異世界スローネコライフ

ノア

プロローグ



 よくある流れで死んだ俺は、異世界に転生した。


 多分みんな聞き慣れてると思うから詳しい説明はなくていいよな。

 普通に、異世界転生行きを推奨しているトラックに、うわぁ〜〜って感じで撥ねられて死んでしまい、あの世で神様に会ったわけだ。

 そこで神様はクリスマスツリー風の自慢の長髭を揺らしながら、俺に欲しい特典を聞いてきた。


 ここで定番なのはもちろんチートスキルだ。

 異世界の住民たちを遥かに上回る戦闘系のスキルを使って無双するとか、お金系のスキルで稼ぎまくるとか、透明人間になってイタズラをするとか。


 それらの能力はもちろん魅力的だ。


 元いた世界では想像もできないような裕福かつ充実した生活を送ることができるだろうし、異性にモテまくってハーレムなんて事態になったらもう−−最高すぎるだろう。


 しかし。

 しかし、だ。


 元いた世界で努力の続かなかった俺が、急に強大な力を手に入れて、果たして正気でいられるだろうか?

 少しでも良いことがあるとすーぐに調子に乗って、痛い目にあってきたのが俺だ。そういう人間なのだ。


『−−ネコとのんびり暮らしたい? 本当にそれでいいのか?』


 というわけで、俺が神様に願ったのは、


【人間と同じくらい長生きするネコとの暮らし】だ。


 ネコは大好きだ。

 小さい頃から色んなネコと生活を共にしてきた。

 黒ネコだったり白ネコだったり茶ネコだったり。

 とにかく可愛くて自由で、一緒にいるだけで癒される最高の存在だ。


 同じコタツでぬくぬく暖まったり、こっちが好意を向けるとそっぽを向くくせに、ツンツンしてる時が多いくせに、不意打ちで甘えてきて精神的ダメージを与えてきた時はもう、こりゃネコには敵わんと思ったね。


 でも。

 でも、ネコの寿命は人間より短い。

 長生きの猫は20年以上生きるし、俺が飼っていたネコも16年くらい生きてた。人間に換算すると80歳ぐらいだ。十分に長生きだろう。悲しい顔はせず笑顔で見送るべきだ。


 それでも。

 やはり悲しいものは悲しい。

 長年生活を共にしてきたネコはもういない。もう一緒に暮らせない。そう思うと、やはり悲しみが込み上げてくる。

 それ以来、俺はネコを飼うのをやめて、ネコに会いたくなったらネコカフェに行くようになった。ペットとして飼うといずれ別れが来るが、ネコカフェならその心配がないからだ。


 そして異世界転生を果たした現在、神様の摩訶不思議な力に頼れば、ずっとネコと暮らしていけるのでは?

 人間と同じくらいの年月を生きていけるネコを願えば、理想の生活を送っていけるのでは?

 そう考え、思い切って頼んでみた。


 もちろんクリスマスツリー神様は困惑してたが、今までであまりいないタイプの願いだったらしく最終的に『面白いな、お主』と言って俺の願いを叶えてくれた上、特別に便利なスキルもくれた。


『毎日コツコツ畑を耕し、種を撒いて農作物を育てなさい。そして育てた作物をしっかり食べて次の農作物を育てなさい。サボらず続ければ少しずつお主の力も増していき、いずれは強力な魔法や戦技も使えるようになるだろう』


 神様がくれたのは農業系のスキルで、【神農の恵み】と【食力創生】の2つ。


【神農の恵み】は農作物を短期間で栄養たっぷりに育てることができるスキルで、肥料は一切必要ない。その分、大量に作ることはできないし、水は普通に必要。


【食力創生】は自分で作った農作物を食べ続けることで、少しずつ身体能力や魔力が向上していくスキル。地道にコツコツ続けていけば、めちゃくちゃ高く跳んだり、ドラゴンのように火炎を吐いたりできるようになるらしいが……それよりもっと重大で気をつけないといけない要素がある。


『−−じゃあお主にはこの紅ネコをやろう。ちょ〜っと目つきは鋭いが、身体は頑丈だし身体能力も高い。お主の良いパートナーになるだろう』


 そう言って神様が目の前に召喚したのは、紅い毛並みが美しいふわふわネコだった。

 目つきは、だいぶ鋭い。ちょっとどころではないが……いや、何も問題はない。

 ネコは目つきが鋭ければ鋭いほどいい。ツンツンしてればしてるほど、甘えてきた時可愛いからだ。だから問題ないどころか、むしろいい! このネコと新生活を送れると思うと、俄然生きる気力が湧いてきた!


