【創作落語】九官鳥

山本倫木

九官鳥

熊「えー、こんちは。こんちは」


隠「はいはい、玄関先で大きな声を出して、どなたかな。おや、誰かと思えば熊さんじゃないか。まあまあ、こっちへお上がりよ」


熊「お、ご隠居、どうもこんちは。お邪魔させてもらって、よござんすか」


隠「おうおう、良いともよ。丁度退屈していたところなんだ。熊さんならいつでも歓迎するよ」


熊「へえへえ、そいつはありがたいこってすね。そいじゃ、ま、ヨ~よっとくらあ」


隠「威勢がいいねえ。いや、熊さん、来てくれてありがとうよ。傍から見ると隠居ってのはのんびりした気楽なものに見えるかもしれないけれど、いざやってみると、どうも退屈でねえ。熊さんみたいに若い人が遊びに来てくれるのが一番うれしいよ」


熊「へえ、そういうもんですかね。いやね、あっしもご隠居のとこに遊びに来るのは好きなんだ。今日の羊羹ようかんは虎屋?」


隠「おやおや、いきなり羊羹の催促かい? 相変わらず図々しい男だね」


熊「いけませんか?」


隠「いけませんかって事は無いけれど、人の家に上がりこんでいきなり羊羹をねだる男はアタシは他に知らないねえ」


熊「へえ、こいつはどうも、すいやせん」


隠「いいんだ、いいんだ。アタシはお前さんのそういう所が好きだね。丁度いまさっき、お茶を淹れたところなんだ。まあ、熊さんもゆっくりしておいき」


熊「へえ、ありがとうございやす。ゴチになりやす。いやあ、こないだご隠居に食わせてもらった羊羹、アレは旨かったね。遊びに来たら、また食わせて貰えるかと思って来てみれば、案の定だ。いやあ、どうもありがたいね」




