#10/0 事件解決数0の名探偵

1997-12-24-11:00




 久我先生の事務所を出て小一時間ほどたった後、ようやく金和君の店に到着した。前に見た時は5月だったが、今は12月ということもありクリスマスの飾り付けがされている。


 店に入ると早速金和君が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ……って瑠美ちゃん?」


「金和君、久しぶり」


「どうしたの今日は。誠二とデートじゃないの?」


 私は言った覚えが無いので、誠二が自慢したのだろう。誇らしげに話す誠二が頭に浮かぶ。


「そうだけど、今日は菊池さんに用事があって来たの」


「菊池に?」


 思いがけない人物の名前が出て金和君は目を丸くする。


「菊池さん、呼んでもらえる?」


「いいけど、何話すの?」


「内緒」


 金和君は店の裏に行き、少し待つと菊池さんがやってきた。


「瑠美さん、お久しぶりですね」


 菊池さんはやはり好々青年といった笑顔でほほ笑む。同時になぜ呼ばれたのかわからないと言った表情をしている。


「久しぶりです。今日は幸子から伝言を預かってきました」


 この時点では幸子も私も菊池さんの連絡先を知らないので、不自然ではないだろう。


「幸子から?」


「はい。今日の18時、松波公園の噴水の近くで待っているそうです」


「松波公園って、あのイルミネーションで有名な? なんでまた」


 菊池さんの表情が、どんどん嬉しそうな表情に変わっていく。やはり幸子の事が好きなんだな。


「なんでか分かりませんが、今日の幸子、なんだか嬉しそうでしたよ」


「嬉しそう……」


「そうそう、実は私、今日松波公園の近くのレストラン予約していたんですよね。この前テレビで特集されていた、夜景が綺麗なレストラン。だけど、一緒に行こうとしていた相手が別のレストランをサプライズで予約していたらしく、キャンセルしなくちゃいけなくなっちゃったんですよね。もしよければ、代わりに行ってもらえません? 幸子も急に連絡したからディナーの予約が取れなかったみたいで」


 今言ったことは本当だ。当日に誠二も別の場所でディナーを予約していたようなので、仕方なく私が予約したレストランをキャンセルした。夜景が綺麗らしく、楽しみにしていたので食べれないものが多く、残念だった。誠二が予約していた方もよかったものの、私の苦手な海鮮料理が多かった。海鮮系が苦手だと言う事は誠二教えていたはずだった。誠二が海鮮系を好きな為、自分の好みだけで決めたのだろう。……そういう小さな部分が分かれる原因の一つだった。


「ありがとうございます。幸子と二人で食べに行ってきます! ……あっ」


 菊池さんは赤面する。そんな菊池さんが可愛くて、思わず笑ってしまう。


「やっぱり、幸子の事好きなんですね。よかった。それじゃあ、今日は楽しんでくださいね」


 予約の番号を伝え、私は店を後にする。


 店から離れ、静かそうな所を見つけると、私は例のレストランに電話をする。


『お電話承りました。メゾン・ロジェ・ ノワレです。ご用件はいかがなさいますか』


「えっと本日予約していた大得瑠美です。本日急用が入りまして、代わりに別の者が行きます」


『かしこまりました。代わりの代表者のお名前をお願いします』


 二人の名前を伝える。


「それと、18時ごろ、大得瑠美を名乗る者がキャンセルの連絡を入れますが、無視してください」


『えっ⁉ どういうことですか?』


「私の名を語ってデートをキャンセルしようとする不届き者がいるのです。ご協力お願いします」


 それだけ伝え、電話を切る。


 少々無理やり感があるが、これで過去の私は変わらず誠二のレストランに行くだろう。


 これでレストランと、菊池さんの問題は解決した。次は幸子だ。


「もしもし幸子?」


『どうしたの』


「菊池さん覚えてる? 金和君の店の」


『あー菊池さんね。覚えてるよ。あの好々青年って感じの人でしょ?』


「そうそう。その菊池さんがね、今日18時、松波公園の噴水に来て欲しいって」


『えっ公園に? どうしたの急に』


「いいから、とりあえず行ってみなよ」


『まあ今日は早く仕事終わりそうだからいいけど、どうして瑠美ずてに連絡したの?』


「いや、連絡先知らないでしょ?」


『確かに』


「それじゃあ、遅れないでね」


 電話を切る。


 これでやることは終わった。あとは二人が付き合うのか確認すれば完了だ。一度現在に戻って確認したいが、一度しかこの時間に行けない関係で、今戻ることは出来ない。もし二人が付き合わなかったら、別の方法を試さなくてはいけない。


