とりあえず、これで

赤城ハル

会議

「それでは新作ランドセルのキャッチコピーについて話し合いをしたいと思います」

 広報課の山下が会議室に集まった各々の部署から派遣された面子を見て言う。

 円卓の中央には新作のランドセルが3つ並んでいる。色はピンク、青、茶色。

「まずは商品開発部の加藤さんはどのようなコンセプトで本商品をお作りになられたので?」

 手を挙げて、発言したのは営業部の木村部長。この中で最も年配で唯一の部長。他の部は係長以下のクラスしか派遣していない。

「コンセプトも何も我が社の伝統でしょ?」

 問われた加藤係長は溜め息交じりに答える。

「つまり何もないと?」

 木村部長は眉根を寄せる。

「ありませんよ。毎年普通に作っているだから」

「でも、今回は前年と違うものなのでしょ?」

「そりゃあ、そうですけど。でも、型や材料、値段の違いですよ。大きな変化はありません」

 そう言って加藤係長は肩を竦める。

「どうして赤と黒はないんですか?」

 この中で1番若い経理部の吉澤が尋ねる。

「……なんで経理部までいるかな?」

 広報の山下が困ったように言う。

「部から1名派遣するようにってお達がきたからですよ」

「でもそれは本件と関係しているところだけなんだけどなぁ」

「で、なんで赤と黒はないんですか?」

「今は多種類の色があるんだよ」

 企画部の田中が吉澤の問いに答える。

「君の時代にもたくさんの色があっただろ?」

「えー? うーん? 赤と黒しか見てませんね」

「君、本当に二十代?」

「そうですよ」

「それよりキャッチコピーを考えよう。吉澤くんは何かないかな?」

 広報部の山下が吉澤に問う。

 それは若い感性を求めてのものだった。

 吉澤は円卓の中央に並べられた青のランドセルを持ち上げる。

「そうですね。軽いから、キャッチコピーは……天使の羽みたいな──」

「ダメダメ。それ他の所が使ったから」

「え? そうなんですか?」

「残念ながらね」

「それなら安いから……安くて丈夫なランドセルとかは?」

「安直だね。ちなみに安いから丈夫ではないんだよね」

 商品開発部の加藤係長が答える。

「安くて丈夫には出来なかったんですか?」

「出来ないね。それが出来たら苦労はしない」

「そもそも丈夫だけを売りにしてもねえ。もっと他にはないものが欲しいよね」

 営業の木村部長がぼやく。

 その発言にムカっときたのか加藤係長が、

「なら、どんな機能が欲しいんですか?」

「どんなと言われても……ねえ?」

 木村部長は広報部の山下に助け舟を求める。

 山下は苦笑して、

「まあ、ランドセルは4年間使えたらいいくらいですよね」

「4年間どうしてです?」

 吉澤が不思議そうに問う。

「そりゃあ、ランドセルなんて4年生くらいまでじゃないかな? 5年生のときはリュックだったよ」

「え? そうですか?」

「皆さんもそうですよね」

 山下は他の面々に問う。

 それに他の面々はそうだと頷き返す。

「ほら。6年間も使いませんよ」

「ええ? なんで?」

「もしかして吉澤くんは私立出身かな?」

 企画部の田中が問う。

「ええ。小学校から大学まで全て私立です」

「私立は制服とランドセルが決まってるからね」

「それよりキャッチコピーを考えてください」

 山下が手を叩く。

「これが売れないと我が社はランドセル業界から撤退するようですよ」

「別にいいのでは? 元々少子化で売れ行きは悪い一方なんですから」

「吉澤くん、そうなるとリストラが発生するよ」

「もしかして自分達も対象に?」

「関係者はリストラの対象だろうね」

「うっそー」

「リストラといえば、人事部は誰も寄越してこないな。こういう話があるからかな?」

 ふと営業部の木村部長がそんなことを言う。

「あっ!? それならいい案がありますよ」

 吉澤が元気よく言う。

「何々?」

 企画部の田中が聞く。

「日本だけ目を向けているからいけないんです。今はグローバル。日本のランドセルを外国に売るんです」

「へえ、どこに?」

「中国とか」

「ダメ。絶対無理。売れない」

 田中は一蹴した。

「どうしてです? やってみないとわからないですよ」