「……」


 紅ネコは不機嫌そうに−−それはもう、心底不愉快そうに俺を見て、キッと睨みつけてきた。

 しかし今まで多くのネコを見てきた俺。この程度では全く動揺しない。


 むしろここまで敵意を向けられるといっそ清々しいまである。こんなにも突き刺すような視線を向けられたことはないし、ぶっちゃけ神様が召喚しただけあって、なんか普通のネコとは明らかに違う気がするし。


 なんというか秘めたる力があるような、神聖でありながら邪悪な気も持つ複合神のようなオーラすら感じさせる。……ほんとにネコか?


『それじゃお主を転生させるぞ、準備はいいか?』

「あ、はいっ」


 神様が指を鳴らすと、俺とネコの身体は光の粒子に分解され、一瞬で意識が遠のき−−





「……お、おう。これは…っ!」


 飛ばされたのは山奥。超田舎。

 様々な木々が生い茂る緑溢れる自然の中に俺はいた。

 近くには綺麗な川が流れ、空気も美味しい。

 健康を考え、人との面倒な関わりを断ちたい人には最適の場所だろう。


 しかし、それよりもっと気になるものが目の前にあった。


 それは、家と呼ぶには少々自己主張が激しすぎた。

 美しい曲線美を描くまん丸さに加え、鋭利な形状を持つ2つの三角形。

 丸い2つの窓と長方形のドア。

 それぞれが寸分の狂いもなく配置され、この大自然の中で我こそが王であると言わんばかりの存在感を放っている。

 隣にいるネコに視線を向けると、そのネコですら怪訝な表情でそれを見上げていた。


 無理もないだろう。

 なんせ俺たちの目の前にあるのは、

 巨大なネコの造形をした木の家だったのだから−−


 …………。

 ……。


 いや神様。


 いくら俺がネコ好きだからってまんまネコの家って。


 あまりにも不自然で、浮きすぎてて、


 うーん……。





 −−最高にいいね!!


 初めての異世界転生。

 これくらいぶっ飛んでくれてないと困る。

 前の世界では平凡な生活、平凡な暮らしだったんだから、

 今回はとことん変に、かつスローライフの精神は忘れない面白い人生にしようじゃあないか。

 神様からのプレゼントを大切にして、ここでネコと楽しく暮らしていこう。


「というわけで、よろしくなっ」


 その場にしゃがんで笑顔でネコに言葉をかけたが、

 やはり紅ネコは突き刺すような視線で俺を見るだけで何も言わない。

 声すら発しなかった。


 やはり手強そうだ。

 これからのんびり少しずつ、仲良くなっていこう。


「あ、そういえば名前」


 一緒に暮らしていくんだから名前を決めないと。

 可愛い名前? かっこいい名前? はたまた意外性重視の名前?


 うーん……このネコ自体、凄まじいオーラ的なものを感じるし、普通の名前じゃ面白くないなぁ……そうだっ。


「キャスパリーグでいこう!」


 キャスパリーグ。

 あの有名なアーサー王伝説に登場する獰猛なネコ。

 聖剣エクスカリバーの刃を通さない毛並みを持ち、アーサー王に重傷を負わせたとんでもないやつだ。

 このネコからはそんな大物の気配を感じる。


 ……まぁ実際そんなわけないんだけど、神様が直接召喚したネコだし、目つき鋭いし、ピッタリだと思うんだよね。どうかな?


「…………」


 残念ながらキャスパリーグは僅かに瞳孔をぴくつかせただけで、特に反応はなかった。相変わらず不機嫌そうな目で俺を見るだけだ。


「よし、まずは家の中を見てみるか、キャス」


 その事実を華麗にスルーして、ドアノブに手をかけ、ネコの口扉を開け中に入る。

 さあ始まるぞ、俺の新生活が−−



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