「ふう……」


 やることがひと段落し、思わず力を抜く。ああ、幸子を助けることでは無く、自分の為に時計を使えたらどんなに楽しいだろう。例えばギャンブルに時計を使えば、一瞬にして大金持ちになれるだろう。他にも、付き合ってみたかった相手と、時を巻き戻してその相手が好む事をすれば幾らでも付き合えたりするだろう。そんな凄い力を久我先生は本当に事件の為だけに使っているのだろうか。


 時計の事を考えていると、視界の端にノイズがちらついているのに気が付いた。振り向くと、2月21日でも見た時間ノイズがそこに走っていた。今までどうして気が付かなかったのだろうか。どうやらここでも事故か何かが起こっていたようだ。しかし、やはり時間ノイズは綺麗だ。見ていると、引き込まれる。


「危ない!」


 その時、頭上から声がした。見上げると、ビルから花瓶が私目掛けて落ちて来る所だった。


 間一髪で花瓶を躱す。地面に落ちた花瓶が粉々に砕け散る。


「大丈夫ですか⁉」


 上の階から、花瓶を落とした人物が心配する。


「大丈夫です。間一髪避けられました」


「よかった」


 その人物は胸をなでおろす。


 やはり歴史の修正力が襲い掛かって来た。今回は無事だったが、これからも危ない目に遭い続けるだろう。果たしてデートが終わるんで生き延びられるだろうか。


 安心したのも束の間、道路から信号無視した車が私目掛け突っ込んできた。


「えっ⁉」


 咄嗟に身構えるが、時既に遅し。大きな音と衝撃を最後に、私の意識は失われた。




1997-12-24-●●:●●




 腕が痛い。足も痛い。頭も本当に割れているかのように痛い。目を開けようとしても、周囲が暗いのか何も見えない。声を出そうにも、声が出ない。意識がはっきりしてくると、周囲が暗いのではなく目に包帯が巻かれているようだ。そして私がベッドに寝かされていることがなんとなくわかった。


「うっうぅ……」


 ようやく口を動かすことができたが、口からはうめき声が漏れるだけだ。何か喋ろうとしても、舌が上手く回らない。


 起き上がろうと、もぞもぞ動いていると、女性のはっとしたような声がし、やがて年配の男性の声がした。


「目覚めたようだね」


 落ち着いた調子で男性は話す。


「うう……」


「声が出せないようだね。無理して声を出そうとしないほうがいい。傷口が開くからね」


「⁉」


「今は麻酔が効いて、痛みが和らいでいると思うが、君は大けがを負ったんだ」


「⁉」


 記憶が蘇って来た。意識が途切れる前、車が私目掛けて突っ込んできたのだろう。待って、私はどれくらい眠っていた? タイムリミットを過ぎてしまったら、私はどうなるか分からない。……そういえば、時計はどこにいった? あれが無ければ現代に戻れない。


「どうやら思い出してきたようだね。……そうだ、私の名前を言うのを忘れていたね。私は医師の柳田だ。ここは松波病院だよ」


「ううっううっ!」


「何か言いたいようだね? 君の怪我の度合いかい?」


「ううっ!」


「あれだけの事故に遭って半日で目覚めるのが信じられないぐらいの怪我だよ。落ち着いて聞いてくれ」


 よかったあれから半日。最後に時計を見たのが12時前だったから遅くとも18時だ。まだ間に合う。


「頭蓋骨骨折。右上腕骨折。肋骨2本骨折。右大腿骨骨折。その他にも打撲多数。まあ右側から車に衝突されたのだろうね。奇跡的に内臓は損傷していなかった。骨折で済んだのが不幸中の幸いだよ」


