私のしたいこと

文久三年生

私のしたいこと

〈あなたのしたいことはなんですか?〉


 そう言われてもね


 私のしたいことはなに?

 夢を追いかけること?

 美味しいものを食べること?

 仲のいい友達と朝まで喋ること?


 違う


 私のしたいことはなに?

 家に閉じ籠もってしんみりすること?

 世界をまたにかけて旅行すること?

 世界中の美しい景色を写真に収めること?


 違う


 私のしたいことはなに?

 お金持ちの人と結婚すること?

 好きなあの人に強く抱きしめられること?

 すれ違ったらみんな振り返る美人になること?


 違う


 私のしたいことはなに?

 イラつくあいつをおもいっきり叩くこと?

 私の正当性をみんなに認めてもらうこと?

 世界の平和を心から願うこと?


 違う


 私のしたいことは


 私のしたいことは


 レイ


 ゼロ


 なにもない


 それを悲しいとも思わない

 したいことのある人が羨ましいとも思わない


 なにもなければそれがいい


 それをしたいことというならそれ


〈成功も失敗もない 平坦な人生で終わる 可もなく不可もない楽ちん人生 大成功〉


 それが私のしたいことの答えになる


 だとしても


 こうやって文字にすると


 ただつまらない人生に思えてならない


 いくら課題を出されたからといって


 わざわざ文字にして宣言することでもないでしょになる


 だからといって偽りを述べ この課題に取り組もうとも思わない


 つまらない人生ならそれでいい


 私のしたいことは つまらない人生を送ること


 成功も失敗もない

 平坦な人生で終わる

 可もなく不可もない楽ちん人生


 へーそうなんだ 応援するよ がんばって


 なんて言ってくれる人がどのくらいいるか予想もつかないけれど


 これが私なのだからしょうがない


 私は つまらない人間になる


 なる努力もしない


 今の自分を見つめさせて つまらない私を変えさせたいのかもしれないけれど


 変わろうなんて思わない


「では次、奥村さん。あなたのしたいことはなんですか?」


 はい先生


「私のしたいことはなにもありません。なにもなければそれがいい。私は成功も失敗もない、平坦な人生で終わりたい。可もなく不可もない楽ちん人生。それが私の人生です」


「そうですか。なら、そのあなたの人生を邪魔する輩が現れらどうしますか?」


 は?


 え?


 なにそれ


 どういうこと?


 なんかちょっとみんなの時とおもむき違くない?


 邪魔する輩が現れたらって


 考えてもみなかった


 そもそも平坦な道を行きたい私を邪魔する人なんているんだろうか


 答えなきゃ いけないんだよね


 みんなやりとりしてたし


 邪魔をする人が現れたら


「邪魔をされたら無視します」


 うん 無視が一番


「無視ですか。あなたが進む道に穴を掘られ、蹴落けおとされたとしてもですか?」


 はい?


「はい」


「穴に落ちたままじゃなにも食べられないんですよ。そのままじゃ死んでしまうんですよ」


「ならしょうがないです」


 うん しょうがない


「それが私の人生だったということで」


「穴に落とされた人生は、あなたが望む平坦な人生になるのですか?」


「なりません」


 なるわけ ないよね 蹴落とされてるんだから


「ならないままでいいんですか? あなたのしたい人生はどうするんですか?」


 まっとうできるようにちょっとは頑張れって?


 穴に落ちたら?


「連絡します。スマホで」


「スマホでですか。電波のない場所だったら?」


「ない場所だったら? 這い上がります」


「這い上がれますか? その穴は十㍍もあるのですよ」


 十㍍?


「這い上がります。這い上がれるよう一生懸命頑張ります」


「一生懸命頑張ると、あなたの可もなく不可もない楽ちん人生は揺らいでしまわないのですか? いいんですかそれで」


 よくちゃんと覚えてるね ちょっと聞いたくらいで


 よくは ないよね


 可もなく不可もない楽ちん人生をちゃんと貫くには?


 トラブルが発生する前に回避できればよかったけど


 もうトラブルは発生してしまった


 平坦な道に出るには


「なにをかくそう、私は魔法使いなので、魔法で梯子はしごを出して十㍍上ります」


 どっと周囲が湧いた


 私がそんなことを言うキャラではないからだろう


「そうですか。魔法使いなら梯子を出すなんてお手のものですものね。一生懸命は回避できる。でも、相手も魔法使いだったらどうしますか? あなたが出した梯子をすぐ消されてしまう」


 出た 相手も魔法使いって


 だったらしょうがない


「もぐらになって土に潜ります」


「相手ももぐらになって追いかけてきたら?」


 なにかしらくると思ったけど


「逃げながら、なんで追いかけてくるのと質問します」


「あなたを消すために決まってるでしょ」


 なに? 今先生 魔法使いを演じたの? しかも私は消されるの?


「ただ普通に平坦に生きたい私を消すのですか」


「あなたの普通が大嫌いだから消したいの。『魔法使いのくせに普通を気取ってんじゃないわよ』と依頼があったのでね」


 相手は魔法使いの殺し屋ですか


 もうその時点で平坦な楽ちん人生じゃないけど


 平坦な楽ちん人生を送るなんて無理だと言いたいわけ?


