?」


 しばらく歩いた所で女子の質問が来たが、男子は答えを持ち合わせていない。


「いや、何がなんだか」

「私の名前はわかる?」

「……全然わかりません」

「ええ~。ウソ~ン」


 女子は頬を膨らませ、数歩前に進んで振り返った。


「一年三組で隣の席になった福原睦実。井上君と出会ったのは中学から。覚えてるよね?」

「フクハラ、ムツミ」


 男子は女子をじっくり見る。

 背が低く髪はセミロング。

 目は切れ長でキツネっぽい顔。


 男子はハッとした顔のあとに急に目を逸らしたので、女子はそちらに顔を持って行った。


「思い出した?」

「ああ……確か、一年の時に転校したような。あとで俺に気があったような事を聞いた事がある」

「はい? 誰のこと言ってるん?」

「フクハラムツミ……福原睦実!?」


 女子は顔が赤くなっているが男子は慌てて窓に張り付き、校庭を見て驚く。


「第一中学校。第一中学校のグラウンドだ……制服!?」

「井上君?」

「ちょ、ちょっとトイレ!」

「えぇ~。やっぱり覚えてるやん」


 男子は血相変えてトイレに一直線に走って行ったので、睦実はさっきまでの言動は演技だったのだと受け取ったのであった。



 トイレに駆け込んだ男子は鏡で自分の顔を見ていた。


「俺だ……いや、中一の俺だ。自信ないけど……こんな顔だっけ?」


 何やらブツブツと呟き、顔を一通り揉んだり叩いたりした男子は自分の名前を口にする。


「井上隆志……中一の井上隆志だ」


 そう。この男子は、井上隆志。


「え? これってタイムリープ? スリップ? どっちでもいいけど、時が戻ってる……」


 そう。国会議事堂前で焼身自殺をした、あの井上隆志だ。


「ああ~……夢だなコレ。体は病院で、死の間際なんだ。全身火だるまになったのに生きてるって、どんだけ生命力強いねん。あ~あ。アレで人生リセットできたと思ったのにな~……まさか持ち直すなんてないよな?」


 隆志は夢だと気付いてからは、愚痴ばかり。

 やれブラック企業で働いていただとか、精神的に病んで辞めたとか、なんとか治療が終わって働こうとしたら母親の介護が必要になったとか、父親も高齢で頼れなかったから自分がやるしかなかっただとか。

 母親が亡くなってからは何度も面接に落ちたとか、10年以上も働いていなかった事がネックになったとか、人生どうでもいいようになってしまっただとか……


 そんな事を呟いていたらチャイムの音が鳴ったので我に返る。


「あ、授業終わった? しかしリアルな夢だな。走馬燈のような物かな??」


 ひとまず隆志は夢の流れに身を任せる事にしてトイレを出たら、睦実が待っていたので二人で教室に戻ると三人の男子が駆け寄って来た。

 その三人は隆志と仲が良かったらしく、名前を当てさせようとして一人だけわからなかったから、皆はボケたのだと思って笑いが起こる。


 席に戻ってからもクラスメイトがやって来て名前を言わそうとしていたらチャイムが鳴り、担任の先生が入って来たので隆志は胸を撫で下ろした。



 担任からもイジられた隆志は笑いで乗り切り授業が始まると、キョロキョロと教室中を見ていた。


(えっと……中一と言う事は13歳だから、33年前の1992年か。日付は5月7日。日直はどいつだ?)


