旅立ちには早すぎた

羽間慧

旅立ちには早すぎた

 カーテンが揺れる。


 窓際の一番前の席にいた皓は、去年の終業式以来会えていない。三学期が始まって早十日。推薦入試で合格が決まったこうにとって、多すぎる欠席は不利になるはずだった。大丈夫かと連絡しても、既読はつかない。


 ただの体調不良なら、担任から説明がある。クラスのムードメーカーだった皓の名前を出しながら、みんな自己管理しとけよと注意喚起していただろう。よほどのことに巻き込まれているのなら、共通テスト前の教室の空気を乱さないことを優先する。


 来ないのではなくて、来られないのだ。好奇心に蓋をして古文単語帳を開く。


 皓のいない教室は、SHRの残り時間も休み時間になっても静かだった。


 活発でいられるのは体育のときだけ。空腹で倒れそうな四時間目の体が嘘のように、クラスメイト達は何本もシュートを入れる。


『つっちー、気楽に行こうぜ。おっかないドンちゃんは無視して、離れたとこからシュート入れてみ? 近いとさ、つっちーの体が緊張でガチガチになっててよくない』

『皓ッ! 引退してから顧問の口の聞き方を忘れたかァッ!』

『すみません! 元バスケ部としていろいろ教えてました!』


 あのとき僕が決めていれば、怒られてしまった皓に恩返しできていたのに。彼ほど僕にパスを多く出してくれた人はいなかった。一緒にチームを組んでくれるのは、ゲームをしたがらない人達だけ。


 コート外で座っていた僕に、違うクラスの人が話しかける。


「なぁ。皓が飛んだのほんと? うちのそーやまと、きーやが話していたんだけど。そっちのクラスは何か聞いてない?」

「飛ぶ?」

「卒業してないけど、ほかの学校に転入するために籍を離れるってこと。皓、校長訓戒を二回くらったんだって」


 火のないところに煙は立たない。皓とつるんでいた二人が言うなら、信憑性はある。

 だが、僕はその話を終わりにした。


「知らない。担任からは何も言われてないから。憶測で言っちゃ駄目だよ」

「そーやまも、きーやも、でたらめなことばっか話すもんな。変に噂するのはよくないか」


 そうだよ。

 いくら二年生のときに酒を飲んでいる動画が出回ったからといって、動かぬ証拠にはならない。

 別の理由があるはずだ。退学だと決まった訳じゃない。


 試合中のコートに視線を向けると、羽が生えたように疾走する皓の面影を見た。


 もう一度飛んでよ。

 僕の失敗がかすむくらいの、ものすごい羽ばたきを。

 鳥かごのような学び舎を、先に出て行かないでよ。


 友達だと言ってくれた皓の止まり木になれない僕は、ジャージの袖に目をこすりつけた。

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旅立ちには早すぎた 羽間慧 @hazamakei

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