終 そらそだべよ

「見くびっていた」


 てっきりもう切れたと思っていた、ベスプッチ帝国とのホットラインを通じて、ジーザス・クライスト・スーパースターの声を聞き、佐竹ルイ15世は「どでん」していた。


「み、見くびっていた……ズのは?」


「君がビッグな男だと思っていなかったんだ。君はビッグな男だ、間違いなく」


 なにがビッグなんだべ。イオン系列のスーパーマーケットである「ザ・ビッグ」の店内で流れている洗脳ソングをイヤーワームしながら、佐竹ルイ15世は困惑していた。


「ベスプッチ帝国はテストステロンが全てだ」


「てすとすてろん」


 よくわからないのでわからない口調になっている。佐竹ルイ15世は男性ホルモンのことをテストステロンと呼ぶことを知らず、てっきりなにか学力調査のようなものでねが、と思ったのだった。


「秋田も日本の一部なら、君もテストステロンが高まっているはずだ」


「はあ」


「テストステロンが強い人間は強い。それがベスプッチ帝国の根底の思想だ。マチズモと言われたら終わりだがね……」


 なんの話をしてらんだべ、と佐竹ルイ15世は思った。

 マチズモってなんだべ? マッチョの力士だべか? 津軽だば力士がどんどん採れるみでったども、秋田衆で力士サなる人は少ないんでねっか? その昔は「祖母が秋田県出身の王鵬」の勝負の結果をニュースで取り上げた(これはマジです)ズことを聞いてあったども……。


 佐竹ルイ15世は、そのへんはアホなのであった。

 もちろん「テストステロン」や「マチズモ」で検索してみることも考えたわけだが、いまはそんなことをしている場合ではなかった。

 突然の講和条約の締結に至りそうになり、佐竹ルイ15世は慌てて付け加えた。


「日本も許してけれっす」


「なぜだい? 君たちを窮地に追い込んだのは日本だよ?」


「きっと大統領閣下も悪気はねがったんだすびょん」


「そうかい? ……猫は元気かい?」


「ええ。きょうも噛まれて痛かったなす」


「ベスプッチ帝国では男が猫を飼うのは恥ずかしいこととされた時代が長かった。性的少数者だと思われぬために女性歌手の歌はいっさい聴かないという男性も少なからずいた」


「それは苦しいすな」


「……苦しい?」


「好きなものを好きだと言えねぇ暮らしは、苦しくねすか?」


 ジーザス・クライスト・スーパースターは、電話口で滂沱の涙を流していた。


「ひっく。ぐすっ。私だって猫を飼いたかった。でもママがダメだって言った。男らしくないからと。流行りの女性歌手の歌を聴きたかった。でもそれもママがダメだって言った。ぐすっ」


 いい歳ぶっこいてママはねぇべした。

 佐竹ルイ15世は頬がピクピクするのを感じた。


「だけれど君は、猫を飼うことも、女性歌手の歌を聞くことも、恥ずかしくないと教えてくれた」


「んだすか? 俺はただ『苦しいすな』としゃべっただけです」


「君のように自由でありたい。ベスプッチ帝国は、解散する!! マチズモとテストステロンによる支配を、終わらせる!!!!」


 やっぱりジーザス・クライスト・スーパースターはバカなので、こうしてあっさりと退位し、ベスプッチ帝国を帝政から共和政に改めたのだった。


 ◇◇◇◇


「うーん、ハタハタの卵ってなんかこう……噛んでもちぎれないし……ミルクティーに入れたら流行りそうだけど生臭い感じするね」


「そらそだべよ、魚の卵なんだがらよ」


 秋田県知事佐竹ルイ15世と、日本国大統領譲葉サユの会談が、秋田市内の高級料亭で持たれていた。

 令和の禁漁ののち、また県魚と言えるほど男鹿の港に押し寄せたハタハタを豪華な鍋に仕立て、佐竹ルイ15世と譲葉サユはうまいうまいと食べていた。


「でもこれ、毎日のように食べるんでしょ? うんざりしないの?」


「うーん。うんざりさねこともねえども、もうタンパク質として当然のものだものなあ……」


「ハタハタ味のプロテインバー作ったらきっと売れるよ」


「ははは。考えてみるす」


「で……東京の過密な人口を、秋田県に分散させる計画だけど、とりあえず映画館作るところから始めてもらえない? サッカースタジアムはあるみたいだし、球場もあるし」


「わがたす。まあサッカースタジアムも球場もだいぶ修理さねばなんねえども、その費用は東京持ちでいいんだすな?」


「うん! 東京、お金余ってるから!」


「……ところで、ジーザス・クライスト・スーパースターさ、何を吹き込んだんだすか? 突然ビッグな男だテストステロンだなんだってしゃべってきて……」


「わーお。ジャパニーズ・ウタマロ・イズ・ビッグ」


 譲葉サユの悪い笑顔を見て、佐竹ルイ15世はなにが起きたのかを把握した。


 秋田舞妓がしゃなりしゃなりと出てきて、あの微妙に垢抜けない化粧の顔を凛々しくしてひらりひらりと踊っている。


「秋田ってさ、思いの外いいところだね。『ゴジラ』とか送り込んでごめんね」


「いいのだー。セリオンもおめが建ててけだべ」


 佐竹ルイ15世という男、こういうところはお殿様らしく鷹揚なのであった。

 あるいはそれを、ジーザス・クライスト・スーパースターは、「ビッグである」と感じたのかもしれない。


 そして譲葉サユは、大統領令で秋田県を復活させ、東京の過密になりすぎた人口を秋田に送り込んで農業政策をすることを考えていた。この政策により、「稀代のバカ」と称されていた譲葉サユは、歴史に名を残す偉大な大統領となった。


(俺が、なんぼでも秋田どごいいところにしてやるど)

 佐竹ルイ15世は、ハタハタの卵を噛みちぎった。(おわり)

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秋田追放 金澤流都 @kanezya

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