 黒板から情報を仕入れた隆志は左の席から順番に顔を見て名前を思い出そうと頑張る。


(ダメだ……あいうえお順に並んでいるはずなのに、全然名前が出て来ない。いいとこ2割? てか、夢の中だから正確に再現されているワケないか)


 隆志が無駄な努力をしたと諦めた頃に、睦実からノートを取らないのかと指摘されたので、いまさらノートを開いて鉛筆を持った。

 ただ、やる気は起きないので鉛筆を回し、昔の記憶を思い出す事に没頭する隆志であった。



「おかしい……」


 隆志が夢の中にやって来たと気付いてから一週間。

 この間、実家と学校を行き来し、中学校生活を満喫していた隆志であったが、全然夢から目覚めないからさすがに変だと考え出した。


「妙にリアルなんだよな~……コケたら痛いし、オカンの料理はあんまり旨くないし、給食もマズイ。ヤンキーも絡んで来るし……まったく俺の思う通りにいかない」


 隆志はゴロンと転がって枕に顔を埋める。


「苦しっ! ハァハァ……」


 息を止めても苦しいのなら、隆志も認めるしかない。


「コレって夢じゃない。死に戻りか?」


 別の可能性をだ。


「マジか~。確かに戻りたいと思っていたけど、中学生か~。もっと前が良かったんだけどな~。絶対音感欲しかったし」


 隆志は喜ぶよりも不満が勝る。

 大学時代にライブに嵌まっていたから、バンドマンになりたかったのだ。


「まぁ今からギター始めれば、バンドマンにはなれるか。歌詞とかパクれば印税もガッポリだろうし。行く行くは若手女優と結婚とかできちゃうかも? グフフ」


 隆志は輝かしい未来を思い描き、翌日も普通に登校する。


「中間テスト?」

「うん。ノートの提出もあるんだって」


 そこで睦実から告げられた現実。

 隆志もノートを全然取っていなかった事を思い出して、いまさら慌てて睦実のノートを写させて貰って事無きを得る。

 そして家に帰ってから、未来図も変更だ。


「そうやん。勉強や。財務省に入って、官僚と政治家の不正を流出しまくればいいやん!」


 そう。隆志は焼身自殺までして社会に物申した人物。

 与党と財務省に並々ならぬ怒りを持っていたのだ。


「よし! 勉強や! でも、俺は初めての中間で一桁連発したんだよな~……ま、その時は勉強の仕方を知らなかっただけだ。我流の勉強で二流大に入れたんだから、頑張ればいける! 竜桜の学習方法も覚えてるから、東大法学部を目指すぞ~!」


 斯くして隆志は財務省に入るには一番いいルート、東京大学法学部を目指して勉強尽くめとなるのであった……






 隆志が人生をやり直してから10年。

 勉強を頑張っていたはずなのにバスケの全国大会に出たり、阪神淡路大震災の予言をテレビの生放送で言って時の人になったりはしたけど、無事、東大法学部を卒業して財務省に入省した。

