34.手作りの愛情をきみに
3月7日の夕方。学校から帰って晩ご飯を作っている最中。
「わ、
「良い匂いだなぁと思ったのよ」
部屋からチラッとこっちを見る視線に気づいてそっちに顔を向けると、おずおずと近寄ってくる。
キッチンの中には入らずに外側から赤い中くらいの鍋を見てくる。
「カレーよね?」
「そーそー。あ、一口飲んでみて〜」
「ん。少し……辛いけど、これはこれでアリね」
「良かった〜。じゃあ、お皿にお米よそってくれる?」
「分かったわ」
明霞ちゃんが手伝ってくれたのもあってすぐに盛り付けが終わった。一緒に食べながら今度は
『えぇ……? 何このイラスト? う、うさぎ……? いや……この体のラインは……』
どうやらやってるのはお絵描きリレーのゲームのようで、リスナー参加型。回ってきたイラストがいわゆる画伯と言われるイラストだった。
「わぁ……これなんだろう?」
「そう……ね。あたしはこれそのままうさぎだと思うわ」
少し辛そうな顔で明霞ちゃんが言った。カレー少し辛かったかなぁ。もう少し調整すれば良かったかも。
「じゃあ……私も!」
「さては何も思いつかなかったわね?」
「
「フィ◯ドール・キャ◯アス真似しなくて良いわよ」
スプーンを置いてポーズもビシッとキメたら冷めたジト目で言われた。悲しいけどそんな感じの明霞ちゃんが好きだからちょっとゾクっとした。
「あ、答え合わせ始まったわよ」
明霞ちゃんは指をタブレットに向けた。
『それじゃあ回答オープ〜ン』
参加者のお題は【締め切りに間に合わないのが確定した見宮悟】というお題だった。
「あ〜! じゃああのみょんみょんしてたとこって!?」
「焦ってるときのマークだったわけね……」
顔を見合わせて笑い合う。2人して予想外すぎた答えだったから。
「あっ、よく見たらこれ時計じゃない?」
「よく見なきゃ分からないは致命的なのよ……!」
まったくもってその通りだ。私はおでこに手を当てながらうぅんと唸る明霞ちゃんを見ながら頷く。
『お。スパチャありがとう〜。なになに? 【ホワイトデー近いですが、何か贈ったりしますか? 参考程度にお聞かせください!】かー。
んー……こう夫婦になると贈り物とかってあまりしなくなるんだけど、自分だったらまぁお菓子とか無難なものを上げちゃうかな。別に気を
そういえばもうそんな時期だ。明霞ちゃんと目が合ってふわっと笑ってくれた。
「いつも色々貰ってるわ。だから無理しなくて大丈夫よ」
この言葉はきっと、貰いすぎて返すに返せないからっていう明霞ちゃんが真面目だから言ったんだろうなぁ。
「んーん。お菓子、作るね。一緒に食べよ」
「ふふっ。分かったわ」
そうして訪れた3月14日。私はエプロンの腰紐を締めて、調理を始める。作るのはホワイトチョコ掛けのドバイチョコだ。初めて作るもので正直楽しみだ。
「まっずっは〜」
少し大きめの鍋に水入れて小火で沸かす。沸かしたら火を止めて、その上に耐熱性のボウルの中にホワイトチョコを入れて湯煎する。
「わっ。め、明霞ちゃーん? 後ろからぎゅーってしたら危ないよ〜?」
「何を作ってるのかしらって……でもそうね。気をつけるわ」
ホワイトチョコを溶かしていると明霞ちゃんが後ろから抱きしめてきた。こっちに来たのには気付いたけどやられると驚いちゃう。
「あたしも何か手伝いたいわ」
「んー? じゃあ、そっちのカダイフを崩したあとに生クリームを80gいれて混ぜて、終わったらピスタチオペーストを40g入れて混ぜてくれる?」
「分かったわ」
そっと私から離れたあと、私が言ってくれたことをしてくれた。私はそれを横目にホワイトチョコが溶けたのを確認する。
その後にチョコペンの中にホワイトチョコを入れて、チョコの型にホワイトチョコをさささ〜っと円を描くように手を動かす。
「こんな感じで大丈夫かしら?」
「ん〜? お、良いよ〜!」
「良かった……。じゃあほかにあるかしら?」
「それじゃあ、このチョコを湯煎してくれるー?」
明霞ちゃんと場所を変えて先に砕いていたチョコを入れたボウルを湯煎し始めた。
私はペンで描き終えて型から外れたホワイトチョコをゴムベラで拭って冷凍庫で急速冷凍モードで冷やす。
恐らく固まった頃にはチョコは全部溶けてるだろう。
「多分これで良いわよね?」
少ししてから明霞ちゃんが見せてきた。私は冷凍庫から取り出しつつ見て頷く。
「じゃあこの型にチョコをだーって入れるね」
ボウルを受け取って、型にチョコを流し入れる。終わった後にトントンと空気を抜いて、今度はボウルにチョコを返す。
型についたチョコだけ残すためだ。ゴムベラで周りを取り終えたあとは明霞ちゃんがやってくれた中身をゴムベラを使って型に置いていく。