「いつ……た……いい……ん」


「駄目だよ喋っては。傷口が開くからね。まあ全治2か月は覚悟したほうがいい。それまで入院だね」


「とけい……」


「時計? ああ、今は24日の18:37分だね。本当に半日で目覚めたのが奇跡だよ」


「と……けい」


「何か用事があるのかい? 少なくとも2週間は入院だから諦めなさい。命が助かっただけでもありがたいと思いなさい」


 そう言うと、医師は出て行ってしまった。


 まずい。タイムリミットまであと1時間と少ししかない。間に合わなかったら、また記憶を失ってループするかもしれないし、あるのは無かもしれない。


 その時病室の外で何やら話す声が聞こえた。


「あの患者の身分が分かるものはあったかい?」


「免許証があり、大得瑠美と」


「親族には連絡したかい?」


「したのですが、親族の方が大得瑠美に確認の為連絡を入れると、元気に生活しているそうです」


「どういう事だね。免許証が偽造だとでも?」


「いえ、どう見ても本物です。患者ではない大得瑠美に確認の連絡を入れると、免許証が盗まれた様子もないそうです」


「ふむ……どういう事だろうね」


 しかも、過去の世界の私達にも迷惑がかかっているらしい。こういう時に限って、歴史の修正力というやつは役に立たない。


 このままではいけない。とにかく行動しなければ。


 私は頭に巻かれている包帯の一部を解き、視界を確保する。ベッドの脇には時計は無い。それどころか私の持ち物も。


「探さなきゃ……」


 ベッドから出ようとするも、脚の固定具が邪魔をして動けない。それどころか金具がガチャガチャ音を立てて、今にも看護師が来そうだ。


 誰か……助けて……!


 その時、病院に放送が鳴り響いた。


『柳田先生、至急西病棟203病室にお越しください』


「おや、呼び出されてしまったよ。一緒に行こうか」


 外で話していた二人は病室の前から立ち去って行った。よかった。助かった。


 だが安心するのはまだ早い。早くここから脱出しなければ。


 その時、病室に新たな人物が入って来た。


「なっ」


 そこにいた人物は予想だにしていない人物だった。


「久しいな大得瑠美」


「久我先生っ!」


「喋るな。5分以内にあと3回喋ると、傷が開く」


「⁉」


 私は口をつぐむ。


「今回の大得瑠美はお利口さんだな」


 先生はクスクスと笑う。


 今回のって、まさか。


「そう俺は今、時を巻き戻し続けている。これから起こることは全て正解の未来だ。……お前さんが変な事をしなければな」


 久我先生は話しながら脚の固定具を外していく。どこから手に入れたのか鍵を使っている。固定具を外し終えると、久我先生は私を背負った。


「えっちょ⁉」


「あと2回」


 私は口をつぐむ。


「やはり、何度担いでも重いな。元の時間に戻ったら痩せたほうがいい」


「失礼なっ」


「あと1回。これでやり直すのは勘弁だ」


 今のは先生が喋らせたくせに。


 久我先生は私を担いだまま、病室を出た。


 病室を出ると、右手にエレベーターが見えた。乗り込むのかと思ったが、先生は非常階段のほうに向かって行った。


「エレベーターに乗ると、あの柳田という医師に見つかっておじゃんだ」


 久我先生はめんどくさそうに言う。恐らく前回かどこかで私が質問をし、傷口が開いたのだろう。


 外に出ると、どうやら4階にいるようだった。クリスマスの肌寒い空気が傷口にしみていく。


「さて、リンの方も準備が済んでいるといいな」


 2階まで降りていくと、久我先生は思いがけない行動に出た。


「それじゃあさよなら」


「えっ⁉」


 久我先生は突然私を階段から外に投げ飛ばした。私は宙を舞った。


 時計を使っている時とは比べ物にもならないぐらいに重力を感じる。硬いコンクリートに身体を打ち付けて、私はまた病院送り……と思ったが、地面にぶつかった衝撃が来るかわりに、訪れたのは柔らかい感触だ。