 隆志は上司に媚びへつらい、ブラックな業務でも根性で乗り切り、その信頼から5年後には様々な情報を教えて貰えるようにもなっていた。


「おお~い。第一中学の出世頭、井上隆志が来たぞ~」


 2007年……今日は第一中学の同窓会。

 一周目の人生では一度もなかったのだが、隆志が時の人になった事で定期的に行われるようになっていた。

 普通の公立校だった第一中学では東大を卒業するだけでも珍しいのに、公務員の中でもエリート中のエリートになった隆志はチヤホヤされまくりだ。


 そんな同窓生と喋り疲れた隆志は「ちょっと休憩」と一人になったが、背の低い女性が近付いて来て隣に座った。


「アハハ。毎回大人気だね~」

「睦実……また潜り込んだのか?」

「ちゃんと招待状届いてるって言ってるでしょ~」


 この女性は福原睦実。

 隆志が中一の時の同級生だ。


「まさか本当に引っ越しするなんてね。それなのにあの時、なんで付き合ってくれたの?」

「遠距離恋愛がしたかったみたいな?」

「またそれで逃げる~」


 しばらく中学時代の遠距離恋愛の話をし、大学時代に東京で再会した話をしていたら、隆志は急に真面目な顔になった。


「そろそろあの計画に着手しようと思うけど、本当に手伝うのか? かなり危ない目にあうぞ?」

「大丈夫。私も準備していたから。ちゃんと海外のサーバーも使えるよ」

「できたらアメリカに移住して欲しいんだけどな~」

「いやよ。英語喋れないもの」


 どうやら睦実は隆志の計画を知っていた模様。

 阪神淡路大震災よりも先に睦実が引っ越しする事を言い当ててしまったせいで、最後のお願いとしつこく聞かれて未来の日本がどうなってしまうか喋ってしまったのだ。


 この日の同窓会は、隆志と睦実が急に消えたから「あの二人、元サヤに収まったのかな~?」と噂されるのであった。



 それからの二人は、同窓会の日以降は極力会わなくなり、会う時はいつも睦実の携帯と予備で連絡して睦実の借りている部屋で。

 隆志が財務省の小ネタをリークし、睦実がネットニュースにアップする。

 いちおう偽装はしているがあまり食い付かれても困るから、本当に小さなネタで財務省をチクチク甚振る作戦のようだ。


 その小ネタは予想通り少ない人数しか見ないが、たまに著名人が信じて週刊誌やテレビを賑やかしてくれている。


 そのせいで、財務省の室長までの人事が引っ切り無しに動く事態に。

 財務省ではマイナス点が1個でも付けば出世の道が途絶えるのだから、戦々恐々となっている。

 もちろん犯人探しに発展して隆志も疑われたが、こんな時のために課長クラスのPCを使ってこっそりデータを抜き出していたから、そこで痕跡が途絶える。

 課長クラスが責任を取らされたという訳ではなく、責任を取りたくないからって握り潰したのだ。


 そんな事ばかりをしているので、財務省の業務は滞る。

 正確に言うと、普通の業務はこなして、政治家や著名人に減税政策は日本に取って最悪だという印象操作ができなくなったのだ。


 その結果、与党の中にも減税を言い出す政治家も増えたが、そうは問屋が卸さない。

 事務次官と税調会長が頑なに減税は拒否し続け、それと同時に与党のスキャンダルが出たから口を閉ざすしかなかった。


 これは隆志たちが流したワケではなく、財務省のリーク。

 財務省が政治家を操りたいからってお仕置きをした形だ。


 隆志達は「馬鹿が内輪揉めしてやがる」とほくそ笑み、次の戦略に着手。

 財務省の局長クラスのネタをリークし始めた。


 このネタはランクでいうと中くらい。

 企業との癒着や政治家や国民の悪口、ついでに自分のPCから流出した事を隠蔽した事も証拠付きでネットニュースにアップしたから、また一段と財務省内が騒がしなる。


 今までは不倫のような個人的なネタだった物が、職業倫理に反する物となったのだから、さすがに週刊誌も乗って来たからあら大変。

 こちらの火消しも行わなくてはならなくなり、財務省は機能不全に陥る程忙しくなった。


 もちろん隆志にも恐ろしい量の仕事を割り振られ、寝る暇もない。

 過労死してもおかしくない量の仕事を毎日こなした甲斐もあり、隆志はとんでもない早さで中枢に食い込んだ。