端っこまで詰めたら、その上にチョコを流し入れて今度は冷蔵庫で冷やしていく。
「余ったこのチョコはどうするのかしら?」
「んー、そうだなぁ……あっ! ケーキで使おっか。明霞ちゃんのお母さんたちにもお礼したいし!」
「分かったわ。手伝うわね」
「ん。おねがーい」
薄力粉を25g、ココアパウダーを20g、ベーキングパウダー1g計量してからふるいにかける。
「あ、明霞ちゃん。オーブンレンジを170℃で予熱おねがーい」
「170℃ね。分かったわ」
ケーキ型を用意してクッキングシートで型紙を取りつつ敷いていく。
「
「えっ、ありがとー! それじゃあ、その卵液にチョコを混ぜ入れてっと」
チョコを入れた後に最初に振るっていた粉類を入れて、そこに塩をひとつまみ入れる。
「どれくらい混ぜるのかしら?」
「ツヤが出るまでってあるから……結構?」
レシピは時折こんなふうに省かれてたりするから想像に任せるしかない。
「お? これで良いかな?」
「良さそうね」
何度か泡立て器で持ち上げるのを繰り返すとトロトロと落ちていく。2人でこれでよしと頷いて、さっき用意した型に流していく。
「10cm程度だからほんの少し浮かしてトントンって空気抜いてちょうだい」
「こうね」
「んっ! おっけー。それじゃあオーブンレンジで28分から30分みたいだから一旦28分やってみよっか」
「分かったわ。様子見ということね」
オーブンレンジのガラス窓を見ながら明霞ちゃんの言葉に頷く。
「出来上がったらさ、2人で持ってこーよ」
「ふふっ。良いわねそれ。お母さんたちにメッセージしておくわね」
はーいと私は返しつつエプロンを脱いで、ソファに深く座る。食器を洗うのは諸々が出来てからで良いかなぁ。少し疲れちゃった。
「早速返事来たわ。2人とも待ってるそうよ」
「おぉ。さすが配信者さん。即レスだねぇ」
「出来上がるまで隣いていいわよ」
「えへ、やったね」
隣に座る明霞ちゃんに密着して左肩に頭を預ける。この距離でもトクトクと明霞ちゃんの心臓の音が聞こえてきて目を閉じる。
「…………栞……寝ちゃったわね。ふふっ。おやすみなさい」
うつらうつらと微睡みかけてる時にそんな優しい声が聞こえたように感じてにまっと笑って私はそのまま寝落ちした。
どれくらい経ったか分からないけど、肩を揺すられて目を開ける。
「……ほぇ? どーしたのー?」
「ケーキ、焼き上がったみたいよ」
「ん……あー、うん。そういえばそうだった。よいしょっと」
ソファから立ち上がった拍子にのびーっとしながらキッチンに向かう。オーブンレンジの取っ手を掴んで開けるととても良いチョコの香りがした。
ミトンを手にはめて型を取り出す。爪楊枝を取り出してちゃんと焼き上がってるか確認する。
「ん、良し」
私は爪楊枝とケーキを交互に見て頷いて、このまま粗熱を取るために冷蔵庫に入れる。
「あ、ドバイチョコの方できてる〜。明霞ちゃん。食べてみるー?」
「えぇ。食べてみたいわ」
ドバイチョコの方の型を冷蔵庫から出して、型からチョコを取り出す。まな板にチョコを置いて、包丁で斜めに半分にカットする。
「わっ。すごく上手く出来た! 見て見て〜!」
「あら、ほんとね。あたしたち……いえ。さすが栞里さんね」
「えへへ〜。明霞ちゃんのおかげでもあるよ〜」
断面を見せてそんなふうに笑い合ってからお皿を取り出してチョコを置く。
「あ、コレ、写真撮ってもいい?」
「えぇ。良いわよ」
明霞ちゃんから許可を取って、チョコの出来上がりを写真に収める。
「良しっと。はいっ! 明霞ちゃん。ハッピーホワイトデー!」
「おいしくいただくわね」
ひとつ手にとって、一口。目を大きく見開いてから美味しそうに笑ってくれた。
「とっても美味しいわ」
「……やった!」
小さくガッツポーズ。初めて挑戦したドバイチョコは明霞ちゃんの口にあったようだった。
「ほら。こっちの方は栞里さんが食べなさい」
「え、でもこれ全部明霞ちゃん用なのに」
「あたし1人だと多いわよ。だから、ね?」
「えへへ。じゃ、じゃあいただきま〜すっ。ん、んん〜! 美味しいこれ!」
ちょっと小躍りしたくなるくらいに上出来で明霞ちゃんとハイタッチした。
「これならケーキの方も安心できるわね」
「うんっ!」
明霞ちゃんのその通りでケーキの方も美味しく出来た。お母さんたちにも絶好評価されて鼻が高いですな〜とドヤ顔気分だった。
オタクの栞里が男装レイヤー明霞のカメコと恋人になるまで 海澪(みお) @kiyohime
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