【カクヨムコン10短編】羽化登仙
六散人
子供の頃から目立たない存在でした。
本当に目立たなかったんです。
給食当番の順番から、知らない間に外れていたり。
遠足に行った時、バスの集合時間に遅れたら、忘れられて置いてきぼりにされたり。
とにかく酷かったんです。
それは学生時代も同じでした。
コンパに出ても最後の会計の時に人数から外されて、ちょっと得したこともありました。
会社に入ってからも同じでしたね。
課内の会議招集から外されるなんて、しょっちゅうでした。
もう諦めてたんですよね。
私なんて、こんな程度の存在なんだって。
両親も私が大学を卒業した途端に、事故で亡くなったんです。
兄弟も親戚もいなかった私は、その時独りぼっちになりました。
でも寂しかったかというと、そうでもないんですよ。
両親とは20年以上も一緒に暮らしていたのに、何となく縁が薄かったというか。
別にネグレクトされてた訳ではなくて、普通に子供として可愛がってもらってたと思うんですけど。
亡くなった後で思うと、縁が薄かったという言葉が一番しっくりくるんですよね。
いずれにせよ私は、独りきりになりました。
寂しいとかはなかったんです。
人に囲まれてる中でも、ずっと独りのようなものでしたから。
私って自分で言うのも何ですけど、かなり美人なんですよ。
スタイルもモデル体型って言うんですか?
シュッとしたプロポーションだし。
背も高いんですよ。
なのに全く男性の関心を惹かないんです。
不思議なんですよね。
普通だったら、モテモテでもおかしくないと思うんですけど。
そんなある日、頭の中に命令が来たんです。
彩れ――って。
それは何故か抗いようのないものでした。
私は命じられるままに、それまで着たこともないような派手な洋服や、使ったことないような化粧品を買っていました。
そして次の日、買った洋服を着て、今までしたこともないような化粧をして出社したら、世界が変わっていました。
皆が私に注目してるんです。
その理由は私が突然装いを変えたから、ということだけではなかったようでした。
皆が私の本当の美貌に気付いて、目を瞠ったからなのです。
人生初の経験でしたね。
だってそれまで存在しないように扱われていた自分が、突然脚光を浴びたんですから。
それから暫くの間は有頂天でした。
だって、それまで全然相手にされてなかった
勿論周囲の女性からの嫉妬は感じました。
今まで相手にもしていなかった私が、突然男性の注目を集めた訳ですから、嫉妬する向きがあったのは仕方がないと思います。
そんなある日、また頭の中に命令が来たんです。
―― 十人必要だ。
―― 十人分の精気が必要だ。
意味が解りませんでした。
精気って何?――そう思いました。
でもその意味はすぐに分かりました。
それは命令が来て、最初に出会った男を見た時でした。
その男と
男は隣室に住む大学生でした。
その学生を誘惑するのは簡単でした。
私の容姿が変わって以降、廊下で会うたびに好色な目を向けて来ていたからです。
性交の後、私は今まで感じたことのない充足感を味わっていました。
何かが私の中に満ちてきている感覚でした。
一方で学生の方は、げっそりとなっていました。
顔色は死人のように真っ青でした。
現に翌朝男は、自室の中で涸れ果てたような死体で発見されました。
その後も私は、九人の男と次々と性交を繰り返しました。
その度に私の中に何かが充填されていき、その一方で私と交わった男たちは涸れ果てていきました。
その日10人目の男と性交を終えた私は、自室に戻るために夜道を歩いていました
満月が煌々と夜空を照らしていました。
月光の蒼白な気を浴びながら歩く私の中で、急速に何かが変わっていくのを感じました。
その時でした。
私の前に見知った顔の女が立ち塞がったのです。
そいつは会社の同僚でした。
確か8人目に交わった同僚と、付き合っていた女です。
手には包丁を持って、私を睨みつけています。
淡い月明りの中でも、不思議とその怒りの形相がはっきりと見えました。
女は何事かを喚いていました。
多分私に男を寝取られ、枯渇させられたことを怨んでいるのでしょう。
しかしそんな詰まらない言葉は、一切私の中に入って来ませんでした。
その時私の中で何かが弾け、私は生まれ変わったからだ。
何と言う力だろう。
体の奥底から湧き出て、満ち溢れていく。
私を見て女が声を失くしていた。
女の眼に果てしない恐怖が浮かんでいる。
私はその視線の先を追って、自分の手を見た。
そこには猛禽の鉤爪が凶暴な
私はその美しさに束の間見惚れる。
これこそが私の手なのだ。
その時女が、か細い悲鳴を上げながら逃げ去ろうとした。
しかし私は、逃しはしなかった。
背中に生えた翼の一羽ばたきで女に追いついた私は、躊躇いもなく背中から鉤爪を突き刺し、女の心臓を掴み出したのだった。
まだ拍動する心臓から滴り落ちる鮮血は、この上もない程美味だった。
その時私の目の前に、一羽の漆黒の鳥が降り立った。
並外れて大きなその鴉は、すぐさま人形を現す。
巨大な双翼を折りたたんで私に跪いた、真っ黒なその男は、顔を伏したまま厳かに告げた。
「我ら
御再誕を心よりお祝い申し上げます」
その言葉を聞いて、私の記憶が鮮明に甦る。
そう。私こそが古の鳥人の女王。
天空の覇者なのだ。
嘗て滅びた肉体を離れた我が魂は、この時代の人間の児に宿り、托卵されたのだ。
役目を終えた人間は、すぐに抹殺された。
私を詰まらぬ情愛などで、束縛させないために。
人の殻を破り、純白の羽を取り戻した私は、魂の自由を得たのだ。
歓喜が私の中に満ち溢れていく。
ふと気づけば、足元に無数の鴉が群がって女の死体を啄ばんでいた。
やがて女は襤褸布に包まれた白骨となり、僅かに残された頭髪が、女の生への執着を表しているようだった。
その醜い骸に興味を失くした私は夜空を見上げる。
巨大な蒼月が私を祝福していた。
私は翼を思い切り伸ばすと、夜空へと舞い上がった。
黒い従者が私に続く。
漆黒の虚空を飛翔する快感に身を委ねながら、私は思った。
――我こそがこの空の王者。
――最早人間の自由にはさせない。
了
【カクヨムコン10短編】羽化登仙 六散人 @ROKUSANJIN
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