九「オハヨウ!」


熊「うわ、びっくりした。誰だ、素っ頓狂な声を出しやがるのは」


九「オハヨウ!」


熊「また声がしたね。どこだい。声はすれども、姿は見えず。ホンマあなたは屁のような」


九「オハヨウ!」


隠「はっはっは。熊さん、驚かせてしまったようだね。今の声の主は、ほれ、そこのカゴの中だよ」


熊「なんですって、ご隠居。このカゴの中の野郎ですかい。どれどれ」


九「オハヨウ!」


熊「ほー、居るねえ。体全部が真っ黒な羽で、顔の周りだけ少しだけ黄色い鳥が居やがる。ご隠居、コレ何です?」


隠「これは九官鳥という鳥だよ。人の声を真似るってのが面白くってね。ちょっと前から飼い始めたんだ」


九「オハヨウ!」


熊「確かにしゃべってますねえ。でもご隠居、この野郎、さっきからオハヨウとしか言ってませんぜ」


隠「他にもいくつかしゃべる言葉はあるのだがね。一番良く話すのは、そのオハヨウだ」


熊「へえ、もう昼もだいぶ過ぎたってえのに、まだオハヨウですかい」


九「オハヨウ!」


隠「言葉を話すと言ったって、意味を分かっているわけではないからな。朝、昼、晩、いつでもオハヨウだ」


熊「へえ、いつでもオハヨウですかい。へへ、おい、鳥。オマエ、あんまり賢くないな」


九「オマエヨリ マシヤ!」


熊「なんだと、この野郎」


隠「まあまあ、熊さん。意味が分かって言っている訳ではないからな。許しておやり。アタシが代わって謝ろうじゃないか」


熊「いえ、ご隠居に謝っていただくような事じゃあ……」


隠「いいんだ、いいんだ。ほれ、お前さんの分の羊羹だ。さ、おあがり」


熊「恐れ入りやす。どうもありがとうございます」




熊「時にご隠居、ちょいと気になったんでございやすが」


隠「なんだい」


熊「キューカンチョーってのは、どういう訳でキュウカンチョーってんです?」


隠「なんだって」


熊「いや、だからね。キューカンチョーってのは、どういう訳でキュウカンチョーって名前になったんですかね」


隠「ほお、熊さん、お前さんは、九官鳥という名前の由来を知りたいのかい」


熊「ええ、ちょいと気になりやしてね。ご隠居は物知りだから、何か知ってんじゃないですかね」


隠「うーん、九官鳥の名前の由来かい。……今すぐかい?」


熊「出来りゃあ、そう願いたいですね」


隠「そうかい。うーん。熊さん、お前さんは九官鳥というのは、どういう字を書くのか、知っているかい?」


熊「いやあ、存じ上げませんで」


隠「ここのつに、左官の官に、鳥と書くんだな」


熊「へえ、九つの、左官の官の鳥ですかい。そいで、なんで九官鳥は九官鳥ってんですかね?」


隠「うーん、そいつはだなあ……お、そうだ」


熊「なんです?」


隠「熊さん、九官鳥の名前の由来を教えてあげよう」


熊「教えて、いただけるんで?」


隠「うん、整いました」


熊「整いましたってなあ、妙なもんですが。じゃあ、まあ、一つ、お頼みいたしやす」




隠「九官鳥だがな、あれは元々は十官鳥じっかんちょうと言ったのだよ」


熊「じ、なんですって?」


隠「十官鳥じっかんちょうとおに左官の官に鳥だな。九つではなく、とおだ」


熊「へえ、十の左官の鳥ですかい。そんじゃ、どういう訳で『十官鳥』てな名前をしているんで?」


隠「人間にはモノを感じる部分が5つあるな。目と、鼻と、耳と、舌と、肌。これをまとめて五官ごかんというんだ。十官鳥というのはな、とても感覚の鋭い鳥なんだよ。目もいい、耳もいい、鼻もいい。感覚がとても鋭いところから、人間の五官の倍ある鳥で、十官鳥、だ」


熊「へええ、なるほど。人間の五官の倍ですかい。そんなにすごい鳥なんですか」


隠「今となっては昔の話だがな。今うちで飼っている九官鳥は、タダの鳥だよ」


熊「はあ、そうなんでやすね。そんじゃ、ま、その十官鳥が、九官鳥になったんでございやすね」


隠「うむ、そうだ」


熊「じゃあ、そいつはどういう訳なんで?」




隠「十官鳥が九官鳥になったのには、訳がある。その昔、唐土もろこしの国にとある王様がいたな」


熊「トウモロコシの王様ですかい? さぞかし、でっかいトウモロコシなんでございましょうね」


隠「トウモロコシじゃあない。モロコシ。昔の中国だな」


熊「へえ、昔の中国ですかい。で、そこに王様が居たと」


隠「そうだ。名だたる名君めいくんでな。民草たみくさの様子をよくご存じだ。常に民の事を思ったまつりごとをし、国は栄えていたということだ」


熊「なんです? そのメークンの質種しちぐさってのは?」


隠「質種じゃあ、ない。名君で民草の様子をご存じ。まあ、われわれのような下々のことを、よく考えてくださる良い王様だったわけだ」


熊「あー、なるほど。いい王様だったわけなんですね。そう仰ってくださりゃあ、あっしもカンがいいからよく分かる」


隠「何を言っているんだ、熊さん。まあ、その王様なんだが、良い政をするために一つの秘密があった」


熊「ほお、秘密ですかい」


隠「うむ。王様は十官鳥を飼っていらしてな。毎日、ご家来衆が、朝、その十官鳥を街に連れて行っては、夕刻になるとお城に連れ帰るこということをしていた」


熊「鳥を、昼の間は街中で遊ばせといて、夕方、連れ帰るんですかい。なんだってそんなことを?」


隠「そう、その理由は家来の方も、街の者も分からなかった。だが、王様にとっては大事な事だったんだよ」


熊「そいつは、一体いってえどういう訳なんで?」


隠「十官鳥はとても感覚が鋭くて賢い。街中で流れるうわさ話やなんかを、みんな聞いて覚えてしまうんだな。昼間聞いて覚えたそれを、お城に帰ってから王様が一人になった時にしゃべって聞かせる。王様はそれを聞いて、今、民草はどんな暮らしをしているのか、みんな知ってしまわれるという訳だ。下々の生活を知るための、王様の工夫だったという訳なんだ」


熊「へえー、考えましたね。じゃあ、十官鳥は大事な鳥だったわけですね」


隠「そうだ。だから王様は十官鳥を大切になされていた訳なんだな。ところがある日、ご家来の方がいつものように十官鳥を街中に連れて行ったところ、誤って逃がしてしまうというコトが起きた」


