第31話 荒川の決戦
「……来たか」
「お義父さん、日本語上手ですね」
アヤネとシアママからお願いされたので、シアパパと喧嘩しないためにも俺は褒めるところから入った。
「…………ッッッ!」
しかしすっごい勢いで睨まれた。折角褒めたというのに。何が不満だって言うんだ。
「……正直に言おう。私はキミが嫌いだ」
……まぁそういうことだろう。俺が何を言おうが一から十まで気に入らないんだろう。そうなると気を使うのもアホらしい。
「奇遇ですね、お義父さん。俺もお義父さんのこと嫌──」
「お義父さんと呼ぶなぁぁァァァア!!」
カーカー! バサバサッ! ワンっワンっ! メー!
シアパパの叫び声で荒川周囲の動物たちが騒ぎ出す。ていうかヤギいたな。荒川にヤギいるんだ。
「……」
「ハァ、ハァ、ハァ……。大事な、大事な娘なんだッ! キミも可愛くて聡明な妹がいるだろう? 彼女が結婚する時どう思う? どこぞの馬の骨が結婚するんでよろしくっスってやってきたらどうする!? 初めて会った瞬間からお義兄さんって呼んできたらどうする!?」
近いし、目かっぴらいてるし、息荒いし、そのくせちょっとシャレた香水で良い匂いだし、やめてほしい。
シアパパを両手で少し押し返し、考えてみる。
「……まぁ、妹、アヤネが本気だったら──」
「はい、嘘ー! はい、それは実際に経験してないから言えるだけですー! 実際に起きたらどれだけ本気だろうがぶち殺したくなるんですぅー」
なんだこのオヤジ。
「まぁそうかも知れないっスねー」
「で、だ。ここまで言えば分かると思うが私はキミを殺したい。が、最悪なことにシアは本気でキミに好意を持ってるようだ。どうすればいいと思う?」
知らんけど。さっきから何言ってるんだ、このおっさん。めんどくさいの極みだ。もう帰っていいかな?
チラッと車の方を見る。シアママがもうちょっとお願いと目配せをしてくる。……仕方ない。
「……ハァ。お義父──おっさん」
「おっさ──ッ。いや、いい。お義父さんよりはいい」
いいんかい。まぁいいならいい。
「で、だ。おっさん。こんな話がある。霧深い谷で迷った鹿は、影に道を聞いたが、影もまた迷っていた」
「…………どういう意味だ?」
シアパパはしばし逡巡し、この話が何を意味するのかを聞いてくる。
当然俺も知らない。むしろ意味などない。なぜなら俺が今作ったそれっぽいだけで何の意味もない言葉だからだ。
「難しく考えるとドツボにハマる。考えるな、感じろ」
俺の言葉にシアパパは眉をひそめるが文句は言わずにもう一度意味を考えているようだ。
「霧深い谷……迷った鹿……影に道を聞くも、影もまた迷っていた……?」
「ブッ──んんっ、ゴホッ、ゴホッ」
「?」
ヤベッ。真剣に解釈を考えようとするシアパパが面白過ぎてつい噴き出してしまった。笑っちゃいけないと思うと余計笑えてしまう現象に名前を付けたい。
「Dans une vallée embrumée, le cerf perdu demanda son chemin à une ombre, mais l’ombre était perdue elle aussi」
「なんて?」
「キミがさっき言った話だ。フランス語にすればイメージしやすいかと思ってな」
おっさんがブツブツとダンズニュダンズニュ言ってる。いい加減俺も適当なノリだけで喋るクセはやめた方がいいかも知れない。
「なるほど、分かった。影は自己を投影したもの。つまり迷った時、誰かに問いかけているようで本質は自分自身へ問いかけているということか」
んん?
「そして自己が迷っている以上、投影された影が何を言おうとそれは定かに聞こえない。つまり私の心の天秤が揺れ動いている以上、キミに何を問おうがその揺れが収まることはないと言いたいんだな?」
んんんん??? 違うけど? 意味なんてないけど?
