壊れたエレベーターから出たらそこは明治の浅草だった

白鷺雨月

第1話 壊れたエレベーターから出たらそこは明治だった

 僕の名前は田村優平たむらゆうへいという。二十六歳の会社員だ。趣味というか生きがいは推しのアイドルのライブに行くことだ。そのために働いて、生きていると言っても過言ではない。

 僕のスケジュール帳は推しのアイドル「フリルズ」のライブやイベントでびっしりだ。有休はすべてフリルズの地方公演につかっている。


 夏の暑い日、東京公演のために僕は彼の地を訪れた。最近、ホテル代が高くて遠征費用がかさむのが悩みの種だ。

 それでも旅行の楽しみとして、僕はその地を観光する。せっかく来たんだからね。その土地を楽しまないのはもったいない。

 ということで僕は前々から来てみたかった浅草を訪れた。雷門とか映画「男はつらいよい」の舞台を見てみたかったんだよな。

「男はつらいよ」は二年前に病気で死んだ父親が好きな映画だったのだ。

 観光の前に腹ごしらえと僕はとあるビルに入る。そこはいくつものレストランが入るビルだった。定番のサイゼリヤに入る。サイゼリヤはビルの五階にあった。

 チーズハンバーグとライスでエネルギーを充電し、僕はレストランを出る。

 下におりるエレベーターに乗る。

 エレベーターに乗った瞬間、ガクガクとゆれる。それはもう立ってられないほどの揺れだ。僕は思わず床に尻もちをつく。

 尾てい骨が痛い。

 数分間、揺れてようやくおさまる。

 チーンという音がして、エレベーターの扉が開く。


 視界に入るのは現代の高層ビルが数多く並び立つ近代都市東京ではなかった。

 大きな池が見える。

 暑さは変わらないので夏だということはわかる。

 次に視線を奪われたのは仁丹の看板だ。ナポレオンが着るような軍服をきた髭のおじさんの胸元に大きく仁丹と書かれている。

 その仁丹の看板の後ろに見たことのない塔がそびえ立っている。

 目立った建物はそこだけだ。


 もしかしてここは現代日本ではないのではないか。かといって異世界というわけではなさそうだ。異世界に仁丹なんてシュール過ぎる。


 とりあえず僕はその巨大な塔に向かうことにした。あそこに行けばここがどこなのかわかる。

 僕はその塔に向かって歩き出す。


「どいてどいてどいて」

 慌ただしい女性の声がする。振り向くと長い髪を振り乱して、着物の女性が走っている。

 その女性は僕の目の前で盛大に転んだ。

 思わず僕は手を差し出し、彼女が地面に顔面をぶつけるのを防ぐ。

 着物の上からでもわかる女性特有の柔らかさが腕、特に手のひらに伝わる。

 これってもしかしてラッキースケベというやつか。

「すいません、お兄さん。助けていただいてありがとうございます」

 僕の腕の中でその若い女性はにこりと微笑む。

 彼女の顔は、はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。僕の好きなアイドル並みか以上といっても過言では無い。キリリと整った目鼻立ちにくっきりとした太い眉が印象的だ。

 それに僕の手のひらに伝わる柔らさかはかなりの大きさだ。

 その和服美人は僕の腕をつかみ立ち上がる。


「あたたっ」

 とその長い髪の美人は足首を見る。足首は赤く腫れていた。

「大丈夫ですか?」

 僕は尋ねる。

「ええっまあ、何とか」

 和服美人はちらりとあの塔を見る。

 どうやら急いであそこに向かわないといけないようだ。

 よし、美人の手助けをしよう。これも何かの縁だ。

 僕は彼女に背を向ける。

「乗って下さい」

 僕が言うとじゃあ、遠慮なくと彼女は背中に体を預ける。長い髪から漂う匂いは良い匂いだった。

 僕は彼女を背負い歩き出す。

 背中に女性特有の柔らかさが伝わる。

「どうしてあそこに行きたいのですか?」

 僕は長い髪の美人に訊く。

「あそこで東京百美人が行われるの。あっ私の名前は小つまっていうの、よろしくね」

 小つまさんか、古めかしい名前だな。

 小つまさんが語るにはあの塔の名前は凌雲閣というそうで、そこで東京の芸者百人を集めて誰が一番の美貌かを決めるということだ。

 そして小つまさんは今は明治二十四年だとも言った。

 僕は壊れたエレベーターに乗って、明治時代にタイムスリップしたようなのだ。

 とりあえず僕は小つまさんを背負い、その凌雲閣に向かった。

 ちなみに東京百美人とは現代で言うところのアイドル総選挙のようなものらしい。

 階段の壁に百人もの芸者の写真がならべられ、そこを訪れた人々がお気に入りを投票するのだ。

 今も昔もやっていることは変わらないな。


 僕は小つまさんの案内で凌雲閣に入る。

「もう大丈夫よ」 

 小つまさんは僕の背中から降りる。あの温かさと柔らかさが離れるのが寂しい。


「でもどうしようかしら。髪結いができてないのよね」

 小つまさんの困った顔もこれまた可愛い。百年以上前の女性がこんなに可愛いとはおもってもみなかた。

「小つまさん、そのままで良いよ。だってロングヘアー綺麗だし、みんなに見せたほうがいいよ。顔も綺麗なんだし、絶対大丈夫だよ」

 気がついたら僕はそう言っていた。

「綺麗だなんてお兄さん、ありがとうね。分かったわ。このままで撮影してみる」

 にこやかに小つまさんは微笑む。

 僕はこの笑顔を一生忘れないだろう。


 僕は凌雲閣の中にある写真館で小つまさんの撮影につきあった。昔のカメラの前で長い髪の小つまさんが寝ころんでポーズをとる。 

 これってグラビア撮影じゃないか。

 長い髪を垂らした小つまさんは神秘的な美しさだった。

 撮影の後、僕は小つまさんの案内で凌雲閣を見てまわった。

 もしかして、これってデートではないかな。

 まさか明治時代の美人とデートできるなんておもってもみなかった。

 屋上からの眺めを楽しんだあと、僕は凌雲閣のエレベーターに乗った。小つまさんが言うにはこのエレベーターはつい先日まで故障していたという。

 階段で登り降りさせる客を楽しませるために東京百美人が開かれたというのだ。


 エレベーターに小つまさんと一緒に乗る。満員だったので小つまさんは僕の腕に抱きついた。うふっまたこの柔らかさを味わえるなんて、役得だ。

 と思っていたらガクンとエレベーターが揺れてその瞬間、僕は意識を失った。


 気がつくと僕はもとのエレベーターに戻っていた。ただ、腕には小つまさんの肌のぬくもりだけが残っていた。


 ライブが終わり、ホテルの部屋に入った僕はスマートフォンで小つまさんのことを検索してみた。

 小つまさんは髪結いが間に合わなくて、流し髪で東京百美人の写真を撮影した。

 これがことのほか受けて、洗髪料シャンプーのイメージガールになったという。売れっ子芸者になったとウエブサイトには書かれていた。

 そして検索された画像は間違いなくあの小つまさんであった。


終わり

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壊れたエレベーターから出たらそこは明治の浅草だった 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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