「は? 辞める?」


 そこで隆志は退省。

 上司は今居なくなられると困ると泣き付いたが、隆志は先日倒れて入院した事を楯に強引に財務省を退省した。



 隆志の次の仕事は……


「予言チャンネル始めました~」


 動画配信者。

 財務省職員から「お前、何やってんね~ん!」と悲鳴が上がったんだとか。

 しかし、1年後に起こる東日本大震災を見事に当てて、違う悲鳴が上がった。

 千年に一度の地震なのだから、各省庁は忙しくなったのだ。


 それまでに財務省や東電から横槍はあったが、隆志はどちらも裏ネタを持っているから強くは出られない。

 福島原発は欠陥があり、津波で外部電源が壊れてメルトダウンすると言っても止められない。

 財務省はコレを機に復興税や自然エネルギー関連の税金をこっそり上げる気だと言っても止められない。


 この予言は、阪神淡路大震災を当てた隆志の予言だから、国民は一丸となって日本政府と東電に抗議しているからだ。


 これで東日本大震災は、人的被害と原発事故だけはほぼ回避。

 東北地方の太平洋沿岸部は壊滅的被害となったが、隆志はホッと胸を撫で下ろしたのであった。






 2013年……ここまでやれば日本政府も改心すると思っていた隆志だったが、相変わらず与党も財務省ものらりくらりとやっている。

 それを見兼ねて隆志は両方を非難したり、睦実を使って密かにどちらにもダメージを与える。

 そんな事をしていたら、日本政府を過激に非難する暴露系動画配信者が接触して来た。


 これを待っていた隆志は人を何人も介して、とある情報をリークしまくる。


「今日はなんと、NT〇本社にやって来ています」


 やや厳つい顔をしたスーツ姿の男から始まる動画配信。

 入口から普通に入り、受付嬢にとある人物と会う約束があると言って呼び出して貰った。


「あの。ピーフルネームは、ただいま外出中との事です」

「アレ? おっかしいな~。財務省から天下りした人は、出社もして来ないんだ~」

「え……」

「じゃあ、ピーさんに会わせてくれる? ピーさんでもいいですよ? ピーさんとピーさんは居るのかな~? 各省庁から天下りして補助金から給料もらってるヤツ、もっと居ますよね? 誰でもいいから呼び出してくれませんかね~?」


 もちろんそんな事を言うヤツは一発退場。

 警備員が群がり、運び出されるまで天下りした者の名前を大声で捲くし立てる。

 ここで終われば暴露系配信者はただの迷惑系配信者だと切り捨てられただろうが、バックには隆志がいる。

 暴露系配信者が名前を隠していたのに、睦実が実名と給料明細、仕事内容と期間、定員や愛人の数まで事細かくSNSにアップしたのだ。


 これで暴露系配信者は、大バズり。

 次々と天下り企業や天下り法人に突撃して実名も暴かれるのだから、英雄のように取り扱われる。


 ただし、危険もある。

 相手は国家権力だ。

 税金の不備を突くのは当たり前。

 名誉毀損の訴訟を起こしたり、脅迫罪だと警察を送り込んで来たり。

 たまに強面の男が暴露系配信者を取り囲んだりもしていた。


 しかし実名を公開しているのは睦実。

 実質、直接的な暴力ぐらいしか暴露系配信者に効果がない。

 逆に睦実が財務省が使う反社の者と担当者を暴露したから、財務省はその対応に追われる事になった。


「さてと。ラスボスを仕留めに行きますか」

「うん!」


 最後の仕上げ。

 歴代財務省の事務次官と与党の税調会長の密談の音声と内容をSNSに拡散して、息の根を止める。


 その内容はどうやって国民を騙して税金を搾り取るか、そのお金をどうやって自分達の懐に入れるかの相談ばかりだったので国民は怒り狂う事に。

 連日国会議事堂に国民が押し寄せ、与党並びに財務省を非難する。

 こうなっては与党と財務省は国民の力に屈して謝罪に追い込まれた。


 それだけでは終わらず、両議院から与党議員は全員脱落。

 財務省も解体されて、歳入庁と歳出庁に分割される。


 ここは隆志の策略も入っている。

 予言者でも通っているので、与党議員を一人でも残すと日本は壊滅するだとか、選挙改革もやらないと戻って来て日本をめちゃくちゃにすると、国民にある事ない事吹き込んだのだ。