熊「ありゃ、十官鳥の野郎、逃げちめえやしたか」


隠「さあ、これは一大事だ。何しろ、逃げたのは王様の目となり耳となっていた十官鳥だからな。直ちに逃げた十官鳥を探し出せとご命令がくだった」


熊「そうでしょうねえ。そいで、どうなりやした?」


隠「幸いにも、明くる朝には逃げた十官鳥は見つかった。ケガ一つなく、お城に連れ戻されたということだ」


熊「そいつは、良かったじゃあないですか」


隠「王様も最初は万事丸く収まったと喜ばれた。ところが、だ。戻ってきた鳥の様子がどうもおかしい」


熊「どうおかしいんで?」


隠「もともとは聡明で、遠くで話していた声も聴きとってよく覚えていた鳥なのだが、どうも物覚えが悪くなった。近くで何回も繰り返して話しをしてやらないと、言葉も覚えてはくれない。今までのように、昼の間、街で遊ばせておいても、城に戻ってから王様に、民草の声を聞かせることが無くなってしまったんだ」


熊「へえ、変わっちまったんでやすね」


隠「王様は困ってしまった。街の声を聞けなくなってしまったからな。それ以来、王様のまつりごとはどこかちぐはぐになり、国はだんだんと衰えてしまったということだ」


熊「はあ、十官鳥が役に立たなくなって、国が衰えていった訳ですかい。どうも、大変な鳥でやすね」


隠「おかしくなってしまった十官鳥は、どうも、まるでどこかが抜けてしまったようだ。だからそれ以来、その鳥のことを、官鳥から一官ひとかん抜けて、官鳥と呼ぶようになった、という訳だ。分かったかい、熊さん。これが、九官鳥の名前の由来だよ」


熊「なんですって?」


隠「だから、九官鳥の名前の由来だよ。十官鳥から一官抜けたから、九官鳥。お前さんが聞くから、アタシが言って聞かせてあげているんじゃないか」


熊「あ、そうでした」


隠「そうでした、じゃあ、ないよ」


熊「へっへっへ、どうも恐れ入りやす。いや、ご隠居の話があんまり面白いもんで、手前てめえで伺ったことをすっかり忘れちゃって。どうもお見それしました。そうなんですね、十官鳥から一官抜けたから、九官鳥。いやあ、上手い名付けですね」


隠「調子のいい男だ。まあ、そこが熊さんの熊さんらしいところだね」




熊「でもご隠居。まだ一つ、どうも分からないところがあるんでございますが」


隠「おや、まだ何かあるかい」


熊「九官鳥がどういう訳で九官鳥かってえのは分かりました。で、さっきのご隠居の話だと、十官鳥が急におかしくなって、九官鳥になったってことでやしたね」


隠「そうだな」


熊「なんだって、そんな急におかしくなっちまったんですかい?」


隠「おお、そこを言っていなかったな。実はだな、熊さん。逃げ出した十官鳥は明くる朝には見つかったんだが、どうもその見つかった場所が良くなかった」


熊「見つかった場所ですかい」


隠「そうだ。見つかった場所が悪かったから、十官鳥が一官抜けて、九官鳥になってしまったという訳だ」


熊「一体いってえ、どこで見つかったんで?」


隠「王様の国は、高い城壁で囲まれた国だったんだな。壁には大きな門があって、日の出とともに開いて、日の入りと共に閉まるようになっている。閉まっている時には、扉が外から開けられることの無いように、内側に大きな横木を渡してある。その、横木の上に止まっているのが見つかったということだ」


熊「なんですって」


隠「大きな扉が開かないようにしている、横木の上で見つかったということだ」


熊「扉が開かないようにしておく横木の上ですかい」


隠「そうだ」


熊「どうも、まだよく分からねえ。なんだって、扉が開かないようにしておく横木の上に止まると、十官鳥から一官抜けて、九官鳥になるんで?」


隠「熊さん、考えても見てごらん。扉が開かないようにしておく横木の上、だよ。『閂(かんぬき)』の上に止まっていたんだよ」






【おあとがよろしいようで】

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