 私だって別に送りたいわけじゃない


 なにもないからそうなっただけ


 全然気取ってるわけじゃない


 この人 というかこの殺し屋魔法使いを納得させるには


 どうしたらいい?


 可もなく不可もない楽ちん人生を送るには?


 平凡で尚且つ王道の道を行けばいい


「魔法で魔法学校の先生を召喚し、命が狙われていることを相談します」


「追いかけられている最中にですか」


「そうです」


「その先生は味方になってくれますか」


「私の先生ですからなってくれるはずです。殺し屋も誰かを召喚しようとするかもしれませんが、その前に先生と一緒に叩けば勝機があるかと」


「信頼していた先生が味方になってくれなかったらどうしますか」


 味方になってくれなかったら?


「そんなことはありません。私は先生を信頼しています。先生だって生徒を大切に思ってるはず。これはごく自然なことで、可もなく不可もない楽ちん人生にはなにも反していないかと」


「あなたはそうかもしれませんが、先生は違った。先生はもう普通に飽き飽きしていて普通をやめたい所だった。普通のあなたが目障りだった。あなたを消せば普通のことをもう教えなくてすむ。普通じゃないことをどんどん教えられるようになる。先生が魔法で急にナイフを出し、あなたにかざしてきた。どうしますか」


 は? なにそれ


 急に振り翳してきたら?


「私は呆気にとられ、切られることになるかと」


 なるでしょ 私格闘のスキルないし


「ブスブス刺され致命傷を負うことになりますがいいんですね?」


 そんなたくさん刺すの?


「は、はい」


「ということは、死に至りますよね? 何度も刺されて死に至るということは、成功も失敗もない、平坦な人生で終わる。可もなく不可もない楽ちん人生をあきらめるということでよろしいですね」


 しまった


 素の自分になってた


 私は魔法使いだから 簡単によければよかったんだ


「そ、そうなりますね」


 なんか悔しい


「わかりました。意外と難しいのかもしれませんね、成功も失敗もない、平坦な人生で終わる、可もなく不可もない楽ちん人生を送るというものは。もしかすると、世界の長者番付トップ10に入ることよりも難しいのかもしれません。はい、では次の方」


「そんなわけないでしょ」


 まったく


「はい? 今なにかおっしゃいましたか」


 先生は 私を見ている


 やばい 声に出てたみたい


 私って けっこう負けず嫌い?


 じーっと見続けてきている先生……


 もう こうなったら自棄やけ


「はい、言いました。長者番付トップ10に入るよりも難しいわけがない」


「そうですか? でもあなたはなれなかった」


「私はね。でも他の人ならなれる」


「他の人でなりたい人はいませんでしたが」


「そうですか」


「そうです。みんなに一度提出してもらった時、成功も失敗もない、平坦な人生で終わる。可もなく不可もない楽ちん人生を送りたいと書いてあったのはあなただけでした」


 そうですか 読んでくれたんですか そうですよね 読みますよね


「本音を宣言したくない人だっていると思いますけどね」


「ならあなたは違うことがしたかったんですか」


「違います。ほんとです。私はなりたい」


「でもなれなかったということじゃないですか」


「それは先生が邪魔をしたから」


「実際邪魔をする者が現れないとお思いですか」


 はい とは言い切れない もう先生という存在が現れている 無気力のような感じで過ごす私を 気に入らない人だっているかもしれない


「います。いますね。ですのですいません、先生がナイフを出してきた所からやり直させてもらってもいいですか」


「構いません。人生をやり直してきた人はいくらでもいるでしょうからね」


 そうですか なら言わせていただきます


「先生がナイフを出して私にかざしてきたら、私は魔法で『大根』を出します」


 どっと周囲が湧いた


 構わず続ける


「先生は大根を切る。先生はただ、おでんを作りたかった。私はそのお手伝いをしているだけ。料理は可もなく不可もない楽ちん人生を目指す私にとって、なにも揺らぐことはないかと」 


 周囲が湧きに湧き起こっている


「そうですね。食べ物を料理することは普通だし平坦だと言える。なにも揺らぐことはない。殺人は人を邪魔するための究極の手段。それをおでん作りの行動にしてしまったんだから。送れるといいわね、可もなく不可もない楽ちん人生」


 なにか来ると思ったら 来なかった


「もう時間ね。じゃあ次は、野々村さんから発表してもらうからよろしく」


 授業が終わった 時間だったから言い返してこなかったのかもしれない


 先生が教室から出ていくと 大勢の人が私の所へ集まってきた


 私は この一件で人気者になった


 目立つの嫌だなと思ったけど 思いの外 前よりも教室が楽しくなった


 なにも無理をしていないから 疲れもない


 人気者になった私を邪魔する者も 今の所現れていない


『大根』


 様様なのかもしれない


 大根 というよりも 先生様様


 先生は 私を見抜いて 私のいい所を引き出し 教室にいる時間を楽しく というよりかは つまらない人生を過ごす私に変化をもたらしてくれたのだろうか


 だとすると


 先生 すごいね


 それとも


 ほんとに普通なこと教えるの 飽き飽きしてたのかな


 んー


 ちょっと気になる


 今度 聞いてみよ

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