 さらには元財務省という肩書も晒して、無駄なお金が使われていると暴露し、これも正さないと金持ちに税金が吸い取られると騙す。


 その結果、国民は政治家をしっかりと見張るようになり、自分たちの訴えを聞かない者には名指しでデモ行進するようになったのであった。



「フゥ~……これで俺の役目も終わったかな」


 2014年……とあるマンションの一室。

 隆志はパソコンの前で背伸びをした。


「長い戦いだったね」


 そこに睦実がコーヒーを持って来てくれた。


「これからどうするの?」

「んん~? 仮想通貨の税率も20%程度になったし、全部換金して隠居かな」

「あ~。悪いんだ~。一人だけ儲けて~」

「これぐらいの褒美はいいだろ。てか、睦実も同じぐらい持ってるクセに」


 しばしお金の話をしていた二人だったが、隆志が話題を変える。


「そろそろ俺たち結婚する?」

「え??」

「長々と付き合わせてしまったケジメだ」

「そこは愛してるとか言ってくれないかな~?」

「愛を超えた関係みたいな?」

「また茶化す~。でも、嬉しい……」


 こうして戦いを終えた隆志と睦実は、結婚を約束して部屋を出るのであった……






 マンションに止めてあった車に乗り込んだ二人は、隆志の運転で郊外にある高級フレンチ店に向けてひた走る。

 車内では終始甘い空気が流れていたが、高速道路を走っていると強い衝撃に襲われた。


「な、なんだ。つ~……睦実! 睦実!」


 いきなりの事であったから隆志も何がなんだかわからない。

 ただ、助手席にいる睦実の頭から血が吹き出しているのだからそんな事を言っている場合ではない。


「クソッ! 足が……睦実! 起きろ~~!」


 隆志も血が流れ、足は座席とハンドルに挟まれていては身動きが取れない。

 いくら怒鳴っても睦実は起きないので、隆志は聞こえるかどうかもわからない他人に助けを求めた。


「残念ながら、井上隆志。お前の命はここまでだ」


 すると、冷淡な声が聞こえた。

 隆志は助けを求めようと右を向くと、割れた窓の外にはトレンチコートを着た男が立っていた。


「助けてくれ! 事故にあったみたいなんだ!」

「聞こえなかったのか? この事故は俺達が起こした物だ」

「そんな冗談言ってる場合じゃないだろ! このままでは睦実が死んでしまう!」

「藤原睦実。井上隆志の協力者。主にネット担当。外国を経由しても、わかる物はわかるんだよ」

「なんだと」


 ついに隆志の理解が追い付く。

 これは事故では無く、暗殺だと……


「だ、誰の差し金だ」

「さあな。日本政府にいた誰かとしかわからん。もしくは、恨みを買った全員の意志かもな」

「ちょ、ちょっと待て。それ、どうするんだ?」


 男はタバコを吹かした後、オイルライターの火をつけたまま揺らすのだから、隆志はその先がわかってしまった。


「事故に火災は付き物だ」

「待て! 俺達、何十億も持ってるぞ? それで命を買わせてくれ!」

「そういうワケにはいかなくてな。公僕ってのは上の指示に従うだけだ」

「待て! 睦実だけでも! ぎゃああぁぁ~~!」


 男は無情にもオイルライターを投げ込み、車はあっという間に炎に包まれたのであった……






 ピッ…ピッ…ピッ…と電子音だけが鳴り響く部屋。

 そこには呼吸器に繋がれたニット帽の男しかいない。


 その部屋に背が低い40歳半ばの女性が入って来た。


「井上さん。点滴を交換しますね」


 この女性は看護士。

 手慣れた手付きで点滴の袋を取り替えると、男の手を握りながら声を掛ける。


「井上さん。今日はビッグニュースがありますから、テレビをつけましょうね」


 看護士は映像が流れたら男に聞こえているかと問い掛けた。


「ほら? 井上さんの起こした事件がついに実を結んだんです」


 テレビの画面には与党議員が総辞職のニュース。

 財務省も分割する事を総理大臣が発表して深々と頭を下げていた。


「でも、遅いですよね。222人ですよ? 222人のニートさんが焼身自殺して、やっと声が届くって。あ、ニートさんじゃなかった。氷河期世代の被害者でしたね。ウフフ」


 この時、男は薄らと意識が戻り、こんな事を思っていた。


(あっちが夢……睦実が死な無くてよかった……)


 井上と呼ばれた男……いや、2025年の春に焼身自殺をした井上隆志は、与党議員総辞職の3日後に息を引き取るのであった……

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