「えっ⁉ ゴミ捨て場?」


 どうやらそこはゴミ捨て場のようだった。ゴミ袋がいい感じにクッションになったようだ。だが今度は左足が痛くなってきた。


「無事か?」


 久我先生は階段から飛び降りると、コンクリートの地面に華麗に着地した。


「非常階段の出口から出ると、看護師に遭遇するんでね。あっそうそう、もう5分だったぞ」


「なんで投げるんです⁉ もっと他に……こう……あるでしょう! おかげで左足が超痛いです!」


「だから、それが最短だからだ。左足は心配するな。未来に戻れば治る」


 そういう問題じゃない、と言いたかったが、これ以上なにか言っても無駄そうなのでやめておいた。


「さて、そろそろ来るはずだがな……」


「誰が?」


 答えを言う前に、車が来る音がした。


「お待たせしました」


 ドアを開けたのはリン先輩。運転席から出て来た。


「あれリン先輩、未成年じゃ……」


「先輩?」


 リン先輩は首をかしげる。


「先輩呼びの事はいいとして、免許持ってるんですか?」


 リン先輩は一応小学生のはずだ。


「持ってないぞ。だが時計を使ってみっちり二週間練習した」


 それでいいのか。


「さて、これがお前の探していたものだろう?」


 リン先輩の手に握られていたのは、時計。一つ目は久我先生が持っているので、これは未来の時計である。


「事故現場のどこにも落ちていないと思ったら、まさか近所のおばさんが拾っていたとは」


「さあ、お前の時計を使って、とっとと未来に帰れ」


「あと一つだけ、やらせてください」




1997-12-24-19:45




 病院から抜け出した後、一時間ほど車を走らせレストラン、メゾン・ロジェ・ ノワレの近くに到着した。


「着いたぞ」


 車から降ると、痛む足をよそにレストランの窓に駆け寄った。


 幸子はどこだ。窓にかじりついて幸子を探す。予約した時間から考えると、ちょうどデザートが出ている頃だ。


「いたぞ」


 いつの間にか横にいた久我先生が指さす先には、幸子と菊池さんの二人が楽しそうに話しているのが見えた。私が誠二と付き合っていた頃に感じたものは感じず、ただただ幸せな時間が流れている。あの様子ならば、戻っても大丈夫だろう。


「どうだ?」


「大丈夫……そうです!」


 話している内に涙が零れて来た。ようやく、ようやく幸子が幸せに生きている世界にいける。


「そうか、なら早く戻るといい。長居されると面倒だからな。だが……」


「だが?」


「……何でもない。ただ、未来の俺はお前さんに先生と呼ばれているのかと思っただけだ。さあ戻るといい」


 久我先生はなんだか恥ずかしそうだ。恥ずかしがる久我先生は少し可愛い。


「いろいろ迷惑をかけてすみません。未来で、また会いましょう」


「未来の俺は言わなかったのか。俺には謝罪禁止だと」


「聞いたんですけど、理由を言われていなくて」


 濁されるのかと思ったが、久我先生は理由を言ってくれた。


「……俺は今まで数々の事件を無かったことにしてきた。だが救えなかった世界は、救えた世界の何万倍もある。救えなかった世界には、謝罪したくてもする術がない。謝罪する術すら持たない俺には謝られる資格すらない」


「大丈夫ですよ。先生はこうやって、依頼人を笑顔にしてくれたのですから。謝られる資格すらないとか言っちゃ駄目ですよ。依頼人を笑顔に出来れば、救えなかった世界への謝罪になるはずです」


「そうか……そうかもな」


「それじゃあ、私は戻ります」


 サングラスをかけ、時計のつまみを押す。周囲の景色が屈曲していく。


「ありがとうございました」


「こちらこそ」




1998-05-16-10:24




 後日、私は先生の事務所に訪れた。


「ありがとうございました」


 久我先生に時計を差し出す。先生は時計を受け取ると、本物であるかどうか念入りに確かめる。


「そんな盗むなんてことしませんよ」


「お前ならやりかねないと思ってな」


「まだ信用されていないんですか……」


 あれだけ頑張ってもまだ信用されていないのか。ちょっぴり寂しい気持ちになった。


「しかし、10回もまあ、よく頑張った。普通の人間はそう何回も時を巻き戻すことに耐えられない。お前さんはすごいよ」


 なんだかはじめて久我先生に褒められた気がした。この人は厳しいのではなく、ただ不器用なんだな、と今更ながらに思った。


「結局、どうなった?」


「幸子は菊池さんの家で同棲しているそうです。結婚の話も出ているとか」


 現在に戻った後、幸子に電話をかけてみた。幸子によると、やはり、あのクリスマスをきっかけに付き合い始めたそうだ。それからはとんとん拍子に距離を詰めて、1月の終盤に差し掛かる頃には菊池さんの家に泊まることも多くなり、最終的には同棲をすることになったそうだ。このまま進めば半年後には結婚するそうだ。おかげで誠二は殺人を計画することもなく、現在は別の相手と交際を始めたそうだ。


「めでたしめでたしで済んだな。この結末はお前のハッピーエンドだったのか?」


「ハッピーエンドです。だけど……」


「だけど?」


「この世界に戻ると、私仕事クビになっていたんです! 思い返せば、1月ごろに会社でとんでもないミスをしてて、その時は幸子がすぐに助けてくれたからどうにかなったんですけど、幸子が菊池さんと付き合ったおかげで、それが無くなって、見事クビです」


 話を聞いている内に久我先生がどんどん崩れ落ちていく。


「なんだと……」


「大丈夫ですか⁉」


「時を巻き戻している都合上、報酬を貰える事なんてほとんどないんだ。今回こそ調査料を捥ぎ取れると思ったら……」


 久我先生は見るからに落胆していた。


「そこでなんですが……」


「なんだ」


「ここで働かせて貰えませんか? 依頼料の代わりとして、私の新しい食い扶持として」


 二人の間に沈黙が訪れる。


「……いいだろう。助手」


 久我先生はニヤリと笑う。

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白紙の事件簿 時間探偵久我結士郎は事件を解決しない 三浦悠矢 @miurayuuya

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