第32話 国会にて

 国会にて


「総理、お答え下さいッ! 先日のフランス副大統領への暴力事件ッ! 総理はその前の会見で仰いましたよね? ダンジョンのモンスターを連れ回す探索者の葉山さんが問題を起こせば、自身の進退を懸ける、と! それからわずか数日、まさかご自身の言葉を忘れたとは仰いませんよね?」


 女性議員がコメカミに青筋を立てながら捲し立てる。鷹宮は表情ひとつ変えずに手を上げた。


「内閣総理大臣、鷹宮君」


 スッと立ち上がり、マイクの前までゆっくりと歩いていく。


「覚えております」


 簡潔に答え、席へと戻る。


「急な記憶喪失にならなくて安心しました。ではッ! 今回の葉山さんによるフランス大統領暴行事件の責任はどう取るおつもりですかッ!!」


「内閣総理大臣、鷹宮君」


「ピエール副大統領と、葉山氏、両名から事情を聞いたところ、いわゆる家庭内のゴタゴタだと聞いております。両者のプライベートな事案については発言を差し控えさせて頂きます」


 鷹宮の言葉を受け女性議員のコメカミの青筋が増えていく。


「総理ッ! 家庭内のゴタゴタなんて言葉で片付けられる問題じゃありませんよッ!! フランスとの国交に関わる政治的にも非常に重大な事案です! では総理は外交上の問題は何ひとつないと仰るんですかッ!?」


 スッ。


「内閣総理大臣、鷹宮君」


「個別具体的な事案ですので、発言を控えさせて頂きます」


 この発言を聞き、女性議員はフッとトーンを下げた。


「総理、残念です。我が国はフランスととても親しく、友好的な関係を築いてきたというのに。フランス国民はどう思うでしょうね? 総理のお墨付きでモンスターを連れ出した探索者が自国の副大統領を殴り飛ばしたなんて記事を目にしたら。もう一度お尋ねします。総理としてこの事案に対して、何も言うつもりはないのでしょうか?」


「内閣総理大臣、鷹宮君」


「個別具体的な案件ですので、発言は控えさせて頂きます」


 ブチっ。女性議員のコメカミが再度膨らむ。


「じゃあッ、ダンジョン庁の荒木大臣にお尋ねします!! このまま葉山さんとモンスターを野放しにしていいんですか!! いつ、次の暴行事件が起きてもおかしくないんじゃないですかっ!!」


「ダンジョン庁大臣、荒木君」


 指名された荒木はしぶしぶ手を上げ、しぶしぶマイクの前に立ち、しぶしぶ口を開いた。


「はい、お答えいたします。今回の件、ダンジョン庁は当事者であるピエール副大統領、葉山氏、更にはその場にいたピエール副大統領夫人、その娘である日下部シア氏から聴取に協力してもらっており、四者からの聴取内容を総合的に鑑みた結果、プライベートな事案であり、公の場で公的な立場から何か言うことはない──という結論に至りました。よって現段階では葉山氏に対して特別な措置は考えておりません」


 ザワザワと野党側の議員たちが騒ぎ始める。


「残念な回答です。総理も荒木大臣もそんな屁理屈でどうにかなる状況じゃないことは分かってますよね? このパネルをご覧下さい。これは主要20ヵ国のこの三日間のSNSのトレンドランキングです。2位から10位までは見ての通り、バラつきがあります。ですが1位は全ての国でこのハッシュタグです!!」


 #フランス副大統領クロスカウンターに沈む


「プライベートな事案ですで済まないんですよ。世界中が今回の件に注目をしているんです。日本政府の回答を待っているんですッ!! それがプライベートの件なので、政府として何も言いませんじゃ通らないでしょうがッ!!」


 総理をビシッと指差し、ヒステリックに叫ぶ議員。野党側の議員は拍手をし、『そうだ、そうだ』と同調の声を上げる。


「静粛に。内閣総理大臣、鷹宮君」


「本件は個別具体的な案件ですので──」


 鷹宮総理がそこまで喋ると野党議員が野次を飛ばし始める。鷹宮はそれを手で制した。


「世界が注目しているのは事実でしょう。だが、世界が注目しているという理由だけで個々人、各ご家庭のプライベートな案件に対し政府がアレコレと口を出すことが果たして政治の役割なのでしょうか? それは少々入れ込みすぎじゃありませんかね?」


 野党議員からの野次はヒートアップするばかりだ。議長がそれをなんとか鎮める。


「総理、もういいです。総理には心底ガッカリしました。では、外務大臣にお尋ねします。今回の件、フランス大使館やフランス政府から何かアクションはありましたか?」


 スッ。大臣職にしては比較的若く、端正な顔つきの男が手を上げる。


「外務大臣、大泉君」


「先生のお話を伺っていましたら、ふと、あっ、あの話だ! と思い出した話がありまして。ヘンゼルとグレーテルをご存知でしょうか? 森を彷徨う幼い子供二人が知恵を働かせ、帰り道を迷わないようパンを地面へ目印として置いていくんですが、森の動物たちに食べられてしまうというお話です」


 そこまで言うと大泉大臣は席へと着席し、ピシッと背筋を伸ばし、まっすぐ前を見た。

 女性議員はポカンと口を開け、ようやく再起動すると怒りを押し殺しながら喋り始めた。


「??? あの、大臣? 今のお話ちっとも、まったく、一ミリも理解できなかったのですが? ……今の話にどういう意味が?」


 女性議員の言葉にムッとした表情になる大泉大臣。議長の方を向き、再度手を上げる。


「外務大臣、大泉君」


「意味はありません。思い出したから言った、ということです」


 国会内が一瞬静まる。


「ハァ!?!?」


 永田町は今日も大盛り上がりだ。

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世界最強の探索者が望んだダンジョン完全攻略の報酬はS級詐欺と呼ばれる俺との結婚だそうです 世界るい @sekai_rui

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