「ええと、吉澤くんはニュースを見ないのかな?」

 山下が困ったように問う。

「見ますよ」

「それなら中国で日本人の子供が殺されたのを知ってるよね?」

「ああ! ありました」

「ランドセルを背負ってる子供は日本人だと認識されているんだよ。それで向こうではランドセルを使わなくなったらしいよ」

「中国が無理なら韓国とか……」

「反日感情の多い国はダメだ」

 営業部の木村部長が手を振って答える。

「なら、アメリカとか?」

「無難かもしれんが、売れるかどうかは難しいな」

「とにかくキャッチコピーを考えましょう」

 山下が皆に案を出すよう促す。

「そういう山下さんは何かないの?」

 商品開発部の加藤が山下に聞く。

「広報ならキャッチコピーとか得意でしょ? というかそれを考えるのも元々そちらの仕事でしょ?」

「私ですか? んん……」

 山下は新作のランドセルを手に取り悩む。

「迷ったらこれ! ……みたいな」

 それは滑るように出た言葉だった。山下は発言したあとで安直だったと後悔した。そして周りは反対するだろうなと。

 けれど、なぜか反対意見はなかった。皆は黙ったまま円卓中央の新作ランドセルを見つめている。

「どうしました?」

 皆が黙ったままなので山下は問う。

「ん、ありかもな」

 営業部の木村部長が腕組みしながら頷く。

「そうですね。勧める点はないけど、他社の製品と迷ったら手にして欲しいですね」

 今度は商品開発部の加藤係長が言う。

「自分もありだと思いますよ」

 経理部の吉澤も同意する。

「企画部の田中さんはどうでしょうか?」

「……そうですね。ランドセルなんて色が違うだけで、あとは似たようなものですからね。『迷ったらこれ!』というのはいいかもしれませんね」

 なんともまあ、滑って出た言葉がこうも評価されるとは驚きだと山下は心の中で呟く。

「では新作ランドセルのキャッチコピーはこれにいたしましょう」


  ◯


 広報部に戻った山下は中西部長に会議で決めたキャッチコピーを伝えた。

 中西部長は40代後半の恰幅のある女性。

 今回の会議には男性陣が出席するという話を耳にして山下に代理出席させた張本人。

「……もっと良い案はなかったの?」

 山下は目を伏せて首を横に振る。

「『迷ったらこれ!』ねえ。なんか新作に特徴はなかったの? 例えば、羽のように軽いとか」

「ありません。それに羽は他社が使っております」

「…………ま、これでいっか。ランドセル部門は少子化の煽りで右肩下がりの一方だもんね」

「今年売れなかったらランドセル業界から撤退という噂を耳にしたのですが」

「決定はしてないわ。上が『創業時からやってたのを撤退してどうする』と文句を言ってるからね。でも、売れなかったら、その数字を見せて黙らせるつもりだって」

「撤退したらリストラという話も……」

「それはないわ。むしろ新しい挑戦をしたいから手伝ってくれる人員が欲しいと言ってたわ」

「なるほど。新しいことを始めるには人を集めないといけませんよね」

 山下はほっとした。

「でもねえ……このキャッチコピーはどうかしら? やっぱもうちょっと何か欲しいわね」

「しかし、これ以上何も……」

「例えば、キャリーバッグになるランドセルとかは?」

「は?」

「私は背負うよりキャリーバッグみたいなのが便利だと思うのよね。取り外しが出来て、キャリーにもなったり、背負ったり出来るタイプ。荷物が多い時ってあるじゃん。終業式とか。そういう時はランドセルを背負って、キャリー部分に荷物を載せるの。そういうのよくない?」

 まるですごいアイデアを思いついたように中西部長はすらすらと語る。

「あの、いまさら言われても」

 すでに商品は出来ているのだ。いまさら新作を作れとは無茶だ。

「キャリーをつけるだけだから難しくないんじゃない? もしくはキャリーを別売りにしてさ」


  ◯


 こうしてキャリーランドセルが生まれた。

 キャッチコピーは『手荷物が多い時はランドセルを背負う。そしてキャリーに重い荷物を載せよう』だ。


 さてさてこのキャリーランドセルが売れたかどうかは──また別の話。

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