「……ッフ。イグザクトリー(正解だ)」
まぁでもめんどくさいから、勘違いしてくれてるならそれでいいやと思い、正解にしておく。
「…………」
シアパパがちょっとだけ目を丸くし、こちらを見つめてくる。キミもしかして学があるのかい? みたいな目で見てくるのはやめてほしい。ないから。一切ないから。
「俺からも一ついいか? なぁ、おっさん。なんでおっさんはそんなめんどくさい性格なんだ?」
いい加減、本当にシアパパがめんどくさいのでつい聞いてしまった。
「ッフ。父親となり、副大統領にでもなれば分かるさ」
ウザ。
俺は肩をすくめ、首を振り、もう一度車の方を振り返る。シアママをはじめ皆がこちらを見ている。
俺はジェスチャーで『このおっさん、全然話にならなくて無理』と伝えた。
ザザー。
荒川の土手をシアが靴の裏を滑らせて降りてくる。
「シアか。パパは──へぶらっ」
その勢いのまま右ストレートでシアパパの頬を打ち抜いた。
「……???」
右頬をおさえ目を白黒させるシアパパ。
「パパ。聞いてたけど、だいぶめんどくさい」
よく言ったシア。流石俺の婚約者だ。
「……パパはっ、パパはなっ、お前が心配なんだッ! お前はまだ二十を過ぎたばかりでパパから見ればまだまだ子供だ!! 誤った道を──へぶっ。進んで──ごべらっ。欲しく──でれふぃん。ないから──おどろぶど。やめ、やめろっ」
シアパパはシアにボッコボコにされていた。土手の上ではシアママが『そこだー! やれー! メガネかち割れー!』と煽り散らかしている。
ちょっとシアパパが可哀想になってきた。
「パパ、私は確かに色々とズレてるところもあるし、常識的とは言えない。大人だと胸を張って言えないかも知れない。でもこの七年、キューマを好きになってからのこの気持ちだけは本物。それだけは誰に何と言われても絶対」
パリ、パリ、スチャ。割れたメガネのレンズを外し、掛け直すシアパパ。そして穏やかな顔でシアを見つめ、そのまま横へスライド。俺の顔を見つめてくる。
「殴らせろ」
「?」
「日本の風習にあるだろう? 娘を下さいと言ってくる男を一発殴り、それを以って結婚を認める風習が」
「??? ないけど?」
え? ないよな? そんなキショい風習。
一応確認するためにも俺の中の常識辞典アヤネの顔を覗く。困惑しているように見える。やっぱりないんだ。
「一発でいい……。娘を俺から奪うと言うのであれば一発お前を殴らせろっ!!」
だがシアパパはおかまいなしだ。
「……殴り返していいか?」
仕方がないので俺はそう問う。シアパパはそっと首を横に振った。
えぇ……。どうしよう。一方的に殴られるだけ? それはちょっと……。ウチのボスからも舐められるなって言われてますし。
「まぁ、仕方ないか。おっさん、その代わり一発殴ったらもうぐちゃぐちゃめんどくさいと言うんじゃないよ?」
コクコク。シアパパが大きく頷く。こいつ本当に副大統領か? 威厳ゼロじゃねぇか。
「じゃあ、ほら。よし、来い」
「歯を食いしばれッ。クソガキッ」
ッチ。いちいち調子乗ってムカつくなぁ。つい舌打ちしてしまう。
そんな俺に向かって、シアパパは目を血走らせ、腕を思いっきり振りかぶり、拳を下ろす──。
ニタリッ。
「ハッ!?」
俺はイヤな気配を後ろから感じた。一瞬振り返る。ベルグリムスの身体が煙のよう消える瞬間であった。そしてヤツは俺の中へ──。
「死ねぁぁァァァ!!」
令和の放送コードに絶対引っかかる言葉を絶叫しながらシアパパの拳が眼前に迫る。
ヒョイ。首が勝手に傾き、避けてしまった。拳が空を切る音が耳をかすめる。
そして交差するように緑の炎を纏った俺の右拳がシアパパの頬を打ち抜いていた。
ライトクロスカウンター。
相手の攻撃の勢いが強ければ強いほど威力が上がるカウンターだ。シアパパの殺意のこもった一撃は重かった。故にカウンターはもっと重かった。
ビクンッ。ビクンッ。
倒れて白目を剥くシアパパの全身が魚のようにビチビチと動く。わりとヤバい雰囲気だ。
パシャリ。
どうしたものか呆気に取られている一瞬の空白。カメラのシャッター音がやけに響いた。記者だろう。ペコリと会釈し、写真を撮り終わるとそそくさと帰っていった。
「ふぅー」
天を仰ぎ、ゆっくりと息を吐く。
「めんどくさ」
そして一言呟くのであった。
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