3-13 穏やかな日常
あれから一週間が経った。
例外種との戦いを経て、結界は安定を取り戻していた。
「ネコちゃん、このお茶美味しいなぁ」
いつものソファでミレイが紅茶を飲む。
「お褒めに預かり光栄でありますにゃ!」
ニャビィが嬉しそうに尻尾を揺らす。
今日のブレンドは、ニャビィが誇る特製の「スターライトブレンド」。星光竜との絆を取り戻したミレイを祝して、特別に淹れたものだった。
「実は北方産の茶葉に、魔法の実のエキスを数滴......」
ニャビィが得意げに説明を始める。その横でリリアが笑顔を浮かべ、ルシェは凛とした姿勢でカップを持ち、香りを確かめていた。
「ヘレン先生から、浄化魔道具の効果が出てるって連絡がありましたよ」
リリアが報告する。
「三つのセクターとも安定してるみたいやぇ」
ミレイの言葉に、ボクは目の前のデバイスから目を上げる。
(いつの間にか、こんな日常が当たり前になったんだな)
ボクは三人の様子を眺めながら、ここまでの道のりを思い返していた。
まずリリアとの出会い。
あの日、魔力制御に悩む彼女が初めて部屋を訪れた時、ボクはまだ引きこもりの結界管理人を気ままに続けられると思っていた。
型に収まらない魔力。それは彼女の悩みであり、同時に大きな可能性でもあった。プログラムで魔力の流れを制御し、新しい道を見出していく過程は、ボクにとっても大きな転機となった。
今では立派な魔法使いとして成長した彼女を見ていると、人を助けることの喜びを、彼女から教えられた気がする。
「あの時は、ただの引きこもりだと思っていたが随分と変わったようだ」
ルシェの声が、ボクの回想を遮る。
「いや、今でも十分引きこもりだけどね」
「それでもなまけものなりに、それなりに働いてるだろう」
最初は監視役として現れたルシェ。
キッパリとした口調で、結界管理の怠慢を指摘してきたあの日が懐かしい。
今では、剣一筋だった騎士が新しい可能性を見出すまでの過程を、間近で見守ることができた。
「秩序の剣と虚空の剣、使いこなせてるの?」
「ああ。型を理解し、時にはそれを超える。それが私の選んだ新たな道だ」
その言葉には、確かな自信が宿っていた。
「そういえばリリやん、ヘレン先生が言うてはったけど、魔法ギルドでの評価も上がってきてるって聞いたぇ」
ミレイがリリアに話を振る。
「え? そんな......まだまだ未熟者ですから」
「貴方の魔力は、型に収まらないからこそ無限の可能性がある」
ルシェのはっきりとした言葉に、リリアの頬が赤く染まる。
「ねぇ、イオリン。これからも引きこもりでええの?」
ミレイの唐突な質問に、ボクは考え込む。
「うーん、そうだね。でも、前とは少し違うかも」
「どう違うん?」
「前は世界と距離を置くために引きこもってた。でも今は......」
ボクは窓の外に広がる結界を見つめる。
「結界を守るために、この場所で見張ってる感じかな」
「それって、ちゃんと仕事してるってことやぇ!」
ミレイが楽しそうに笑う。
「私も騎士団に、結界管理の新しい体制について提案しようと思います」
ルシェが改まった口調で告げる。
「魔法ギルドとの連携も、もっと強化できそうですし」
リリアも頷く。
「なんや、みんな少しずつ前に進んでるんやね」
ミレイの言葉に、部屋に柔らかな空気が流れる。
「ミレイはこれから、どうするつもり?」
ボクが尋ねる。
「ウチはもっともっとクラウン商会を大きくしたいなぁ。新しい取引先も増えてきたし、商会の規模も広げていきたいんよ」
ミレイは星光竜のペンダントを握りながら、続ける。
「そして、みんなを守れるような立派な商人になるぇ。商売上手なだけやなくて、困ってる人の力になれるような商人やぇ」
その言葉を聞きながら、ルシェは先日の戦いを思い出していた。
あの時、ミレイが召喚したステラヴェイルが放った白銀の光。あれは間違いなく、この国を守護する星光竜の力だった。
(ミレイ殿こそが、この国の......)
そこまで考えて、ルシェは自分の思考に微かな笑みを浮かべた。
夕暮れの光が部屋を優しく染めていく。
窓の外では結界が虹色に輝き、どこか遠くで星光竜が舞っているような気がした。
小さな部屋で過ごす穏やかな時間。それは、もう誰にとっても大切な日常になっていた。
(これからも、きっと色んなことが起こるんだろうな)
ボクはそう思いながら、デバイスの画面に表示される新たな数値を確認していた。
結界は今日も、静かに彼らの日常を見守っている。
結界を守るために戦う時は必ず来る。
けれど今は、目の前の穏やかな時間を大切にしたい。
ボクはそっと目を閉じ、ニャビィの淹れた紅茶の香りを楽しむことにした。
異世界に転生したのにワイちゃん鬱でひきこもってる件 論理ペロ @Logical_Pero
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