西日
珠洲泉帆
西日
強い西日が射し込む放課後の教室に、私たちはいた。なぜそこに二人でいたのかは覚えていない。ただ、オレンジ色の光がまっすぐに窓から入ってきて床や整然と並んだ机を照らしていた光景はよく覚えている。カーテンは窓の両端できれいに絞られ、すっかり掃除が行き届いた教室は居心地がよかった。
私たちは卒業が近かった。西日は一日の終わりだけでなく、人生の重要な一時期の終わりを示すものでもあった。その光は優しく美しく、私たちの前途を祝福するかに見えた。ただ、同じ光でも昼間のものより陰りを増したそのときの西日は、当然のように名残惜しさや寂しさというものを湛えてもいた。私たちは言葉少なに椅子に座っていた。
この時間が永遠に続けばいいのに、と私は思った。彼女と何の支障もなく過ごせる最後の時間。ただお互いの存在を感じていればいいだけの時間は、しかしなんとあっという間に過ぎていってしまうことだろう。私たちはもうすぐここから去らなければいけなくなる。そのことは二人とも分かっていた。分かっていて、あえてここに座っていることを選んでいた。
「そこまで寂しがることでもないよね」
だしぬけに彼女は言った。
「卒業しても連絡は取り合えるんだし」
「そうだね」
私はそう答えたが、言葉通りに平気そうな彼女の様子に落ち込んでいた。私が彼女との時間を惜しんでいるのと同じぐらい、彼女も残念がってくれればいいのに。でもそれはできない相談だった。彼女には生来ドライなところがあって、今はその性質が最大限に発揮される格好の機会だった。どうしようもないのは、そんなドライなところも含めて私が彼女を愛してしまっていることだ。愛しているなんて、私の年齢で言うのはもしかしたら早すぎるかもしれない。それはもっと大人になってから言うべき言葉のような気がするが、だが好きの二文字では言い表せない思いが心の中にあった。
冬の終わり、日が移ろうのは早い。さっきよりも暗くなった教室を彼女は見回した。
「悪くなかった、って思えるところでよかったな」
「うん」
「でも」
彼女はふいに私の手を握った。じっとこちらを見つめる彼女の瞳に、甘いような切ないような感情が浮かんでいた。私は驚いて何も言えなくなった。
私には観察眼が欠けていた。彼女の心の機微を、何も分かってあげられていなかった。言葉を待ったけれど、それは何もなかった。彼女と私の心にあったのは、言葉にするのがあまりに難しい種類の気持ちだった。
私たちは手を繋いだまま教室を出た。お互い何も言わなかったが、二人の気持ちは握り合った手が痛いほど雄弁に語っていた。
西日 珠洲泉帆 @suzumizuho
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